05.遙かなる旅立ち

 その後、数日間を王都で過ごした俺とリサだったが、いつまでもゆっくりとはしていられない。国王からは仕官の誘いもあったのだが、俺達はそれを固辞していた。

 俺達には、やるべき事があるのだ。


 ――あの時。転送魔法陣が作動した時、漆黒の闇の中で聞こえてきた何者かの声。

 案の定というかなんというか、俺だけでなくリサもアーシュも同じ声を聞いたという。

 聞いた内容は三人それぞれで少しずつ違ったが、共通していた事があった。


 まず、声の主だが……あれは恐らくヴァルドネルだろう。喋り方や声色が奴のものだったし、語っていた内容からも、まず間違いない。やはり奴は生きていたのだ。

 迷宮の最下層で奴が語っていた「自らが魔王となる」という目的も、どうやらまだ進行中らしかった。俺は奴の「他の地下迷宮に火を入れた」という言葉を覚えている。どのくらい先の事かは分からないが、遠からず大陸中に散らばる各「地下迷宮」から魔物の群れが出現するはずだ。


 俺とリサにとって最も重要な情報もあった。

 ヴァルドネルはアインの生存を明言していた。「至宝の一つとして、末永く愛でさせてもらう」とも。

 やはりアインはヴァルドネルに連れ去られ、何処かに囚われているのだ。


 そして……「死んだ仲間を助けたくはないか? やり直したくはないか?」という問いも、俺だけでなくリサとアーシュも耳にしていたらしい。

 そのヴァルドネルの甘い言葉への俺達の返答が、どんなものだったかは……言わずもがなだろう。


 ――地下迷宮が複数存在する事、ヴァルドネルの野望と奴が精神体となって今もどこかの迷宮で生きている事、そしてアインがどこかに――恐らくいずこかの地下迷宮に囚われている事。

 これら情報は、国王をはじめとする要人達にも残さず共有された。


 「自らが魔物達の王となり『人間の天敵』と化す事で、人間達の一致団結を促進し、緩慢な滅びの道から救済する」という、ヴァルドネルの狂気とも言える目的には、やはり多くの人々が戸惑いを隠せなかった。

 だが、強大な魔物が封印された多数の地下迷宮が存在するという、ある種分かりやすい脅威についてはがよかった。

 すぐに「国を挙げて対策を講じるべきだ」「いや、他国とも情報を共有し連携を図るべきだ」という、侃侃諤諤かんかんがくがくの議論が行われた結果、周辺各国への注意喚起の親書がしたためられる事になっていた。


 俺達も、交流のあるいくつかの国にその親書を届ける役目を引き受けていた。もちろん、アインの捜索に各国の力を借りたい、という目論みがあっての事だ。

 ――世界は広い。俺達が地道に探し続けるだけでは、アインの行方は掴めないかもしれないのだ。協力者は多いに越した事がない。


 この「地下迷宮対策」という大きな問題に際し、宮廷魔術師団は研究に報告に大忙しだったようで、アーシュともこの数日間、全く顔を合わせていなかった。

 しかも今の所、彼女はその目で地下迷宮を拝んできた唯一の魔術師だ。各所から引っ張りだこらしく、彼女の研究室を何度か訪ねたが、いずれも不在だった。

 そして、そうこうしている内に、俺とリサの出発の日が来てしまっていた。


 ちなみに、地下迷宮攻略の報奨金は、きっちりと支払われていた。

 ドナール達の分は遺族や修道院、孤児院へ。俺とリサ、アーシュはそれぞれ自分の分を受け取り、アインの分は国王の預かりとしてもらった。

 国王は俺達に受け取ってもらいたかったようだが、これは「いつの日かアインが自分で受け取りに来るから」という、一種の願掛けだ。


 俺とリサは報奨金を使って、抜かりなく旅支度を済ませていた。

 現金の殆どは、どの国でも換金しやすい魔法道具や宝石、大商会の手形等に。残りは装備の新調や食料の購入等にあてる。迷宮内で失ったものを補填しても、十分に釣りが出たくらいだ。


「結局、アーシュさんに会えずじまいだね……。最後に挨拶ぐらいはしたかったのに」


 ――旅立ちの日。

 慣れ親しんだ客室を後にし、王宮の正門に向かう道すがら、リサがぽつりと呟いた。


「仕方ないさ。アーシュは今、この地上で一番『地下迷宮』に詳しい人間なんだ。当分の間は息を吐く暇もないだろうさ……」


 そう答えつつも、俺は一抹の寂しさを感じていた。

 別にこれで今生の別れという訳ではないのだが、やはり顔ぐらいは見ておきたかった。……いや、出来ればそれだけではなく――。


 そんなモヤモヤとした感情を持て余していたら、いつの間にやら正門へと着いていた。

 これでいよいよこの王宮ともお別れか、とやや感傷的になっていると――。


「――二人共、遅いわよ!」


 俺達の向かう先から、慣れ親しんだ声が響いた。


「……アーシュ?」

「アーシュさん!? どうしたの、その格好?」

「ん? 見ての通りだけど?」


 ――そう。正門の外で、アーシュが俺達を待ち構えていたのだ。しかも旅装で。


「見ての通りって……もしかして俺達に付いてくるのか!?」

「え? あれ、言って無かったかしら?」

「あたし達、聞いてないよ!? 地下迷宮の研究の方は!?」

「研究なら、もう全部報告書にまとめて、導師達に引き継いでもらったわ。ここ数日で一気に書き上げたけど、我ながら会心の出来だった! ――で、机の上でああだこうだ研究出来る事は他の人達に任せて、私は実地調査フィールドワークに専念する事にしたのよ」

「実地調査って……つまり俺達の遺跡探索に同行する、と?」

「ええ、そうよ?」

「『ええ、そうよ』ってアーシュ、お前な……」


 事前に相談の一つくらいしてもらいたい所だったが、反面、アーシュの魔術や知識が俺達の旅に役立つのも確かだった。俺達は古代遺跡の専門家ではあるが、魔術の専門家ではない。

 今後、地下迷宮という未知の遺跡を探索していく上で、魔術師の協力は必要不可欠なのだ。


 ――いや。アーシュの事だから、俺達のそういった事情を察した上で、同行を断られにくいシチュエーションを自ら作り上げたのかもしれない。


「まったく……アーシュの知識欲には恐れ入るよ」

「うふふ、褒め言葉として受け取っておくわ。――でもね、ホワイト君。?」


 そう言って、何やら色っぽい流し目で俺を見つめるアーシュの姿に、不覚にも胸が高鳴る


「……ホワイト、顔赤いよ?」


 一方、リサは汚いものでも見るかのような目で俺を見ていた。が、すぐに笑顔を浮かべると、アーシュの名を呼びながら彼女に抱きついた。

 なんだかんだ言って、この二人は仲が良いのだ……。


 ――こうして、なし崩し的に俺達三人の旅が始まった。


 群雄割拠のノーイーン大陸も、ヴァルドネルという共通の敵が現れた事で国と国とが手を結び、一致団結し立ち向かう――等と言う事は、恐らくないだろう。

 一部の国同士で同盟を結ぶ事にはなるだろうが、それは表向きの事で、水面下では争いが続いていくはずだ。


 ヴァルドネルは、共通の敵と優れた指導者がいれば人間は一致団結すると言っていたが、世の中そう単純ではない。「敵の敵は味方」とはならないもの。

 国や民族という存在は、案外複雑なのだ。


 だがそれでも……それでも、互いに信じあい助け合う事も出来るのが人間だ。

 時に騙し合う時もあるだろう。隠し事もあるだろう。でも、それでも誰かが誰かを助ける為に、命を張る事もある。


 「彼ら」がそうだったように――。



(崩壊迷宮~囚われの勇者たち 完)

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