04.託された想い
謁見の間での出来事のあと、一転して俺達は豪華な客室へと移され、装備も返却された。
国王の計らいか、ドナール達に託された形見の品も戻って来ていた。
――幸いまだ日は高い。
俺達は、今日中に形見の品を遺族に渡しに行く事にした。まずは、ドナールの妻子に形見の宝剣を届けよう。
アーシュの案内で王都を歩く。
アルカマックでは、貴族や騎士達は領地ではなく王都に屋敷を構えるのが習わしらしく、ドナールの屋敷も王宮のほど近く、貴族の屋敷が建ち並ぶ区画にあった。中々に立派な屋敷だが、今は主人を亡くした悲しみからか、ひっそりとしているように感じる。
街中に建っている事もあり、屋敷には立派な柵や門扉、前庭などはない。正面玄関が通りに直接面した造りになっている。
その玄関に付けられたバカでかいノッカーを掴もうとした所で、アーシュの手がふと止まった。
「アーシュさん……?」
リサが心配そうにアーシュの様子を窺うと、彼女は小さく震えていた。
「私……やっぱり怖いの。おじ様を犠牲にして、自分だけ生き残って、どんな顔で奥様やご子息に会えばいいのか……」
俺達の前では、つとめて明るく振る舞っていたアーシュだが、やはりドナールを失った悲しみと、遺族に対する申し訳なさは筆舌にし難いものがあるのだろう。
リサが泣きそうな顔をしながら、アーシュの手を握り「大丈夫、あたし達もいるから」と元気付けているが――。
「――アーシュちゃん?」
その時、俺達の背後から突然声がかけられた。
何事かと振り向くと、そこには上品そうなご婦人と、まだ年端もいかぬ男の子が立っていた。……この二人は、もしや?
「奥様……」
アーシュが泣きそうな顔で二人の方を見やった。やはり、これがドナールの奥方と息子さんのようだった。
「ああ! アーシュちゃん、よく無事で! さあ、もっと顔をよく見せて……ああもう、お年頃なのにこんなにやつれて……辛かったわね? 頑張ったわね? 主人は、ちゃんと貴女を守れたのね……」
「お、奥様、私は……私は!」
「みなまで言わないで、アーシュちゃん。主人の気持ちは、私が一番よく分かっているわ……貴女がこうして無事でいられる事は、主人が本懐を遂げた何よりの証拠……だからどうか、泣かないで?」
そういって奥方は、アーシュを優しく抱きしめた。
傍らのドナールの息子が、それを不思議そうな顔をして眺めていたのが印象的だった――。
***
グンドルフが司祭を務めていた修道院は、王都の郊外にあった。
古く小さいながらも手入れの行き届いたレンガ造りの修道院からは、祈りの言葉が漏れ聞こえている。俺の記憶が確かなら、ナミ=カー教団における鎮魂の言葉だ。
聖堂を訪ねると、司祭代理と沢山の修道士達が出迎えてくれた。
驚いた事に、その殆どが年若い男女だった。この修道院では、男女の隔てなく共に修行に励んでいるのだという。……色々と大丈夫なのだろうか?
「司祭様のご遺品をお届けくださり、ありがとうございます……」
グンドルフの遺品である
周囲の修道士達もそれに倣う。皆、穏やかな表情を浮かべており、一見するとグンドルフの死を悲しんでいるようには見えない。
俺達がやや戸惑った様子を見せると、司祭代理は何かに気付いたように「これは失礼」と前置きしてから、意外な事を語り始めた。
「実は、この修道院の者の多くが、先日揃ってナミ=カー神のお言葉を聞いたのです。……『司祭は本懐を遂げた』と。悩み多きあの方が、無事ナミ=カーの御許へ旅立たれたのです。こんなに嬉しい事はございません……」
――独特過ぎる修道院の雰囲気から逃げるように、俺達はその場を後にした。
修道士というのは、変わり者の多い神官の中でも選りすぐりの存在だ。俺達、俗世の人間には理解し難いものがあるのだろう。
「ねぇ、ホワイト……あたしの気のせいじゃなければ、ちょっとおなかが出ている女の子がいた気がするんだけど……」
「しっ! 深く詮索するな!」
――ナミ=カー教団の奥深さを実感し、俺達は思わず身震いした。
***
ダリルの妹が営む孤児院は、修道院の程近くにあった。
修道院程ではないが意外と大きな施設だ。ダリルは稼ぎの殆どを、この孤児院につぎ込んでいたらしいが……今後の運営は大丈夫なのだろうか?
既に日は沈み始め、辺りは夕焼け色に染まりつつある。
「やあ、よく来てくれたね! 汚い所だけど、さあ、入って入って!」
出迎えてくれたのは、威勢の良い感じの院長――ダリルの妹だった。
ダリルとは顔も体格もよく似ており、歳の頃も近い。まさに「女版ダリル」と言った風情で、孤児院の子供達からは「院長」ではなく「おかみさん」と呼ばれていたので、俺達もそれに倣う。
俺達が通されたのは、応接室代わりにしているという食堂だった。
大きな長テーブルに沢山の子供用の椅子が並べられており、きっと食事時は賑やかなのだろうな、と思わせるが――ここは孤児院、しかも戦災孤児を集めたそれなのだ。子供の数が多いという事は、つまり……。
「あの、おかみさん。これを……」
数少ない大人用の椅子を勧められ、そこに腰掛けた所で、リサがダリルに託された短刀をおずおずと差し出した。
「ん? ああ、兄貴の形見ってやつかい? ――ってこいつは……、なんだい、あたしの所に戻ってきちまったのかい……」
「……と言うと?」
「こいつはね、あたしが現役の時に使ってた刀なのさ……。兄貴と一緒に古代遺跡を駆け回っていた頃のね」
「おかみさんも冒険者だったんですか?」
「おうよ! 若い頃は兄妹揃って冒険の日々! ついでに傭兵やって、そちらでも荒稼ぎさね! ま、あたしは
自らも戦災孤児であるリサは、おかみさんの話に興味津々と言った様子で、その後も色々な話に花を咲かせた。
――結局、俺達はそのまま子供達に混じって夕飯をごちそうになり、孤児院を辞したのは夜も遅くなってからだった。
子供達はダリルの死を悲しんでいるようだったが、それ以上に地下迷宮でのダリルの武勇伝を聞きたがっていた。
もしかすると、それが彼らなりの悲しみとの向き合い方だったのかもしれない――。
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