03.謁見

 リサが目覚めて程なく。俺達は衛兵に呼び出され、王宮の中を連行されていった。


 連れてこられたのは、見覚えがある広間――確か、地下迷宮に赴く前に国王との謁見えっけんを行った「謁見の間」だった。

 奥の数段高くなった場所には玉座がそびえ、国王オムロイその人が鎮座している。


 国王の脇に控える、帯剣している初老の男が恐らく騎士団長だろう。そしてその反対側にいる中年の僧が神官戦士団長か。

 俺達はそのまま、三人の遥か手前でひざまずかせられ、頭を垂れさせられた。まるで罪人の扱いだ。


「――さて、宮廷魔術師アーシュに……あー、アイン殿の従者二人よ! これより、国王陛下と神の御前にて、真実を語ってもらおう!」


 場を取り仕切るのは、どうやら神官戦士団長らしい。

 彼らは騎士団がドナールに密命を課した事を察知していたようなので、それを交渉材料に少しだけ優位に立っているのかもしれない。騎士団長がやたらと不機嫌な顔をしているのも、恐らくその為だろう。

 ――それにしても、俺とリサは名前すら憶えられていないらしい。何ともムカつく話だ。


「そなた達三人には、上級騎士ドナール、グンドルフ司祭、ダリル傭兵隊長を陥れ、地下迷宮内に置き去りにした疑いがかかっている! まずは、弁明を――」


 恐らく、連中の中ではもう俺達を陥れるシナリオが出来上がっているのだろう。

 これだからお偉いさんは……と俺が呆れていると、神官戦士団長の言葉を遮るように、意外な人物が声を上げた。


「――茶番はよさぬか、二人共」


 静かに、だが大きく謁見の間に響いたその声は、国王オムロイのものだった。

 国王はそのまま立ち上がると、呆気にとられる臣下達をよそに、俺達の方へゆっくりと歩み寄ってきた。


「アーシュの報告書には、既に目を通した――」


 ――賢王オムロイ。小国アルカマックをかつてない繁栄に導いた名君。

 優れた武人にして指揮官であり、軍事だけでなく内政にも優れた手腕を発揮。軍事、農業、工業、商業、更には諸外国との貿易等で、アルカマック史上類を見ない成果を上げている。


 年の頃はアインよりも少し上と言った程度であり、まだ十分に若い。

 地下迷宮の一件が無ければ、アルカマックはその版図を今より広げていたのではないか、とも言われている。


 そのオムロイが、俺の目の前に立っていた。

 アインと共に謁見した時は、俺とリサは後ろに控えていたが、今は、目の前に――。


「――ホワイトよ」

「……っ!? は、ははー!!」


 オムロイが俺の名前を覚えていた事に驚き、一瞬返答につまってしまった。


「我が臣下達は……どのような最期を遂げたのだ?」


 それは、悲哀に満ちた声音だった。臣下達の最期を心底惜しむような……。

 何故それを俺に尋ねるのか? という疑問が一瞬浮かんだが、俺は国王のその問いかけに、正直に、あるがままの答えを返した。


「ドナール卿は、常に味方の盾となり、我々を生き残らせる為に死地へと赴きました。グンドルフ司祭の勇敢さと慈悲深さは、ナミ=カー神の化身の如きであり、最期には仲間を庇って命を落とされました。ダリル隊長は……私は、彼ほど義に篤い人物を知りません。死を目の前にしても、その太刀筋には一片の曇りもなく、最期まで仲間の為にその剣を振るいました……」


 俺の答えに対し、「何も具体的な事を答えとらんではないか! 陛下の御前で失礼だぞ!」等と言う騎士団長の声が聞えたが、当の国王が無言で一瞥すると、すぐに静かになった。


 ――確かに、騎士団長の言う通り俺は具体的な事は何も言っていない。

 もし、国王の言葉がそれぞれが戦死した状況を事細かに答えろ、というものだったなら、俺の言葉は的外れもいい所だろう。


 だが、国王が問うているのは、恐らくそういう事ではない。

 アーシュの報告書がどのような内容なのか、実はまだ本人から聞いていなかったが、彼女の事だ、必要最低限以上の内容を、きちんと込めてあるだろう。

 そして国王はそれを読んだ上で、更に俺に尋ねたのだ。臣下達の最期――いや、生き様を。彼らがどのように生き、そして死んでいったのかを。

 俺が、俺達が彼らの事を、どう思っていたのかを。


「三人は、最期まで勇敢だったのだな? 散っていったのだな?」


 国王の念を押すかのようなその確認に、俺はただ静かに頷いた。


「皆の者、聞いた通りだ! ドナール、グンドルフ、ダリルの三名は、我が王国の勇士として、最後まで勇ましく戦い、そして散っていった! それ以上のまことがあろうか?

 邪悪なる魔導師の野望をくじいた三人の勇者……余は、アルカマック国王として、この三人の名を末永く語り継ぐ事を誓おうぞ!」


 オムロイは、謁見の間にいる全員に届くように――特に両団長に届くように、高らかに宣言した。

 居並ぶ貴族や騎士達が、それに呼応してドナール、グンドルフ、ダリルの三人の名を讃え始める。

 そしてその熱狂は、輪のように広がっていった――。


「――よくぞ我が意を汲んでくれた。流石は、英雄アインを長年に渡り支えてきた『片腕』だ」


 その熱狂に紛れて、国王が俺にそんな耳打ちをしてきた。


 ……予想はしていたが、やはり国王は全てを察していたらしい。騎士団と神官戦士団の軋轢あつれきはもちろんの事、騎士団長がドナールに課した残酷な密命についても、知っていたのかもしれない。

 だが、その上でドナールの名誉を守る為に、三人が勇敢に戦って散っていった事を衆人環視の中で俺に語らせた。そして同時に、三人を王国の英雄として祭り上げる事で、騎士団と神官戦士団の面目を保ち、両団長には「これ以上この件での争いは無用」と釘を刺したのだろう。

 「賢王」の名に恥じぬ采配だった。


 両団長はと言えば、自分達の面目が保たれたというのに、どこか苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた――。

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