02.目覚めれば……

 ――夢から覚めた。


 ゆっくりと目を開けると、そこには見覚えの無い天井が広がっていた。

 石材や木材がむき出しではなく、石膏せっこうだか漆喰しっくいだかで白く塗られた、質素だがかなりきちんとした作りの天井だ。


 俺はどうやら、ベッドに寝かされているらしい。

 はて、ここは一体どこだろう? と首を巡らすと――傍らの椅子に座っている人物の姿が目に入った。


「――ホワイト君。良かった、目が覚めたのね」


 天井と違って、よく見覚えのある笑顔――アーシュだった。

 見慣れたローブ姿ではなく、今は下働きの侍女が着ているような、質素なエプロンドレスを身に付けている。


「ここは……?」

「王宮の外れにある客室の一つよ。あなたとリサちゃんがここに運び込まれて、もう三日経っているわ」

「……三日も? って、そうだリサは――」


 ようやくリサの存在を思い出し、その姿を探して首を巡らす。

 すると、彼女は俺のすぐ横のベッドで、安らかな寝息を立てていた。思わずホッと息をつく。

 ――俺達三人は、無事にヴァルドネルの地下迷宮を脱出したのだ。


「私達を発見したのは、ナミ=カーの丘の警備兵だったらしいわ。転送魔法陣が突然に光を放って、気が付いたらそこに私達が倒れていた、と報告にはあるみたい」

「……転送魔法陣は、今は?」

「直接見た訳じゃないけど、うんともすんとも言わなくなったらしいわ。もう、なんの魔力も感じない……完全に停止した状態みたいよ」

「そうか……。その辺りは、ヴァルドネルの言っていた事が真実だったって訳か」


 ヴァルドネルは、俺達が脱出すれば転送魔法陣は「眠りにつく」――つまり機能停止すると言っていた。その言葉に嘘は無かったらしい。


「ええ、だからもう魔物の影に怯える必要も無くなったんだけど……ちょっと困った事になっているの」


 それまで笑顔だったアーシュが一転、その表情を曇らせた。


「困った事?」

「ええ。転送魔法陣が機能停止した事で、もう地下迷宮に足を踏み入れる事は出来なくなった……それを知った一部の連中が、『あの三人だけ生還したのは怪しい』って言い出したのよ。まったく、濡れ衣もいいところだわ!」

「……一部の連中ってのは?」

「騎士団長閣下と神官戦士団長様よ」

「……そいつは、また。……何とも分かりやすい」


 アーシュに説明されるまでも無く、何となく事の次第が見えてきた。

 このアルカマック王国の騎士団と神官戦士団は、伝統的に仲が悪い。今回の地下迷宮を巡るあれこれでも、互いに相手を出し抜こうと、様々な策謀が行われてきたらしい。


 今回、騎士団はドナールを、神官戦士団はグンドルフをそれぞれ虎の子の精鋭として、俺達に同行させた。

 だが、その二人が共に帰ってこなかった。


 ここで「痛み分け」とならないのが、権力に取り付かれた連中のさがだ。むしろ、自分達の差し向けた精鋭が帰ってこなかった事で、面目が潰れたとでも考えているのだろう。

 もっと言えば、外様の俺達や宮廷魔術師であるアーシュが手柄を独占する――とでも考えたのかもしれない。


「……アーシュ、もしかして、か?」

「――察しが良くて助かるわ。ええ、私達にとっては最悪ね。騎士団長閣下も神官戦士団長様も、お互いの面目が潰れるのを避けたいという一点では利害が一致しているの。二人共、王宮内で一定の権力を持つ宮廷魔術師団の一員である私と、国外から来たホワイト君達に泥を被せる気満々なのよ……。

 だから今、私達は実質上の軟禁状態にあるわ。私も見ての通り、導師のローブも魔法の杖も没収されちゃったわ」


 「杖が無ければ魔術が使えないとでも思っているのかしら?」と、心底呆れた様子でアーシュがため息を吐いた。

 魔術を習い始めた学徒ならいざ知らず、上級の魔術師にとって魔法の杖は、魔術を使う上での補助に過ぎない。詠唱を省略したり魔力集中の助けとしたりといった、「あれば便利な道具」でしかない。

 アーシュがその気になれば、この部屋の窓や壁を破壊して、そこから飛行魔法で逃げる事も簡単なはずだ。

 騎士団長達には、その程度の知識もないのか。それともアーシュを煽って逃げるよう仕向けているのか……。


「宮廷魔術師団の方では、何か動けないのか?」

「一応、主席の方には簡単に報告書を提出して、国王陛下への進言を頼んでおいたけど……正直、うちの導師達はは苦手なのよね……。国王陛下にきちんと話が通っていればよいのだけれど」


 なるほど。アーシュの同僚や上司だけに、導師達は研究一筋で権謀術数けんぼうじゅっすうには長けていないようだ。


「それでね、二人が目覚めたら、お歴々から尋問される事になっているわ。――ごめんなさいね、二人を王国内部の権力争いなんかに巻き込んでしまって……」

「何言ってんだ、アーシュの方が何倍も辛いだろ? 俺達の事は気にするな。この手の厄介事には慣れてるさ」


 外様の俺達が何と言われようが構わないが、アーシュは故郷の人間達に罪人扱いされているのだ。しかも、彼女を護る為に死んでいったドナール達を陥れたという、根も葉もない疑いで。

 相当の心痛を感じているに違いないのだ。


「……ホワイト君、ありがとう。ううん、今だけじゃなくて、迷宮の中でも何度あなたに勇気付けられた事か……。私……私ね? その……」


 アーシュが潤んだ瞳で俺を見つめてくる。

 心なしか、その頬は朱に染まっているようにも見えた。……この雰囲気は、色々と、まずいのでは……?

 ――と。


「ゴホンゴホン! あーあー、お二人さん? 目覚めたあたしに何か言う事はナイデスカ?」


 いつの間にやら目を覚ましていたリサが、不機嫌な顔でわざとらしく咳払いしながら俺達を睨んでいた。

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