第七話「振り返らずに駆け抜けろ」
01.閉ざされし時空の迷宮
残された罠や生き残りの魔物を警戒しつつ、俺達は崩壊した第一層の中を無言で駆けていた。
背後からは、今も微かにドラゴンゾンビの咆哮と激しい戦いの音が響いてくる。ドナールとダリルが、まだ戦っている証拠だ。
死にかけの体に鞭打って、俺達を逃がす為にドラゴンゾンビへと戦いを挑んだ彼らの行いを、無駄にする訳にはいかない。俺達は、一刻も早く出口である転送魔法陣まで辿り着かねばならない。
――だが、その前に一つ、はっきりさせなければならない事があった。
「リサ、アーシュ。そのままで聞いてくれ……。ダリルの最後の言葉……どう思う?」
ダリルが去り際に残した数々の言葉――あれには、ただの別れの言葉以上の何かが込められているように感じたのだ。
「……どう思うも何も、悲しいし悔しいよ!」
リサの予想通り過ぎる答えに、思わず苦笑いをこぼしそうになるが、我慢する。リサはリサなりに、真剣にダリルの言葉を受け止めているのだ。
「――ホワイト君は、ダリル隊長の言葉に何か裏の意味があると考えているのね?」
リサとは対照的に、アーシュは俺の意図を汲んでくれていた。
「ああ。ダリルの言葉には、意味深なそれが沢山含まれていたように感じたんだ。
アーシュは知らないだろうが、実はグンドルフ司祭もダリルも、少し奇妙な事を言っていたんだ――『一度君たちを裏切った』ってな。そんで、ダリルは他にも意味深な言葉を残していた……『今は言えねぇ』だとか『迷宮が崩壊して以降、記憶に不自然な点はないか?』だとか。結局、一連の言葉の真意は分からなかったんだが……」
念の為、アーシュの知らないであろう情報を補足する。
するとアーシュは即座にその頭脳をフル回転させ、何やら思考し始めた――走りながらなのに、器用なものだ。
「一度裏切った……今は言えない……記憶に不自然な点……。全てを無かった事になんて出来ない……奪われたものを取り戻せる……本当の敵を倒す事も出来る……。そして、絶対に諦めるな……。
なるほど。漠然としているけれども、何か繋がりがありそうね……。ところでホワイト君は、この『記憶に不自然な点』という言葉に心当たりは? 私は……ほんの少しだけ、あるのだけれど」
「――っ! アーシュ、それはもしかして……迷宮崩壊以降の記憶に一部
俺の言葉に、アーシュがコクンと頷く。
「実は、色々と記憶の辻褄が合わない部分があるのよ。記憶が二重に存在したり、前後の出来事の齟齬があったり……一番違和感を覚えたのは、リサちゃん達の事ね」
「えっ? あ、あたし!?」
「ねぇ、リサちゃん。リサちゃんは、最初に誰と合流した?」
「え……? 誰って……それはグンドルフさん……だけど?」
「じゃあ、ダリル隊長とはどこで合流したの?」
「え、それは……グンドルフさんと同じ場所……あれ? でもおかしいな。あたし、二人きりで心細くて、グンドルフさんに励まされた記憶が……」
考え込んだ事で足元が疎かになり、足がもつれそうになったリサを、すんでの所で腕を掴んで踏みとどませる。
……やはり、リサの中にも記憶の齟齬があったらしい。
最初にリサと再会した時、彼女は「グンドルフと二人だけ」と言っていたはずだった。
だがその後、俺やアーシュの中には何故か「リサはグンドルフとダリルと一緒にいる」という記憶が生まれていた。そして実際、次に再会した時、リサは二人と共にいた。
この二重の記憶の意味が、ずっと引っかかっていたのだ。
「最初は私も『疲れてるから記憶が混乱しているんだ』と思ったわ。でも、違う。どちらの記憶もあまりにも鮮明で、思い違いだなんてレベルじゃない。
だったら、考えられる可能性は二つ。片方の記憶が改ざんされた偽物であるか……もしくは、どちらの記憶も正しいか」
「どちらの記憶も……正しい?」
アーシュの言葉の意味が分からず、思わずオウム返しに聞き返す。
「ええ。グンドルフ司祭とダリル隊長が『一度は裏切った』と言っていた事も併せて考えると、そちらの可能性の方が高いかも知れないわね。
……二人は、『時間の魔神』の昔話を知っている?」
アーシュの言葉に、俺もリサも頷く。「時間の魔神」というのは、ノーイーン大陸ではポピュラーな昔話だ。
――ある所に、自分の失敗で全財産を失った男がいた。
すると、男の前に一匹の
『お前が望むのならば、時間を巻き戻してやろう。もう一度やり直すがいい』
男は一も二もなく魔神の誘いに乗って過去へと戻り、失敗を回避し全財産を失わずに済んだ。
だが、魔神はただで願いを叶えたわけではなかった。時間を巻き戻す対価として、男の魂の支配権を得ていたのだ。
男は、死した後もあの世へ行くこと無く、その魂を魔神に
「甘い話には罠がある」という寓話だが……実はこの話は事実をもとにしている。
曰く、「金持ちになりたい」と願う貧乏人の前に現れ、巨万の富を与えるという。
曰く、「強くなりたい」と願う騎士の前に現れ、強大な魔剣を与えるという。
曰く、「死にたくない」と願う者の前に現れ、その危機を救うという。
――だが、彼らは願いを叶える対価として、その人間の魂を支配するのだ。
一度契約を交わした人間の魂は、死した後も神々のもとへ行く事は出来ない。魔神の糧として喰われ、永遠の苦しみを味わうという……。
まあ、つまりは人の足元を見て、不当な契約を交わす悪徳商人みたいなものだな。
古代王国の時代から、魔神の甘言に引っかかり魂を支配される人間は沢山いたらしい。
「『時間の魔神』の昔話は、古代王国期に実際にあった出来事をモデルにしているらしいわ。それでね、当時は魔神の恐ろしさよりも、魔神がどうやって時を巻き戻したのかが注目されたらしくて、その研究結果が現代にも沢山伝わっているの。
――その殆どは『限定的に時間を操る事は可能だが、時間そのものを大きく巻き戻す事は不可能である』という結論に達しているのだけれど……一つだけ例外があるのよ」
「……その例外ってのは?」
――アーシュの答えを半ば予測しつつも、あえて口に出して尋ねる。
「時を閉ざし操る為の儀式場を、ある魔術師が完成させたの。空間や中にいる人間を限定し、一つの小世界を構築することで制限付きながらも時を巻き戻す事に成功した……。
――その名も『閉ざされし時空の迷宮』。完成させた魔術師の名は、ヴァルドネル」
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