第六話「散りゆくものたち」

01.その吐息は死

『GRUUUUUUUUU!!』


 薄気味悪い咆哮を上げながら、ドラゴンゾンビは大蛇のように身をくねらせ、迷宮の通路と我が身を削りながらこちらへと這いずってきた。

 その速度は思いの外に速く、俺達の駆け足と同じ位のスピードがある。


「――逃げるぞ、二人共! 急いで第一層に上るんだ!」


 ドラゴンゾンビの、あまりにも不気味過ぎるその姿に呆気にとられ、歩を止めたリサとダリルに呼びかける。

 幸いにして第一層への階段はすぐそこだ。階段の幅や高さは、第二層の通路よりもやや狭い。たとえドラゴンゾンビが今のように強引に突き進んできたとしても、その進行速度は流石に落ちるはずだ……多分。

 ――だが、俺のその判断は、ほんの少しだけ遅かった。


「……やばい。ホワイト、奴の吐息ブレスが来るわ!」


 ドラゴンゾンビの体内で活性化した精霊力を感じ取ったのか、リサが悲鳴のような声を上げた。

 見れば、ドラゴンゾンビは吐息ブレスの予備動作である、天を仰ぎ見るような姿勢を取っている。


 ――階段まではまだ距離がある。

 そして、俺達とドラゴンゾンビの間に遮蔽物は一切無い……。不味い。このままでは直撃をくらう。

 炎の吐息ファイアブレスならば骨も残らないかもしれない――俺の背筋に冷たいものが走ったその時、リサが突然に足を止め、ドラゴンゾンビへと向き直った。


「リサ!?」

「一か八か……やってみる! 水袋を貸して!」


 言うが早いか、リサは精神を集中し始め、精霊魔法の準備に入った。どうやら、ドラゴンゾンビの吐息ブレスを防ごうというらしい。

 「水袋を貸せ」というのは、恐らく水の精霊を召喚する触媒とする為だろう……という事は、吐息ブレスの種類は炎という事になる。


だが、以前に炎の吐息ブレスを防いだ時は、アーシュの「耐火防御レジストファイア」との連携でようやく、といったところだった。リサ単独で防ぐのは……難しいだろう。

しかし、今はそれに賭けるしかなかった。魔法の水袋の口を開き、それをリサに手渡す。


『清らかなる乙女、水の精霊よ――』


 リサが精霊への呼びかけを始める――と、ほぼ同時にドラゴンゾンビがだらしなく開いた大口をこちらに向ける。

 そしてその喉の奥から、灼熱に輝く炎が吐き出された――やはり炎の吐息ファイアブレスだ!


『――我らを守る盾となって!』


 炎の吐息が俺達に迫る中、リサの呼びかけに応じ、水袋の中から水の精霊――女性の形をした水の塊――が姿を現す。水袋の中の水よりも遥かに大きな体積となっているのは、リサの魔力が上乗せされているからだ。

 水の精霊は素早くその形を変え、円形の盾となってリサと俺達を守りに入り――そこへドラゴンゾンビの吐息が襲い掛かった。


「お願い……持って!!」


 リサが更に魔力を込める――が、炎の吐息の威力はすさまじく、水の精霊の盾は瞬く間に水蒸気と化していく。リサの魔力による増加分の、軽く二倍のスピードで。


 ――これでは持たない!

 覚悟を決めた俺は、せめてリサの盾になろうとリサと水の精霊の間に割って入る……が、更に俺の前に割って入る、何者かの影があった。


「――ダリル!」


 ダリルが、俺とリサを守るかのように立ちはだかったのだ。

 次の瞬間、水の精霊の盾は完全に蒸発し、炎の吐息が俺達に襲い掛かった。

 ――だが、その刹那。


「――しゃらくせぇ!!」


 ダリルが吠え、

 一瞬、ダリルの頭がおかしくなったのかと思ったが、なんとそのダリルの一閃は、! 信じられないほどの剣の冴えだ。


 俺達に直撃するはずだった炎の吐息は二つの筋に分かれ、背後へと抜けていく。

 その際、凄まじい熱波が俺達を襲い髪や肌を焼いたが、炎が直撃するよりは格段にマシだろう。どうやら、とりあえずは助かったらしい。

 だが――。


「……ダリル?」


 ダリルの様子がおかしい。

 大太刀を振り下ろしたその姿勢のまま、ピクリとも動かない。炎の吐息を凌いだとは言え、ドラゴンゾンビは健在なのだ。「早く逃げよう」と呼びかけようとして、俺はある事に気付き絶句した。


 ――ダリルの後ろ姿には何の変わりもない。だが、その前半身は赤黒く焼けただれていた。

 腕も、顔も、足も、プスプスと煙が立ちそうな程に焼けている。炎自体の直撃は避けたが、間近でその熱波を浴びたのだ――俺達を庇った事で。


 グラリ、とダリルの体が揺れる。

 俺が慌ててその体を支えると、今まで状況が呑み込めていなかったらしいリサもようやく動き出し、反対側からダリルの体を支えた。

 ……まだ息はあるようだが、意識がない。それでも、愛用の大太刀を握って離さないのは戦士としての本能故か……。


 ドラゴンゾンビはと言えば、吐息を吐いたその姿勢のまま、まだ動いていなかった。

 次なる吐息まで力を溜めているのか、それともこちらの様子を窺っているのか……どちらにしろ、今の内に距離を取るべきだろう。


「――リサ、急ぐぞ!」

「うん!」


 俺達は両脇からダリルを抱え、精いっぱいの速度で第一層への階段を目指した。

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