06.おぞましき追跡者

「ざっとこんなもんよ!」


 ――程なくして、戦いは終わった。

 結局、石の小兵ストーン・サーヴァントはダリルがあっさりと片付け、スライムについてもリサと俺の連携で危なげなく全滅させていた。


「さっすがダリルさん! 頼りになるぅ!」


 大人げなくガッツポーズを決めるダリルに、リサが冷やかしの声をかける。何気にこの二人は馬が合うようだ。

 俺はそんな二人を微笑ましく眺めつつも、「さあ、先を急ごう」と促した。


 ――実は、先程から少々嫌な予感がしていたのだ。

 根拠はないのだが、俺の勘が何か危険を告げていた。そして悪い事に、俺のこういう勘は大概の場合、当たるのだ……。


 一説には、「勘」というものは一種の予知能力の一つだとも言われている。

 なんでも、古代王国の魔導師の中には未来予知を生業とした一族がいて、彼らはその技術を後天的に身に付けるのではなく、先天的に持っていたのだとか。

 そして、現代において鋭い勘を持つ人間には、その一族の末裔が多いのだという。勘の良さは、僅かながらも予知能力を受け継いでいる為ではないか、という話なのだが……俺は眉唾だと思っている。


 以前、アインが俺の勘の良さについて「普通の人間が感じる事の出来ないごくごく小さな音や振動を、無意識の内に感じ取っているのではないか」と言っていた事がある。人間の耳には聞こえない、体には感じないとても小さな音や振動を捉えているのではないか、と。


 確かに、元々俺は他人よりも小さな物音や振動などに敏感だ。

 先程、石の小兵ストーン・サーヴァントをいち早く発見できたのも気配――ごくごく小さな物音や振動を感じたからに他ならない。だから、アインの説は俺にとって納得のいくものだった。


 そのアインの説に照らし合わせれば……俺は今、僅かな音か振動、もしくはその両方を無意識下で捉えている、という事になる。が、流石にその正体までは見当が付かない。

 いや、一つ心当たりがあるにはあるのだが……あまり考えたくない可能性だった。


 そうこう考えている内に、俺達はとうとう第一層へ繋がる階段へと近付きつつあった。

 通路の崩壊はますます酷くなり、所々の天井や床に大穴が開いてしまっていたが、幸いにして通行不能になっている部分は殆ど無かった。

 だが、運が良い等と単純には喜べなかった。今までの例から考えて、この一見無秩序に見える崩壊振りも、迷宮設計者の意図が反映されたものかもしれないのだ。最後まで油断は出来ない。


「――なあ、ホワイトにリサお嬢ちゃんよぉ」


 床の大穴を避けつつ慎重に歩を進めていると、ダリルがおもむろに口を開いた。


「一つ、確認しておきたいんだが……」

「なんだ?」

「なぁに、ダリルさん?」

「オメェら、この地下迷宮に入ってから――いや、正確には?」

「――っ」


 ダリルのその言葉に、思わず息が止まる。

 忘れかけていた「ある疑問」が再び頭をもたげる。そうだ、ずっと緊迫した状況が続いていたから、すっかり忘れていた。


 俺の中には、下層で瓦礫越しにリサと会話した時の記憶が、二通りあるのだ。

 一つは、「リサはグンドルフと二人だけだった」という記憶。

 そしてもう一つは、「リサはダリルとグンドルフと一緒であり、俺もダリルと会話した」という記憶。


 俺以外は――少なくともアーシュとリサは違和感を覚えていない様子だった、その記憶の齟齬。

 それが、他ならぬダリルの口から語られたという事は――。


「ダリル、それって――」


 ダリルの言葉の真意を尋ねようと口を開いた、その時だった。

 突如、俺達を下から突き上げるようなズシン! という凄まじい振動が襲った。


「きゃあ! え、何? もしかしてまた迷宮が崩れるの!?」

「いや、この振動は違う。これは……リサ! ダリル! 急いでここを離れるぞ! 全力で第一層を目指せ!」

「え? な、なんで? 一体何が――」

「いいから急げ!」


 もたつくリサの手を引っ張り、俺は一目散に第一層への階段方向へと走り出した。ダリルも大人しくそれに続く。

 どうやらダリルも振動の正体に気付いたようだ――今の振動の発生源は、間違いなく


「ホワイトよぅ、どうやら最悪の展開らしいぜ?」

「だな! とにかく第一層まで逃げ延びれば――」


 そこまで言いかけた時、再び大きな振動が俺達を襲い、ほぼ同時に先程まで俺達が居た辺りの床の大穴から、。炎は天井を焼くと同時に通路に広がっていき、俺達のいる方まで一瞬にして激しい熱が伝わってくる。

 そして――。


『GRUUUUUUUUU!!』


 この世のものとは思えぬ、おぞましい咆哮が辺りに響く。

 もう間違いなかった。走りつつ後ろを窺うと、ちょうど「奴」が大穴からその醜悪なツラを覗かせた所だった。


「あれって……ドラゴンゾンビ!? うそ、追って来たの!?」


 その姿に、リサが悲鳴に近い声を上げた。

 ――そう、大穴から姿を現したのは、第三層で戦ったドラゴンゾンビだった。先程の振動は、恐らく奴が第三層の天井を突き破ろうとしていたのが原因だろう。突き破った天井がたまたま第二層の床の大穴と繋がったのか、それとも狙ってやったのか……。


「あ、でもこの第二層は通路が狭いから、アイツの巨体じゃ進んで来れないんじゃ――」

「いや、甘いぞリサ。……あれを見ろ」


 ドラゴンゾンビは、大穴からゆっくりとその全身を現しつつあった。

 だがリサの言う通り、この第二層の通路は奴にとっては狭すぎる。羽や四肢が邪魔になってギリギリつかえてしまうはずなのだが……奴にとってはその程度、何の問題にもならないらしい。


「ヒェ……なに、あれ?」


 それは、なんともおぞましい光景だった。

 大穴から抜け出したドラゴンゾンビは、案の定、羽や四肢がつかえて通路全体にみっちりと嵌ってしまった――のだが、それを意に介した様子もなく、くねくねと身をよじりながら、少しずつ少しずつ、こちらへと近付きつつあった。


 ……身をよじる度に鈍い音が辺りに響くのは、恐らく奴の羽や四肢、もしくは通路の壁や天井がすり減り、あるいは砕けている為だろう。

 驚くべき事に、奴は通路と我が身を砕き、すり減らしながら進んでいるのだ。その姿はもう、ドラゴンと言うよりは「とてつもなく巨大な大蛇」のようでもあった――。

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