05.追う者、追われる者

「やっぱりドナール卿達の姿はない、か」


 ――瓦礫の撤去は順調に進み、俺達は無事に第二層へと足を踏み入れていた。

 当たり前だが、ドナールとアーシュの姿はそこには無かった。


「もしかして、アーシュさんもドナールさんとグルなのかな?」

「その可能性は……まあ、ゼロではないだろうな。だけど、多分違うと思う」

「……根拠は?」

「ない。強いて言えば、勘」

「なにそれ……」


 俺の答えが不満だったのか、リサは何やら「やっぱり何かあったんじゃ……」等とよく分からない事を呟いている。が、俺は自分の人を見る目を信頼していた。

 グンドルフの件もそうだが、ドナールの事もだ。


「そもそも、ドナール卿は本当に俺達閉じ込めるつもりだったのか、ちょっと疑問なんだ」

「はぁ? 実際にああやって、道を塞がれたのに?」

「いや、あそこは元々、巨石が出入り口を完全に塞いでたんだ。それをドナール卿が動かして隙間を作ってくれた……本当に道を塞ぐつもりなら、巨石を元の位置に戻した上で、大きめの瓦礫かなにかで補強すれば良かったんだよ。でも、それをやらなかった」

「こんな大きな物なんだから、単にもう動かせなかっただけなんじゃないの? ドナールさん、怪我してたんでしょ?」

「もちろん、その可能性もあるけどな……」


 リサの言葉に一定の理解を示しつつも、俺はまだドナールのことをそこまで疑えずにいた。

 ――彼の行動には何か、「迷い」のようなものが感じられる。俺達を罠に嵌めようと考えていたのは本当かも知れないが、その行動にはどこか一貫性が欠けているような気がするのだ。

 とは言え、リサはすっかりドナールに不信感を抱いているようだ。なので、これ以上の擁護は止めておいたほうが無難だろう。


「とにかく今は、先へ進もう。ドナール卿達も出口を目指しているはずだ。何にしろ、まずは追いつかないとな」


 俺の言葉に、リサとダリルが静かに頷く。俺達は、ようやく行軍を再開した。


 第二層も崩壊がかなり進んでいた。

 だが、幸いにして通路が塞がれているような様子はない。往路の時にマッピングしてある通りに道を遡れば、第一層への階段に辿り着くのは容易なはずだった。

 先程来た時は、魔物の姿も見えなかった。なので非常に助かったのだが……歩を進める内に、話はそう簡単ではない事が分かってきた。

 しばらく進んだ所で、他の瓦礫とは明らかに異なる石くれが、ちらほらと散見されるようになったのだ。


「こいつぁ……石の小兵ストーン・サーヴァントの残骸、だな」


 ダリルの言う通り、その石くれは石の小兵ストーン・サーヴァントの残骸のようだった。何か、ハンマー状のもので力任せに粉砕されたように見えるが……。


「ドナールの旦那だな、こいつぁ。少なくとも、アーシュの嬢ちゃんによるモンじゃねぇ」

「確かに。魔法で破壊したっていうよりは、力任せにぶち壊したって感じだ。付与魔術エンチャントを使ってるかまでは、流石に分からんけど……」


 ダリルの言葉に、俺も同意する。

 アーシュの『爆裂エクスプロージョン』や「魔法の矢マジックミサイル」には、独特の破壊痕が残る。転がる石の小兵ストーン・サーヴァントの残骸には、その痕跡は見受けられない。ならばこいつらを倒したのは、ドナールと言う事になるだろう。

 では、その時アーシュは何をしていたのか? 「付与魔術エンチャント」で援護していたのかもしれないし――もしくはのかもしれない。


「まあ、こんだけの材料じゃ、アーシュのお嬢ちゃんがドナールの旦那に協力してるのか、そうじゃないかは判断つかねぇわなぁ」

「……どういう事? ダリルさん」

「さっきホワイトも言ってたがな、アーシュの嬢ちゃんが騎士団の陰謀に手を貸すとは、おじさんはどうしても思えない訳よ。三度のメシよりも魔法の研究が大好きって娘だし、ああ見えてお嬢育ちだし? 宮廷魔術師の中にも権力争いが好きな連中はいるが、アーシュの嬢ちゃんはそういうのとは無縁だったみたいだしな。

 ま、だからアーシュの嬢ちゃんはドナールの旦那に協力してるんじゃなく、無理矢理連れて行かれたんじゃって思う訳よ。お前さんはどう思う、ホワイトよ?」

「……俺もダリルと同じ意見だな。さっき道を塞いでたのだって、アーシュの魔法を使われてたら俺達に為す術は無かったかもしれないんだ。それを考えると、な。リサ達がドラゴンに襲われてる事を知った時も、迷わず助けに行こうとしてたし」


 ――そしてあの時のドナールは、アーシュとは対照的に何かを迷っている様子を見せていた。

 リサ達を助けに行かなければ、グンドルフを含んだ三人をドラゴンにしてもらえるのでは……等と考えていたのかもしれない。もしくは、本心では助けに行きたいけれども、騎士団長からの密命を優先させるべきでは……と考えていたのかもしれない。

 どちらにしろ、ドナールの心が葛藤に満ちていたであろう事は、想像に難くない。その本心がどちら寄りだったのかは、今の俺には窺い知る事は出来ないが……。


 そんな事を考えながら歩を進めていた、その時。前方に不審な気配を感じた。――何かが、いる。

 リサとダリルに手で合図を送り警戒を促すと、二人は素早く臨戦態勢に移った。この辺りは最早、阿吽の呼吸というやつだ。


 輝石の光をゆっくりと前方に向ける――と、やけに小さすぎる人型のシルエットと、輪郭のはっきりしない土饅頭どまんじゅうのようなシルエットが無数に浮かび上がった。

 これは……。


「チッ、厄介な奴らだ」


 思わず舌打ちする。

 シルエットの正体は、無数の石の小兵ストーン・サーヴァントとスライムの群れだった。それぞれ5体ずつ程度と、今までと比べれば数は多くないが、こちらは疲労困憊の状態で、しかもドナール達を追っている最中だ。余計な体力は使いたくない所だったが……やるしかない。


共は俺に任せろ。リサ嬢ちゃんは精霊魔法でスライムの相手をよろしく頼むわ。ホワイトは適宜援護と……新手の警戒を」

「りょーかい!」

「分かった。前衛は任せる!」


 敵の戦力を素早く見積もったダリルが、俺達に指示を下す。流石は傭兵隊の百人隊長だけあって、リーダー役は手慣れたものだ。

 迷宮が崩壊してから向こう、俺はどちらかと言えば指示を出す側に回っていたので、久々に肩の荷が下りた気分だった――もちろん、戦闘への緊張感は忘れていないが。


『勇ましき者、炎の精霊よ! 我が呼び声に応えよ!』


 リサの召喚に応じ、炎の精霊が姿を現す。

 見た目は文字通りの「火の玉」だ。触媒――例えば松明等の実際の火――があれば巨大なものを召喚出来るのだが、今は触媒がない為に、人間のこぶし大の小さな火の玉となっていた。

 だが、小さくともその火力は馬鹿に出来ず、魔力に弱いスライム相手ならば後れを取る事はないはずだ。

 とは言え、精霊を操っている間はリサの身体は無防備になる。一体を相手に集中している間に他の一体が……等と言う事にならないように、俺が援護する必要があるだろう。


 他方、ダリルはと言えば――。


「オラァ!」


 気合い一閃、ダリルの大太刀が煌めくと、石の小兵ストーン・サーヴァントは一瞬にして両断されていた。

 更に返す刀を横に振るうと、両断された石の小兵ストーン・サーヴァントの身体が横一文字に斬り裂かれ、最終的に四つの残骸となって床に落ちる。凄まじいまでの剣の冴えだった。

 この分ならダリルの方は心配ないだろう。


 俺はそう判断すると、リサの援護と新手の襲来に備えるべく、愛用の小型弓を構え矢をつがえた――。

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