04.裏切り

「……やっぱり、か」


 第二層へ繋がる階段を上がりきった先で待っていたのは、俺の想像通りの光景だった。


「何よこれ? 完全に塞がってるじゃない!」


 そう。リサの言う通り、階段を上りきった先にあるはずの第二層への入り口は、

 巨石自体はドナールが動かした時のままの位置だったが、俺が先程通ってきた隙間には、大きめの瓦礫が「これでもか」という具合に詰め込まれていた。

 ドナールの仕業で間違いないだろう。


「って、ホワイト、何落ち着いてるの!? 私達、閉じ込められちゃったんだよ!?」

「……予想の範疇だ、問題ない。いいからちょっと下がってろ」


 ギャアギャアと騒ぐリサを下がらせ、詰め込まれた瓦礫の様子を探る。

 かなりギチギチに詰め込まれていて、ちょっとやそっとの力では動かせそうにない――が、逆に言えばであり、何かで固定されている訳ではない。巨石自体を動かして塞がれていたら手間だったが、これならば問題はない。

 俺は、グンドルフの形見である総鋼鉄製の戦槌ウォーハンマーを手に取ると、おもむろにそれを振りかぶり、詰め込まれた瓦礫に向かって打ち付けた。


 ――打ち付けること一度、二度、三度。その度に火花が散り、辺りには石と金属がぶつかりあう鈍い音が響く。

 手に伝わる衝撃は中々のもので、たちどころに手が痺れ始め、思わず戦槌を取り落としそうになる。その痺れを堪えつつ、更に戦槌を振ること数回。……瓦礫の向こう側で、何か硬い物がゴトリと落ちる音がした。


 再び瓦礫の様子を確かめると、先程まではギチギチに詰まっていたそれが、手で動かせそうなレベルまで緩んでいた。どうやらあちら側で、くさびの役割をしていた瓦礫が抜け落ちたらしい。


「……よし、これなら後は手で取り除けるな。ダリル、手伝ってくれるか?」

「あいよ」


 そのままダリルと二人で、手際よく瓦礫を取り除いていく。

 これならそれほど時間はかからないな、等と思いつつ黙々と手を動かしていると、不意にダリルが口を開いた。


「……ホワイトよう。ここを塞いだのは、もしかしてドナールの旦那か?」


 それは問い詰めるようなきつい口調ではなく、本当に、何でもない事を確認するかのような自然な問いかけだった。俺はそれに対し、静かに首肯する。


「――って、ホワイト! あたしがあれ程注意しておいたのに、なんでドナールさんを見張ってなかったの!? というか、アーシュさんは!? 一緒じゃなかったの!?」


 俺とダリルのやり取りを聞いていたリサが、思い出したように問い詰めてくる。


「今更かよ……。アーシュにはドナールの見張りを頼んだんだよ。まあ、アーシュはまさか『監視しろ』って意味だとは取らなかっただろうけど」

「アーシュさんをドナールさんと二人きりにしたの!? 危ないかもしれないのに? アンタ何考えてんの! ――って言うか、そもそもいつからアーシュさんのこと呼び捨てにしてんのよ!!」

「はあ? いや、アーシュ本人が気を遣われてるみたいで嫌だって言ったから、『さん』付けを止めただけなんだが。……っと、今その話はどうだっていいだろう? そもそもなんで『ドナール卿に気を付けろ』だなんて言ったんだよ」


 何故ここで、アーシュを呼び捨てにしている事を詰問されなければならないのか?

 そう思い話を本筋に戻せと迫ると、リサは何やらとても不機嫌そうな表情を浮かべ「だって……」等と呟きながら、何か言いたげに口をモゴモゴさせ始めた。

 訳が分からず傍らのダリルに助けを求めると、ダリルは「やってられねぇぜ」とでも言いたげな表情を浮かべながら肩をすくめてみせた。二人して一体何だと言うんだ?


 ――リサはしばらく黙り込んでいたが、「仕方ないな」とでも言いたげな表情で大きく溜息をつくと、ようやく事の次第を話し始めてくれた。


「……グンドルフさんがね、言ってたの。『ドナール卿には気を付けた方が良い』って」

「グンドルフ司祭が? またなんで?」

「ええと、確か――」

「――リサお嬢ちゃんが言ってるのは、、じゃねぇかな?」

「あ、そう! それ、それです!」

「知っているのか? ダリル」

「まあ、こう見えてもアルカマックの傭兵隊幹部なんでね、俺っちは。なに、城内じゃあ有名な話さ。……あんまり面白い話でもないが、聞くか?」


 ダリルの問いかけに、俺はゆっくりと頷く。


「オッケー。まあ、実に単純な話さ。

 アルカマック王国軍は大まかに言って、騎士団と神官戦士団、そして俺ら傭兵隊で構成されている。傭兵隊は俺のように金で雇われていたり、徴兵やら志願やらで集まった一般兵の寄せ集め軍団だが、騎士団と神官戦士団は違う。アルカマック建国当時から国を支えるお貴族様と、国教であるナミ=カー教団そのものと言っていい。言ってみりゃ、王国の中枢みたいなもんだ」


 その辺りの概要は俺も知っていた。

 騎士団員はその全てが貴族の子弟であり、軍事のみならず政治にも強い影響力を持つ。

 神官戦士団も、祭事の方面から強い発言権を持つらしい。


「で、だ。分かりやすい事に騎士団と神官戦士団は、伝統的に反目しあってるのさ。『どちらが国を支えているのか』ってな具合にな。ようは城内の権力闘争と誇りのぶつかり合いってやつだが……これがまあ、血が流れない代わりに何とも陰湿な争いでな。

 貴族だ神官だ言ってご立派なツラしといても、一皮むけば醜いもんさ」


 そこでダリルは「閑話休題」といった感じで一つ咳払いをすると、再び語りだした。

 もちろん、その間も瓦礫の撤去の手は休めていない。


「まあ、とにかく両者は常に互いの面子をかけて水面下で争っているわけだ。

 そこに来て、この『地下迷宮』が現れた。騎士団は当初、迷宮攻略を自分達の手柄にしようと躍起になって、神官戦士団の介入を許さなかったらしい。だが、その結果は度重なる調査隊の全滅だ。騎士団の面子は丸潰れよ」


 その話も知っていた。屈強の騎士達とは言え、その殆どは古代遺跡の探索など初めてだったことだろう。彼らが無残な最期を遂げたことは、想像に難くなかった。


「もちろん、その後に神官戦士団も犠牲者を出してはいるが……城内では騎士団が教団側の協力を断った事が、犠牲者が増えた理由じゃないかって意見が大半を占めているらしくてな。騎士団は汚名返上の機会を窺ってたんだ。特に騎士団長のジジイは、腸煮えくり返ってるらしくてな。独自に『地下迷宮』の事を調べたりして、次の調査隊派遣に備えていた。

 だが国王陛下は、いつまで経っても騎士団に下知をくださなかった。それどころか冒険者を募集しだして、騎士団の名誉挽回の機会は中々訪れなかったんだが――」

「――そこにアインの申し出があって、騎士団から攻略メンバーを出す機会がやって来たって事か?」

「そうなるな」


 なるほど、ようやく話が見えてきた気がする。つまり――。


「――つまり、ドナール卿は今回の迷宮攻略に挑むにあたって、その騎士団長様からって事、か?」

「まあ……そういう事だろうな。俺も、あくまでで聞いただけだ。――そこんところ、司祭はなんて言ってたんだ? リサお嬢ちゃん」

「え? えーと……確か『騎士団がよそ者のアイン殿や神官戦士団に手柄を取られるのを嫌がってる』とか、そんな感じ……だった、かな?」


 リサの答えは何とも辿々しく頼りない。

 よくその程度の認識でドナールに疑いの目を向けたものだ、等とも思ったが、きっとリサがうろ覚えなだけで、元々のグンドルフの言葉はもっと要領を得たものだったのだろう。


「考えたくはないが……最悪、他のメンバーの暗殺まで命じられてた可能性はあるかもな。『よそ者や神官戦士団が迷宮攻略の立役者になるくらいなら、むしろ全滅を誘え』ってな具合に。まあ、ドナールの旦那が、そんなアホくさい命令を馬鹿正直に実行するこたぁないと思うが……司祭一人だけを狙うって話なら、分からんわなぁ」


 ダリルが苦い顔で呟く。恐らくは彼も、ドナールが卑劣な行為に加担するとは考えていないのだろう。

 だがその一方で、グンドルフを謀殺しようとしていた可能性までは否定できないらしい。つまりそれは、騎士団と神官戦士団の確執――あるいは騎士団側の一方的な敵意が、俺が感じているよりも遥かに悪意に満ちたものである、という事を示しているのだろう。

 ――そう言えば一つ、ドナールとグンドルフの確執を示す出来事があった。


「俺、ドナール卿からグンドルフ司祭の悪い噂を聞いたんだ。もしかしたら、あれも仲間内での司祭の信用を落として、罠にめやすくする作戦の一つだったんじゃ――」

「――いや、それはきっとただの事実だろうよ。司祭の悪評ってのはあれだろう? ってやつだろう? それは噂じゃなくて事実だ」

「……は?」


 ダリルの意外な言葉に、俺は思わずマヌケな反応を返してしまっていた。

 傍らのリサは、「お弟子さんを可愛がってたんだねぇ……あれ、でも悪い噂って?」等とグンドルフを偲ぶ反応を見せているが、恐らく今ダリルが言った「可愛がっていた」という言葉が暗に示す意味を理解出来ていないのだろう。

 リサを気遣ってか、ダリルは俺の耳元に口を寄せると、小声でこう呟いた。


「――司祭はああ見えて男女問わずモテたんだよ、不思議と。しかも、ナミ=カー教団は表向きには神官の姦淫かんいんを禁じちゃいるが、軍神ナミ=カーの教義には『恋愛もまた一つの戦いである』って言葉もあってな、むしろ性愛を推奨してる節がある。司祭はその教義に忠実で、しかも若い男女が好みだったってだけの話さ……」

「……な、なるほど。案外奥が深いんだな、ナミ=カー教団……」


 俺の中では、最期まで敬虔な神官だったグンドルフ。

 ドナール達に教えられた噂は、俺の中のグンドルフ像と一致していなかったが、今ようやくその歯車がカッチリと合ったように感じた。少々意外な形ではあったが……。

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