03.犠牲

 そのまま、何とか第二層への階段まで辿り着いた俺達は、中程まで上がった所でようやく一息つく事が出来た。

 ――いや。正しくは、全員疲労困憊で少し休む必要があったのだ。とりあえずドラゴンの追跡は免れたのだ、少しくらい休んでもバチは当たらないだろう。


「――流石に死ぬかと思った」

「というか……あたし達、なんで生きてんの?」


 リサと苦笑し合う。本当にギリギリの勝負だった。二度とごめんだ。


「グンドルフさんが居なかったら全員死んでたね! さっすが司祭様、ダリルさんのあの傷を癒しちゃうなんて……って、グンドルフさん?」


 リサの怪訝な声に、グンドルフの様子を窺う。

 既にダリルの肩から降ろされ、壁にもたれかかった姿勢なのだが……その顔色は死人のように青白い。先程までは荒かった息は、今度は逆に弱々しく、「虫の息」と呼ぶに相応しい状態だ。


 ――今まで、少なくない人間の死を見送ってきた俺の勘が告げていた。グンドルフはもう長くない、と。


「司祭……? なんで、こんな……魔力の使い過ぎったって、ここまで衰弱するのは見た事がないぞ!」

「――クソッ! 司祭の奴、俺を助ける為に『犠牲サクリファイス』を使いやがったな!」

「……『犠牲サクリファイス』だって?」


 聞いた事があった。

 『犠牲』の小奇跡。自分や他人の命を引き換えとして、信仰する神により強い奇跡を願う、神官達の秘儀の一つだ。条件さえ整えば、死者の完全復活すらも可能だと言われる。

 グンドルフが、それを使ってダリルを蘇らせたのか?


「……良い、のです……」

「グンドルフ司祭!?」


 グンドルフの口からか細い言葉が漏れ、俺達三人は彼に駆け寄った。


「しっかりして、グンドルフさん! 皆で一緒に生きて帰るって言ったじゃない!」

「司祭、あんた……あんたは……!」

「リサ殿、ダリル殿……悲しむ事はありません……私はナミ=カー様の身許に参るだけなのですから……それに……」

「グンドルフ司祭、しっかりしてください!」

「今度こそ…………我が身可愛さに、貴方を、貴方達を……今度は、救う事が――」


 ――グンドルフはそれだけ言い残すと、最後にヒュウッと漏れるように息を吐いて、そのまま神のもとへ召されてしまった。

 俺達はそのまま、しばらく無言でその遺骸を眺めていた。


 ……そのまま、どの位の時が経った頃だろうか。リサがそろそろと動き出すと、薄く開いたままのグンドルフのまぶたを手でそっと閉じ、祈りの言葉を囁いた。

 俺とダリルもそれに続き、それぞれ信仰する神の名を囁き、グンドルフへの手向けとした。


 ――しかし、グンドルフの最期の言葉は、全くもって意味不明だった。彼が俺達を裏切った? そんな素振り、一回だって感じた事はなかったはずだ。

 むしろ彼が居なかったら、今俺達は生きてはいない……。

 だが――。


「――そうか、司祭。……」


 誰にともなく呟いたダリルのその言葉を、俺は聞き逃さなかった。どうやら、ダリルはグンドルフが残した言葉の意味を理解しているらしい。


「……ダリル。あんた、司祭の最期の言葉の意味が、分かったのか?」

「ああ……。だが、すまねぇ。……」

「なっ……!?」


 『今は言えねぇ』だって?

 この状況下で、俺達に言えない事情があると?

 ……思わずそんな言葉が出そうになったが、ダリルは「今は」と口にした。ダリル本人が隠したがっているというよりは、言えない理由があると考えた方が自然かもしれない。

 だが、この緊迫した状況下でまで、言えない理由とは……?


「――分かった。言える時が来たら教えてくれ」


 悩んだが、ここでダリルを問い質すような事はしたくない。俺はそれだけ言って、それ以上追及はしない事にした。

 ダリル程の誠実な男が「言えない」と言っているのだ。それ相応の理由があるのだろう……。


「――先を急ごう。ドラゴンの追撃が無くなったとはいえ、俺達にはもう時間が無い」

「グンドルフさんは? 置いていくの?」

「……第一層までの道程を考えれば、とても連れて行ってはあげられない。リサ、辛いとは思うが、司祭は俺達を先に行かせる為に命を投げ打ったんだ。その想いには応えなきゃいけない。でも、そうだな。せめて形見の品を――」


 そういってグンドルフの遺骸を見やると、傍らに置かれた彼愛用の総鋼鉄製の戦槌ウォーハンマーが目に入った。彼が、最期まで手放さなかったものだ。


「――この戦槌を持っていこう」

「え、そんな重い物を? ホワイト、それで戦うの?」

「いや、俺の力だと戦闘に使えるかどうかは怪しいな……でも、多分

「どういうこと……?」


 俺の言葉に怪訝な表情を浮かべるリサ。

 だが、俺は彼女の問いには答えず、ゆっくりと階段を上り始めた。俺の予感が外れている事を祈りながら――。

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