05.急転直下

 ――慎重に、しかし迅速に、俺達は上層への階段があるはずの場所へと急いだ。


 この第三層は少々特殊な構造をしている。全体を俯瞰ふかんして見た場合、

 鏡合わせの迷路が、中央の細い連絡通路で繋がれている、と言えば分かりやすいだろうか。それぞれに上層と下層へ繋がる階段があり、つまりは階層全体では四つの階段が存在する事になる。


 もし、今いる区画の上り階段への道が塞がれていても、連絡通路さえ無事ならばもう一方の上り階段に望みが繋げるというわけだ(もちろん、その先も道が通じている保証はないが)。

 どちらにしろ、上り階段を目指す途中で、必ず連絡通路の付近も通る事になる。まずは、連絡通路の無事が確かめられれば幸先が良いのだが……。


 幸いにして、石の小兵ストーン・サーヴァントを撃退して以降、魔物の襲撃はなく、俺達は順調に歩を進めていた。

 だが、その間も例のズシン! という衝撃は止むことなく、むしろ段々とその頻度を増し、その発生源との距離も近付きつつあるように感じられた。


「――ホワイト君、この衝撃ってもしかしたら……」

「ああ、もしかするとかもしれないな……」


 俺もアーシュも、この衝撃の正体に気付きつつあった。

 忘れようもない、この地下迷宮で出会った、のだ。

 もしなのだとしたら、今の状況で俺達に勝ち目はない。出会わずに逃げ切れれば一番なのだが……。


「む、ホワイト君。そろそろ連絡通路の辺りじゃないかね?」


 ドナールの言う通り、そろそろ連絡通路に差し掛かる辺りだった。先を窺うべく、輝石の明かりを前方に向ける。

 すると――。


「な、なんじゃこりゃ!?」


 目の前の光景に、俺は思わず頓狂とんきょうな声を上げてしまった。

 連絡通路は確かにあった。だが、元々はドナールがギリギリ通れる程度の細い通路だったそれが、今や更に狭く――いや

 崩れたり壊れたりしているのではなく、通路自体が細くなっている。「通路」というよりは「隙間スリット」と言った方が正しいような、そんな代物に成り果ててしまっていたのだ。


「これ……下層みたいに構造が変化しているわ。でも、なんでよりによってここだけ……?」


 アーシュが、疲れたような呆れたような表情で呟く。

 連絡通路が使えないという残念さと、何やら設計者の底意地の悪さを感じさせる迷宮の構造変化への呆れが、ぜになっているのかもしれない。


 この連絡通路は、それ程長いものではない。今も、輝石で隙間を照らせば、ギリギリ向こう側の様子が窺える程度だ。

 しかし、ここを通れるようにするには、並大抵の方法では無理だろう。それこそ『爆裂エクスプロージョン』の魔法ならば、ある程度壁を破壊する事は出来るだろうが、何分厚みがある。

 一発で向こう側まで貫通させられるかは、怪しいところだ。大穴を開ける前にアーシュの魔力が尽きてしまうかもしれない。


 ここは、反対側の区画に行く事は諦めた方が良いかも知れない。素直に今いる区画の方の上り階段を目指そうと、俺達が決断しようとした、その時――。


「ホワイト!」


 隙間の向こうから、俺を呼ぶ声が響いた――聞き間違えるはずがない、リサの声だ!


「リサ! 無事か!?」


 隙間に張り付くようにして呼びかけると、向こう側に光の精霊に薄ぼんやりと照らされたリサの姿が見えた。遠目ではあるが、大きな怪我も負っていないように見え、思わず安堵する。


「――今はまだ……でも、大変なの! 下層からとんでもない奴が――」


 リサが言いかけたその時、再びズシン! という衝撃と、大怪鳥の叫びのような、獣の唸り声のような、地響きのような、重低音の咆哮が辺りに響き渡った。

 しかも、隙間の向こう側――つまりリサがいる方の区画から聞こえたような……。


「来た! 奴よ!!」


 リサが悲鳴のような叫び声を上げる。

 ――ああ。もう俺も、傍らのアーシュとドナールも、この衝撃と咆哮の主の正体に気付いていた。


 ヴァルドネルを除けば、この地下迷宮で俺達を最も苦しめた強敵。

 全ての生物に対し有利を誇り、身に纏う鱗は名だたる勇者の剣をも弾き返す。

 魔法に強い耐性を持ち、知恵は人間をも凌駕する。

 その吐息は灼熱の炎や猛毒の霧を伴うという、最強の怪物。


「――ドラゴンが来るわ!」


 リサのその悲愴な叫びを打ち消すかのように、再びドラゴンの咆哮が階層全体に響き渡った。

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