04.奴らは群れでやってくる

「――くそ! こいつら、うじゃうじゃと!」


 第三層の探索を再開した俺達を出迎えたのは、十数体もの石の小兵ストーン・サーヴァントによる襲撃だった。


 石の小兵ストーン・サーヴァントは、簡単に行ってしまえば小型の石の巨兵ストーンゴーレムだ。精々が人間の子供程度の背丈しかない、木製の操り人形マリオネットのような見た目をしている。

 外見はあまり強そうには見えないのだが、元々が石で出来ているので案外に頑丈だ。

 しかも、元々は古代の魔術師が身の回りの雑用をさせる為に生み出したというだけあって、見た目とは裏腹に力も強い。「召使いサーヴァント」という名前が、何かの皮肉だと思えるほどに――。


「いくらなんでも数が多すぎるわ! ここは『爆裂エクスプロージョン』の魔法で一気に――」

「駄目だ! アーシュの大魔法はこの先、瓦礫の撤去で必要になってくるかもしれない! それよりも、付与魔術エンチャントでドナール卿の支援を頼む! ――ドナール卿、ここは二人で蹴散らしましょう!」

「……心得た!」


 アーシュとしては、ドナールの身体を気遣う気持ちもあって、大魔法で速攻勝負を決めようとしたのだろう。

 だが、「爆裂」の魔法はかなりの魔力を消費する、文字通りの大魔法だ。第二層、第一層の様子が分からない今、俺達にとって切り札とも言えるアーシュの大魔法は、まだ使うべき時ではないだろう。


「……分かったわ。ドナール様、剣を――『魔を帯びし剣よエスパダ・マヒカ!』」


 渋々といった様子ながらも頷き、アーシュが「付与魔術エンチャント」の古代語エンシェントを唱える。それに呼応し、ドナールの構える長剣と大盾が魔力を帯び、淡い光を放つ。

 魔力を帯びた武具は、ちょっとやそっとの事では損なわれなくなり、その切れ味や破壊力も格段に増す。石の小兵ストーン・サーヴァントのように硬い相手には非常に有効な魔法だが、それでいて魔力消費は少ない。

 魔術師の魔法としては基礎的なレベルのものだが、冒険では大魔法よりも基礎的な魔法の方が役に立つケースがままある。


「先行して敵を引き付けます――」


 ドナール達の返事を待たず、俺は石の小兵ストーン・サーヴァントの群れに向かって駆け出した。

 その動きを受けて、石の小兵ストーン・サーヴァント達が俺に殺到する。硬くて力の強い難敵ではあるが、こいつらは高い知能を持っている訳ではない。魔術師の埋め込んだ命令プログラムに従った行動しか出来ず、その行動パターンも巨兵ゴーレム程は多くない。

 ――そこに付け入る隙があった。


 俺との距離を詰めた石の小兵ストーン・サーヴァント達の行動は、大きく二つに分かれた。

 幾つかの個体は、そのまま地上を走り突撃を仕掛けてきたが、残る個体は寸前で飛び上がり、頭上から攻撃を仕掛けてきたのだ。

 数の有利を活かして、獲物(つまり俺)を逃さぬ為のフォーメーションなのだろうが――やはり、こいつらは単純な戦法しかとれないらしい。のが、何よりの証拠だ。

 これほどくみやすい相手もいないだろう――何せ、後衛のアーシュや、じりじりと距離を詰めつつあるドナールには見向きもしないで、


「――ドナール卿!」


 石の小兵ストーン・サーヴァント達をギリギリまで引きつけた所で、俺はドナールへの合図と共に。そのまま後転の要領で素早く地面を転がり、一瞬にして石の小兵ストーン・サーヴァント達から距離を取る。

 連中にしてみれば、勢い良く突っ込んできていたはず目標が、目の前から突然いなくなった形になる。いきなり止まるような器用な真似もできず、石の小兵ストーン・サーヴァントはそのまま先程まで俺がいた空間に殺到し、互いの石の身体を激しくぶつけ合う。

 更にそこへ、跳躍していた連中までもが降ってきて、ガツンガツンと鈍い音を立てながら次々に折り重なっていった。


 下敷きになった一部の石の小兵ストーン・サーヴァントはそれでバラバラになったが、大概はまだ無傷だ。

 折り重なり、互いの身体が重しのようになってしまっているのでしばらくは動けないだろうが、それも僅かな時間でしかないだろう。

 連中は、生物のように痛覚を持っている訳ではない。派手にクラッシュしたところで、痛みすら感じずにまた直ぐ動き出す――だが、一瞬でも連中の動きが止まれば、それで十分なのだ。

 何故ならば――。


「うおぉぉぉりゃぁぁぁ!!」


 雄叫びを上げながら、ドナールが石の小兵ストーン・サーヴァントへと突撃し、その大盾を振るう。

 その一撃を食らった石の小兵ストーン・サーヴァントの何体かが、爆発音のような凄まじい音ともに粉々に砕け散った。更に間髪をれず振るわれた長剣が、何体かを両断し、ただの石塊に帰す。

 負傷しているとは言え、ドナールの突破力には少しの陰りも見受けられない。流石の一言だった。


 だが、敵は多勢。しかも、痛みを感じぬ石の小兵ストーン・サーヴァントだ。

 無傷の個体や、腕等が欠けるもまだ動ける連中が、ドナールの大振りの隙を狙うかのようにおどりかかる。

 しかし――。


「させるかよ!」


 既に体勢を立て直していた俺は、素早く二本の特殊ワイヤーを取り出し、それぞれを石の小兵ストーン・サーヴァントに向かって放つ。

 右手で放ったワイヤーは先端に分銅が付いているもので、鈍器として使うと中々の威力がある。クリーンヒットすれば、石の小兵ストーン・サーヴァント程度の相手ならば打ち砕く事も出来る。

 左手で放ったワイヤーの先端は鉤爪になっている。本来は登攀とうはん等の補助に使うものだが、敵を巻き付けるのに使えば、ちょっとやそっとでは外れない拘束具になる。


 狙いはたがわず、分銅は一体の頭部に直撃しそれを打ち砕き、鉤爪の方のワイヤーは他の数体をまとめて絡め取り拘束した。拘束した方はひとまず放置し、俺は分銅側のワイヤーを引き戻すと、頭上でグルグルと回し始めた。

 ――何も遊んでいるのではない、勢いを付けて次なる一撃を強化する為だ。


 石の小兵ストーン・サーヴァントの様子をうかがうと、どうやら連中は狙いをドナールに絞ったようで、集中攻撃を仕掛け始めていた。後ろで控えるアーシュはおろか、俺の方にも攻撃を仕掛けてこない。

 どうやら、予想以上に単純な行動しか出来ないらしい。念の為、不意打ちに注意するようアーシュに声をかけた上で、俺はドナールの援護に徹する事にしたのだが――それすらも不要だった。


 既に半数近くに減ったとは言え、相変わらずの多勢に無勢のはずだったが、ドナールの力量は数の不利を完全に覆していた。

 石の小兵ストーン・サーヴァントの攻撃を冷静に見極め、鎧で受けられるものはあえて受け止める。危険と判断したものは大盾で迎撃し打ち砕き、長剣を巧みに振るい死角からの攻撃を牽制し、あるいは斬って捨てる――多対一の戦いの、お手本のような光景だった。


 ――ドナールはアルカマック王国の上級騎士、歴戦の勇士だ。

 群雄割拠のノーイーン大陸で、小国なれど強盛を誇るアルカマック王国。その護りの要となる騎士団の中でも、五本の指に入る猛者なのだ。

 俺のように器用さだけが売りの、手練手管で何とか生き延びてきたような輩とは違う。本物の戦士だ。


 それでいて、その強さにおごる事のない、絵に描いたような騎士道精神の持ち主でもある。

 彼がパーティーに居た事、迷宮崩壊後に合流出来た事は、俺が考えていた以上に幸運だったのかもしれない。


 ――ドナールが仲間にいてくれて本当に良かった。今更ながら、そんな実感を抱いていた。


 石の小兵ストーン・サーヴァントとの戦いは、程なくして終わりを告げた。

 結局、殆どの個体をドナールが華麗に片付けてくれて、俺とアーシュの出る幕はほぼ無かった。怪我をしている彼にばかり戦わせるのはどうかと思ったのだが、むしろ「手を出すな」という雰囲気すら感じる程だったのだ。

 無論、ドナールが口に出してそう言った訳ではなく、あくまでも俺とアーシュが気圧されただけなのだが……。


「――さあ、先を急ごう」


 戦闘後の高揚した表情のまま、ドナールが俺とアーシュを促した――その時だった。

 突如、階層全体に響くようなズシン! という衝撃が俺たちを襲ったのだ。


「な、何、今の揺れ? まさか……また迷宮が崩壊を?」


 アーシュが不安げな表情で呟く。そこへ更にもう一度、ズシン! という衝撃が走る。


「……いや。この揺れは何かもっと、近くで何かが爆発したような……大きな何かがぶつかったようなものだ。この階層の何処かで、何かが起こっている……?」


 俺はこの衝撃と似た感覚に、どこかで出会った事があった。

 そう、つい最近。それこそ、この地下迷宮の中で――。


「とにかく先へ進もう! 確かにこの衝撃が続けば崩壊も進むかもしれない。そうなる前に上層へ向かおう」


 今度は俺が二人を促し、先を急ぐ事にした――。

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