03.聞き慣れた声と知らない顔

 ――そこから更に数刻の後、俺達は遂に上層への道ものを発見した。


「これはまた……盛大に崩れたもんだな」


 俺達が見つけたもの、それは大量の瓦礫に塞がれた通路の姿だった。


 一本道を進んだ先に現れた、通路を塞ぐ大量の瓦礫に一瞬「ここでデッドエンドか?」と身構えた俺達だったが、すぐにアーシュが天井に穴が空いているのを発見。『探知ディテクション』の魔法でその先の様子を探ったところ、どうやら上層まで突き抜けているようだった。


「通路が塞がれた代わりに天井の穴が上層への道になっている……ホワイト君の言った通りかもしれないな、これは」


 頭上の大穴を見上げながら、ドナールが感慨深げに呟いた。


「確かに、誰かにお膳立てされたみたいな感じはしますわね」


 アーシュは引き続き大穴の向こうの探知を続けながら、ドナールの言葉に同意する。

 天井の方は二人に任せ、俺は念の為に瓦礫の山に向き合い、何か手がかりとなる物がないかどうか探索を続けていた。すると――。


「――二人とも、ちょっと静かに……今、瓦礫の隙間から光が漏れたような気が」


 俺の言葉に二人も素早く身構え瓦礫の山に向き合う。アーシュが魔法の杖から発する光を更に弱め、俺も輝石を手で隠し光を遮る。辺りが俄かに薄暗くなる。


「――やっぱり、少しだけど灯りが見えるな。何かの照り返しではないみたいだ」


 瓦礫の中に金属片や鏡のようなものが混じっていて、俺達の灯りを反射している可能性も考えたが、どうやらそうではないらしい。明らかに瓦礫の向こう側に光源があるようだった。

 向こう側で篝火が焚かれているのか、光源を持った何者かがいるのか。それとも、ヴァルドネルの居た大広間のように魔法の光で満たされているのか……。


 はぐれた仲間の誰かならば、ここで互いの無事を確かめておきたい所だ。だが、相手が魔物だったなら厄介な事にもなりかねない。どうしたものか……。


「――よし。二人とも、少しの間だけ息を潜めていてくれますか?」


 ドナールとアーシュが静かに頷いたのを確認し、俺は瓦礫の山に近付いた。

 瓦礫の中から手ごろな大きさの石を拾い上げると、それを大き目の瓦礫にカツンカツンと一定のリズムで打ちつけ始める。大き過ぎず小さ過ぎず、ギリギリで瓦礫の向こう側の「誰か」に届く程度の音が響くよう、しばらくの間それを続ける。


 ――これは、俺とアイン、リサにだけ通じる「音信号」だった。

 壁一枚隔ててはぐれた時、ドアをノックする時、言葉を交わせない状態で情報を交換したい時などに使う、一種の符牒だ。

 叩く物は何でもいい、重要なのはリズムで、様々なリズムに簡単な言葉を関連付けてある。

 例えば、今俺が刻んでいるリズムは「こちらホワイト、応答どうぞ」といった感じだ。知らない人間が聞いてもただの物音だが、この瓦礫の向こうにいるのがアインかリサならば――。


「――ホワイト!?」


 その時、瓦礫の向こうから誰かの呼ぶ声がした。瓦礫に阻まれかなりくぐもってはいるが、俺が聞き違えるはずの無い、その声が。


「リサか!? 無事なんだな?」


 そう、声の主は俺の妹分である精霊使いの少女、リサのものだった。

 その姿を確かめようと瓦礫の隙間を覗き込むが、残念ながら僅かな光が漏れているだけで向こう側の様子は窺い知れなかった。


「大丈夫、大きな怪我はしてないよ! グンドルフさんも一緒よ。そっちは?」

「こっちは……ドナール卿とアーシュさんが一緒だ」


 一瞬、アインの無事を確認していない事をリサに伝えていいものかと思い、言いよどんでしまった。が、よく考えれば俺達がこうして無事でいるのだ。アインが無事でない訳がない。


「良かった……この分ならアインとダリルさんもきっと無事ね。あの二人しぶといもの」


 流石に付き合いが長いだけの事はある。俺の言い回しから内心を見抜いたばかりか、逆に気を遣うような言葉をかけられてしまった。

 昔からリサのこういった勘のいい所にはかなわない。


「こっちはこの瓦礫のせいで行き止まりなんだが、天井に穴が開いていてそこから一階層上に行けそうだ。そっちは?」

「こっちは近くに上層への階段があったわ」

「……なるほどな。出来れば合流したいが、この瓦礫の山をどけるのは難しそうだな……」

「爆破したら?」

「バカ、俺達まで埋まっちまうだろ。とりあえずは、それぞれのルートで上層を目指そう。運が良ければ、すぐ上で合流できるかもしれない」

「……分かった。なら善は急げね。――というか、私もグンドルフさんもから、早く合流しないとお腹ぺこぺこで死んじゃいそう!」

「――そうか。それは……早く合流しないとだな」


 答えながら、俺は大きな違和感を覚えていた。

 ……リサとグンドルフも食料を無くしている。俺やドナール、アーシュと同じように。

 いくら派手に迷宮の崩壊に巻き込まれたからって、皆が皆、荷物を無くしているってのはどうにも妙だった。


 それでいて、俺の戦闘用の道具類やアーシュの魔法の杖のようなものはしっかり無くさずに持っている。……何かがおかしい。


「――ホワイト? おーい、聞こえてる? 私達は先に進んでみるから、上で会おうね! すぐの合流が無理そうだったら……手筈通りに!」

「……ああ、気をつけてな! グンドルフ司祭に迷惑かけるなよ!」


 「子ども扱いすんな!」という不満の声を最後に、リサの気配は遠ざかっていった。早速上層へと向かったらしい。俺達も急いだ方がいいだろう。


「という事で、俺達も行きましょうか!」


 とりあえず、リサとグンドルフが無事である事が分かった。必然、アインとダリルもどこかに無事でいる公算が高まったこともあり、俺は先程までよりも明るい気分になっていた。

 だが――振り返ってみれば、ドナールとアーシュは何やら不安げな表情を浮かべていた。一体どうしたというのだろう?


「……ホワイト君、リサちゃんはグンドルフ司祭と一緒だって言っていたのね?」

「はい、そうですけど……それがなにか?」


 アーシュの言わんとしている事が分からず、俺は首を傾げた。アーシュが何やら答えにくそうにしていると、代わりにドナールが口を開いた。


「ホワイト君。その、不安にさせるつもりはないのだが……リサ君とグンドルフ司祭がこの状況で二人きり、というのは少々、その……まずい気がするんだ」


 ドナールには珍しく、何やら奥歯に物が挟まったような言い回しで要領を得ない。

 俺が「訳が分からない」というような表情を浮かべると、アーシュが何やら決意したような顔で再び口を開いた。


「よく聞いて、ホワイト君。グンドルフ司祭は、アルカマック王国神官戦士団が誇る精鋭の一人よ。王都近くの修道院を一つ任されてもいる、神官の中でも高位の方なんだけれど……その、あまり

「……良くない、噂?」


 オウム返しに尋ねる俺だったが、神官の「良くない噂」と「リサと二人きりがまずい」という二つのキーワードから、俺はその答えを半ば察していた。


「グンドルフ司祭は、その、が好きらしいのよ。修行に来た見習い神官に、立場を利用して手を出してるって噂が以前からあったの。しかも、……。リサちゃんみたいに可愛くて活発な娘は、多分好みなんじゃないかって……」


 アーシュの言葉に、俺は背筋に正体不明の悪寒が走るのを感じた。いや、だが、だからって……。


「……この状況下で、司祭がリサにって、二人は言いたいんですか?」

「もちろん、司祭だってそこまで短慮ではないだろう。だが、先程の私達と同じように、この迷宮を脱出することを諦めかけたら……あるいは」

「神官戦士としての実力は確かな方なんだけど……その事で大司祭への道をふいにした、なんて噂もあるのよ」


 ドナールとアーシュの顔には、僅かながら嫌悪の表情が浮かんでいた。

 この三日と少しの間、二人とグンドルフの仲は良好だったように見えた。だが、実際には複雑な感情を抱いていたのかもしれない。

 短い付き合いながらも固い絆で結ばれたパーティであると信じていたのは、俺だけだったのか……?


「――なんてこった」


 我知らず呟いた俺は、天井の大穴を見上げながら「一刻も早くリサ達と合流しなくては」と静かに決意した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る