02.ムードメーカー
アーシュが「仮説」を語り終わると、三人の間に沈黙が下りた。
アーシュ自身が言った通り「仮説」の域を出ない話だったが、俺もドナールもそこに真実味を感じていた。
全員が同じ場所で崩壊に巻き込まれたのに違う場所で目覚めたという事実。明らかに偏りのある瓦礫の数。散々に迷宮の中を彷徨った自分達をして、見覚えのある通路が無いという違和感。
……アーシュの仮説には、確かにそれら事実に合致する答えが含まれていた。
「今のアーシュ殿の仮説が的を射ているとしたら……今までの探索で知りえた迷宮の構造は、軒並み無価値になってしまった、という事ですかな」
「そうですわね……。もし構造の変化が迷宮全体に及んでいたら……下手をすると往路以上に……」
ドナールとアーシュの表情がどんどんと暗くなっていくが、それも仕方のない事だろう。
今までは「見覚えのある通路にさえ辿り着けば、そこから先は迷う事は無い」と信じながら歩を進めてきたのだ。まだ希望があった。
だが、迷宮の構造が全く変化してしまっていたとしたら、探索も一からやり直しになる。往路では三日間程度かかった道程だ。帰りも同じ位か、それ以上を覚悟するしかなかった。
「そもそも、一部が崩壊している以上、本当に第一層まで戻れるかどうかも怪しいし……」
仮説を披露している間は饒舌だったアーシュも、次第に言葉少なになっていく。
自分の語った事が、自分自身の不安を煽ってしまったというのは何とも皮肉めいた話だ。いや……そもそも、思いついた仮説を自分の胸の内にしまって置く事自体が辛くて、思わず俺達に披露してしまったのかもしれない。
すっかり沈み込んでしまった二人を前に、俺は今更ながらに「アインがいない」という事実の重さを痛感していた。
ドナールは
――だが、二人は一流の「冒険者」ではない。
勇猛果敢に戦場を駆ける騎士であっても、先行きの見えない古代遺跡の中を何日も彷徨い歩いた経験など無いだろう。
膨大な知識と強力な魔法を操るアーシュだって、今までにこんな目に遭った事は無いだろう。
アインは騎士であり魔術師でもあったが、同時に一流の冒険者でもあった。
俺やリサといくつもの古代遺跡を巡り、時に泥に
彼の出自を考えれば全く相応しくない、荒事の世界に長く身を置いていたのだ。
そんな彼だからこそ、ドナールやアーシュのような育ちの良い人々が、この地下迷宮での苦難に心折れそうになった時、彼らが何を一番不安に思っているのか、どんな言葉を掛けて欲しがっているのかを熟知していた。
彼の言葉だからこそ、ドナール達も勇気付けられ、ここまでやってこられたのだ。
だが、そのアインが今はいない。生きているのかも定かではない。頼る事は出来ない。
今この場で、最も荒事に――「冒険」に慣れているのは、この俺なのだ。俺が二人を励まし元気付けていかなくてはならない……。
「二人とも、ヴァルドネルの最期の言葉を覚えていますか?」
「……ホワイト君? ええと、覚えているけれど……それが?」
突然の俺の言葉に、アーシュが怪訝な表情を浮かべる。
『――見事だ、強き者達よ。よくぞ我を打ち倒した……。私の死と共にこの迷宮もその役割を終える……魔物達がここより地上へ溢れ出す事はもうない。この地下深くで永久の眠りにつくだろう……。汝らは、地下一階の始まりの魔法陣――汝らが初めてこの『地下迷宮』に降り立った、その場所へ戻るがいい。魔法陣は汝らを地上へと戻した後、やはり眠りにつく。ただし汝らが辿り着ければな』
アインだけに聞こえた最後の呟きを加えれば、奴は概ねこんな事を言っていたはずだ。
「『ただし汝らが辿り着ければな』って言葉、俺は最初『どうせ辿り着けない』という奴の捨て台詞かと思ったんですが……よくよく考えてみると、むしろ『辿り着いてみせろ』と言っていたんじゃないかと思うんですよ。じゃなければ、わざわざ俺達が脱出すれば魔法陣も機能を停止するなんて事、言わないと思うんです」
――はっきり言ってこじつけだった。実際にはヴァルドネルの真意について、確信は全く無い。
だが、一歩でも先に進む為に、今の俺達には「理由」が必要だった。多少強引だって構わない。一縷の望みでもいい。先に進もうと思える、その理由が。
「ヴァルドネルが度々使っていた『試練』という言葉も気になってるんです。あいつはどこか俺達を試すような言動を繰り返していました。
この地下迷宮にしたって、下層になるに従って魔物や罠が凶悪になっていく造りだったし、さっきアーシュさんの言っていた『試練場』って側面も持っていたのかもしれない。
それに、迷宮の崩壊と共に構造の変化があったって言うなら、実は崩壊それ自体が無差別じゃなくて構造を変化させる動作の一環だって可能性もある。……そう考えると、少なくとも第一層までの道は用意されているんじゃないか、って思うんです」
一気にまくし立てた。
アインのように理路整然と、相手が求める言葉で語るような真似は俺には出来ない。だから勢いの力を借りた。
普通の状態なら、二人とも俺の話の無根拠さに気付き指摘してくるだろう。だが、疲れ果て不安に駆られた今の二人には、勢いに任せた方がきっと伝わる。俺の、必死さが。
「――やれやれ、若者に気を遣わせて……年長者として恥ずかしい限りだ。すまんなホワイト君、少々弱気になっていたようだ」
「私も。危険は承知でこの『地下迷宮』にやってきたんだもの、こんな所で思考停止していたら『学究の徒』失格ね。もっと色々観察して、考えて考えて……悲嘆に暮れるのはそれからにするわ」
俺の話をじっと聞いていた二人だったが、しばし考えた後、すぐに思考を切り替え俺の考えに賛同してくれた。
……恐らくは、この三人の中で一番年下の俺が気張っているのを見て、年長者としての見栄が頭をもたげてきたのだろうが……理由はどうでもいい。たとえ虚勢であっても、二人が再び前向きになってくれさえすれば、まだ十分に道は開けるはずだ。
「……じゃあ、そろそろ行きましょうか。迷宮の構造が入れ替わっているのなら、罠も復活してるかもしれません。引き続き先頭は俺、殿はドナール卿、お願いします」
「あい分かった!」
「私も、もっと注意深く周囲を探知してみるわ」
二人の力強い頷きを確認し、俺達は再び歩き出した。
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