05.最初の再会

 ――思い出した。


 そうだ、俺達は確かにヴァルドネルを倒した。が、その後この「地下迷宮」が崩壊する事を悟って、急いで脱出を図ったんだ。

 でも、何階層か上がった時に、今までで一番の振動が襲って来て、それで――。


 体中が痛むのは、迷宮の崩壊によりかなりの高さを落下してきたからだろう。

 走っていた床がいきなり崩れて、皆で落下していったんだ。むしろ、瓦礫の下敷きにならなかっただけ運がいい……。


 分からないのは、俺が倒れていた周囲に瓦礫の類が見当たらなかった事だ。あれだけ派手に崩壊したのだから、瓦礫の量も相当なものだろうに。

 一緒に崩落に巻き込まれたはずの仲間達の姿が、誰一人として見当たらないのもおかしい。


 ――しばらくまっすぐ進んでいるが、未だに分かれ道にも行き止まりにも辿り着かない。

 三日間、この「地下迷宮」を散々に彷徨い、その構造を頭に叩き込んでいたつもりだった。だが、今はここが何階層目のどこら辺なのか、皆目見当が付かなかった。

 頭がまだ混乱しているのか、それとも……。


「――!? 『消えろアパガ』」


 その時、向かう先にかすかに何者かの気配を感じた俺は、急いで輝石の灯りを消す古代語エンシェントを唱えた。

 瞬間、魔法の首飾りの輝石は光を失い、再び辺りは闇に包まれる。


 そのままその場にうずくまり、じっと身を潜め耳を澄ます。

 ――やや離れた場所から「ガチャリ、ガチャリ」という金属同士が擦れ合うような音が聞こえる。音だけで判断すれば、鎧を着こんだ何者かが蠢く音にも聞こえるが、それが人間のものかどうかは定かではない。


 相手が魔物の類だった時の事を考え、急ぎ武装を確認する。

 腰には愛用の短剣。左手の手甲に仕込んだ小型弓はとりあえず無事のようだが、きちんと動くかは分からない。矢の残りは七本。弓が壊れていた場合、いざとなったら手投げ矢ダーツのように使う事も出来るが、威力は大幅に下がる。

 一番頼りになる二本の特殊ワイヤーは健在。腰の収納ボックスに収まっているが、よもや絡まっているなんてことがないのを祈るばかりだ。


 特殊ワイヤーは、先端に分銅を取り付けたものと鉤爪を取り付けたものの二本がある。

 今回は、戦闘になった際に鈍器としても使える、分銅の方を準備しておいた方がいいだろう。

 収納ボックスのロックを解除し、ワイヤーを引き出す。僅かに抵抗を感じるのは、ワイヤーを引き出すと中のゼンマイが巻かれ、スイッチ一つでワイヤーが巻き戻る仕組みになっている為だ。

 知り合いのドワーフの名工に作ってもらったもので、何度もこいつに命を救われてきた。言ってみれば相棒のような道具だった。


 ――金属音がより近くなってくると、音のする方から薄ぼんやりとした光も近付いてきている事に気付いた。

 色合いからすると、松明やランプの類ではなく魔法の光のようにも見えるが……?


 更に息を潜めて待つと、段々とその光――灯りの主の姿がはっきりとしてきた。

 やけに大きく角ばったシルエットと、俺よりも少し小柄な全体的にダボっとした、それでいて女性的なシルエット。これはもしかすると……。


「――そこにいるのは、もしかしてドナール卿とアーシュさんですか?」

「――ヒッ! ……って。その声、ホワイト君?」

「おお、ホワイト君か! 無事でよかった!」


 現れたのは、騎士ドナールと魔術師アーシュの二人だった。

 灯りはアーシュの魔法の杖から発せられていたが、やけに弱々しい光量なのは俺と同じように、魔物に見つかる事を警戒してのものだろう。


 よく見ればドナールは全身傷だらけで、自慢の鎧もあちこちへこんだり汚れたりしていて、見る影もない。対して、アーシュの方は一見すると無傷なように見えた。


「他の人達は……?」


 控えめに訪ねてくるアーシュに俺は静かに首を振り、目覚めると一人だった事を説明する。


「……そう。私は床が崩落した時、丁度ドナール様と同じ辺りにいて咄嗟に庇ってもらったの。そのまま落下していったのだけれど、ドナール様が守ってくれたおかげで私は無傷。でも、ドナール様は見ての通り……本当にごめんなさい」

「なんのなんの! アーシュ殿のような才媛を守ってのものならば、騎士としてこれ以上ない名誉の負傷よ!」


 「ハッハッハ」と朗らかに笑うドナールだったが、その怪我は決して軽いものではない。早々に手当てしないと悪化するかもしれない。

 急ぎ手当てした方がいい、と治療道具を取り出そうと背負い袋に手を伸ばしたところで、ようやく気が付いた――食料や治療道具、その他諸々の便利道具を入れてあった背負い袋が、無い。どうやら床の崩落に巻き込まれた時に、どこかへ落としてしまったらしい。


 見ると、ドナールとアーシュの二人も荷物の類を殆ど持っていない。

 二人とも、少なからず探索用の荷物を持っていたはずだが……これは思った以上にやばい状況かもしれない。


「……とりあえず。ドナール卿、傷の手当てをしましょう。荷物が無くなっちまったんで大した事は出来ませんが、せめて傷口を綺麗にしておかないと。後で膿んだり腫れたりしてくるかもしれません」

「すまんな、お言葉に甘えるとしよう」


 言うが早いか、ドナールはその場にどっしりと腰を下ろした。

 恐らく、今まではアーシュを守ろうと――もしくは彼女が「自分のせいで怪我をしてしまった」と気に病まぬようにと――辛いのを我慢していたのだろう。見ればその額にはじっとりと汗をかいていた。

 幸い出血は止まっていたが、傷口が大分汚れている。このまま放置すれば化膿するか、酷い場合は破傷風にもなりかねない。まずは清浄な水で傷口を洗い流すのが先決だ。


 腰のベルトに括りつけた道具類を探ると、幸いな事に非常食袋と水袋は失くしていなかった。特に水袋は重要だ。灯り用のペンダントと同じく、これも魔法の道具の一つだった。


水よアグア


 水袋の蓋を開け古代語エンシェントを唱えると、秘められた魔力が発動した。

 この水袋に込められた魔力は「使用者の体内魔力を水に変換する」というものだ。所謂「真水生成クリエイトウォーター」の魔法と同じものだが、体内魔力の消費が非常に少なく、また生成される水も通常のものより遥かに清浄なのが特徴だ。


 なんでも、古代王国期に造られた古代語魔法と精霊魔法の合わせ技らしいが……その詳しい仕組みは実は良く分からない。アインの魔法の剣と同じく、さる古代遺跡で手に入れた代物だ。

 水袋の中身が十分になったところで、一旦中身を手に注ぎ一舐めする――水質は上々。これならば傷口の洗浄に使っても問題ないだろう。


 ――ドナールの傷口を洗い流しながら聞いたところによると、二人がやって来た方の通路は、途中が瓦礫で埋まってしまっていて行き止まりになっているのだという。


 となると、俺がやって来たのとは逆方向に行くしかない訳だが……そちらも行き止まりだったら、いよいよジ・エンドだ。そんな事態は御免被りたいものだが。


 なんにせよまずは、他の仲間達との合流を急ぐべきだろう。

 アイン、リサ、グンドルフ、ダリル……。彼らは無事だろうか?


 中でも心配なのはリサだ。

 卓越した精霊使いとは言え、体格的にも体力的にも、こういった状況に一番不向きなのは彼女だ。負けん気の強い娘だが、年相応の弱さも持っている事を、俺はよく知っている。

 ある意味、アインよりも先に見つけ出すべきなのは彼女だとも言える。


 ――ドナールの手当てを終えた俺達は、お互いの所持品を確認し合った。

 幸いにして三人とも戦闘に必要な装備の類は失くしていなかったが、やはり問題は食料だった。結局、俺が腰にぶら下げていた非常食――申し訳程度の干し肉――だけが俺達に残された食料らしい。


 今、自分達がいるのが何階層目のどこなのかもわからない状況で、これは致命的だった。

 何せ、俺達は最下層に辿り着くまでに三日を要しているのだ。もし他の階層も崩壊により様変わりしていたら、それ以上の日数を脱出に要するかもしれない。……もちろん、それさえも「脱出が可能ならば」という前提においての話なのだが。


「さて、いつまでもここにいても仕方ないし、そろそろ行きますか」

「うむ」

「そうね、早く皆と合流しないと」


 俺の言葉にドナールとアーシュが頷く。

 ドナールは傷を洗浄した甲斐があったのか、先程までよりは顔色が良い様だった。

 アーシュはいつの間にか眼鏡をかけているが、これは確か探知の魔力が込められた魔法の道具だったはずだ。常に魔力を消耗するので普段は使っていないものらしいが、今は何が起こるか分からない状況だ。警戒し過ぎるに越した事は無い。


 ――こうして、元盗賊の俺ことホワイト、騎士ドナール、魔術師アーシュの三人は、崩壊した迷宮の中、仲間達の姿を求めて歩き出した。

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