04.決戦
アイン達が突撃を開始するのと同時に、ヴァルドネルも動き出していた。
『
ヴァルドネルの唱えた
古代語魔法としては中級の部類に入るものだが、普通は一度の詠唱で生み出される火球は一つ。しかし奴は、たった一度の詠唱で無数の火球を生み出してみせた。それだけで、奴の魔術師としての力量が段違いである事が分かる。
更に、奴は自分の指から指輪を一つ抜き取ると、それを床に放った。
床を転がった指輪は魔力の輝きを放ち、その中から巨大な人型の何かが姿を現す。
それは――。
「何てこと!? あれは
アーシュの言葉通り、そこに現れたのは水晶の体を持つ
これまでの道中、
「気を付けて!
「気を付けろったって……。自慢の愛刀が通じないと言われちゃ、おじさんお手上げなんだが」
アーシュの助言に、大太刀を得物とするダリルが苦笑を漏らす。
鋼鉄さえも切り裂くダリルの腕前はアーシュもよく知っているはずだが、恐らくはそれを踏まえた上での言葉なのだろう。
「……水晶はひっかき傷には滅法強いが、衝撃には案外脆いはずだ。――ドナール卿! グンドルフ司祭!」
アインの言葉に無言で頷き返し、ドナールとグンドルフが
グンドルフの得物は戦槌――つまりは鈍器だ。アインの言葉が確かならば、相性はいいはずだった。
ドナールの得物は
だがそこへ、ヴァルドネルの「火球」の魔法が襲い掛かる。無数の火球が迫るが、彼らに焦りは無い。
何故ならば――。
『清らかなる乙女、水の精霊よ――二人を守って!』
『
リサの召喚した水の精霊が分厚い水の壁となって、火球とアイン達の間にそびえ立つ。
更にアーシュの「
敵の火炎系攻撃に対する鉄壁の防御パターンだ。水の精霊により火の勢いを殺ぎ、殺しきれぬ火勢も「耐火防御」の魔力で守られた二人の身を焦がすには至らない――道中苦戦した
今回も、その鉄壁振りは健在だったようだ。
水の壁で勢いを殺された火球はアインとダリルの身に降り注ぐが、二人ともに髪の毛が少し焦げた程度で済んでいた。
「熱っ! 自慢の髪型が台無しだぜ!」というダリルの声は、きっと軽口だろう。……本当に熱かったのかもしれないが。
「火球」の魔法を凌がれたヴァルドネルは、次なる魔法を繰り出すべく何か呪文の詠唱を始めるが――遅い。
既に肉薄していたアインとダリルが奴に襲い掛かる。
まずはダリルの疾風の如き斬撃が弧を描く。
――だが、その斬撃は何か光の壁のようなものでヴァルドネルに届く前に遮られた。恐らくは「
ダリルの大太刀は並の魔法防御ならば容易く切り裂く逸品だ。それを完全に弾くとは、流石は古代の魔導師と言った所か。
しかし、ダリルの一撃を防いだところに、間髪入れずアインの剣が打ち込まれる。今度も光の壁が斬撃の前に立ちはだかるが……その後が違った。
ヴァルドネルの「
――アイン愛用の両手剣は、以前俺達が踏破した古代遺跡で発見した魔法の剣だ。
その能力は「あらゆる防御魔法を打ち消す」というものだ。直接刃が触れた部分だけにしか作用しないが、アインの力量をもってすれば、それも欠点とはならない。
「ヴァルドネル、覚悟!」
多少芝居がかった掛け声とともに、アインの剣が袈裟斬りに振りぬかれる。
それは見事にヴァルドネルの体を引き裂いた……かに見えたが、寸前の所でヴァルドネルは背後に大きく跳躍し、難を逃れていた。非力な魔導師かと思いきや、中々に身軽だった。
――だが、宙に舞ったその身体は隙だらけであり、俺はその隙を見逃す程マヌケではなかった。引き絞っていた左手の仕込み弓から矢を……放つ!
――矢は、ヴァルドネルの着地点へと過たず飛んでいく。ヴァルドネルが着地するその瞬間、矢は命中するはずだ。
恐らく、ヴァルドネルはそれを意にも介さないだろう。奴の「
俺の読み通り、ヴァルドネルは飛来する矢に気付きつつも意に介する事無く着地した。
同時に、俺の放った矢が着弾しヴァルドネルの「
――俺の放った矢、その矢じりに使っていたのは、魔力に触れると激しい閃光を放ちながら破裂する「
破裂と言っても殺傷力は無きに等しい。ただ派手な音がするだけでこけおどしにしかならない。……だが、実戦ではそのこけおどしこそが有効な場合もある。
屈強な戦士も超常の魔術師も、その目や耳は普通の人間のものだ。強力な鎧や「
そして人間は、強過ぎる光や音を突然浴びせられると反射的に委縮してしまうものだ。
たとえそれが、古代から生き続ける伝説の魔導師だったとしても――。
「何!?」
狙い通り、流石のヴァルドネルも突然の閃光と炸裂音に思わず驚きの声を上げ、一瞬その動きが止まる。
その一瞬の隙を突いて、アインは再びヴァルドネルに突撃し肉薄していた。
そして――。
「ふん!」
今度は芝居がかった掛け声も無く、ただ気合いの叫びと共にアインの剣が突き出される。突撃の勢いを乗せて放たれた刺突は、見事にヴァルドネルの胸を貫いた。
「や、やった!」
思わず歓声を上げた俺は、他の仲間達と喜びを分かち合おうと目を向けたが……そこに映ったのは
「や、やべ!」
ヴァルドネルを倒した喜びを分かち合う前に、皆に死なれては元も子もない。俺達は四人を援護すべく駆け出した。
――最後に、
「最後の戦い」の絵面としては、かっこ悪い事この上ない光景だったが……。
「ふう、助かった。危うくヴァルドネルではなく、その護衛如きにやられるところであった……」
ドナールが心底ほっとしたような顔で漏らす。
「いや、護衛の方が強い事も多いですから……」
あまりフォローになっていない気もするが、実際、この
流石、ヴァルドネルが手ずから使役しているだけの事はあった。
そのヴァルドネルだが――。
「魔導師ヴァルドネル、何か言い残す事はあるか?」
今はアインの足下に倒れ伏していた。
流石の魔導師も胸板を貫かれては無事では済まなかったようで、既に虫の息だ。アインはそれを看取るつもりなのか、末期の言葉が無いか尋ねていた。
「――見事だ、強き者達よ。よくぞ我を打ち倒した……。
私の死と共にこの迷宮もその役割を終える……魔物達がここより地上へ溢れ出す事はもうない。この地下深くで永久の眠りにつくだろう……。汝らは、地下一階の始まりの魔法陣――汝らが初めてこの『地下迷宮』に降り立った、その場所へ戻るがいい。魔法陣は汝らを地上へと戻した後、やはり眠りにつく。
ただし――」
最後に何か一言残して、古代王国の魔導師ヴァルドネルは息絶えた。
「ただし――だと?」
「アイン? どうかしたのか?」
ヴァルドネルの最後の一言。俺は聞き取れなかったが、どうやらアインはきちんと聞き取れていたようだ。
だが、アインの様子が何かおかしい。一体どうしたのかともう一度尋ねようとした時、突然「ズシン!」という強い振動が全身を襲った。
「な、なんだ!?」
あまりの振動に、普段は豪胆に構えているダリルも慌てふためき辺りを窺う。
その間にも振動はニ度、三度と襲い掛かり、次第にその間隔を狭めつつあった。天井からは砂埃も降り始めている。
「――まずい。皆、急いで上層へ逃げるぞ!」
「え? どういう事?」
「いいから急げ!」
リサの問いにも答えず、アインは仲間達を促して走り出す。訳が分からなかったが、仕方なく俺もその後を追う。
「おいアイン、一体どうしたんだ? ヴァルドネルは最後に何か言ったのか?」
走りながら尋ねると、アインは青ざめた表情でこう答えた。
「ヴァルドネルは最後にこう言ったんだ。『ただし、汝らが辿り着ければな』と」
――その瞬間、仲間達の誰もが、アインが何を恐れて脱出を急がせたのかを悟った。
ヴァルドネルの言葉、「地下迷宮」を襲う謎の振動。その二つが示すものは――。
「この迷宮は、崩壊する!」
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