02.地下の魔王の宮殿にて

「――遂に辿り着いたようだな」


 アインの言葉に、仲間達が頷き返す。


 俺達の目の前には今、物語の「魔王の城」にでも出てきそうな巨大な門扉がそびえ立っていた。

 その高さは、人間の身長を遥かに超えている。恐らく大鬼オーガでさえも、余裕で通り抜けられることだろう。石とも金属ともつかぬ不可思議な材質で作られたそれは、これまた分かりやすい位に禍々しい装飾が施されていた。


 恐らく、この向こうに居るのだ――邪悪な魔導師ヴァルドネルが。


「ホワイト、頼む」

「あいよ」


 アインの言葉に「何を」とは聞き返さず、俺は門扉の周囲を調べ始める。

 この最下層に辿り着くまでの間、「地下迷宮」のそこかしこには機械式・魔法式問わず無数の罠が仕掛けられていた。目くらまし程度のものから致死性のものまで、様々な罠の歓迎を受けたが、幸いにして犠牲者は出ずに済んでいる。

 ……自画自賛になってしまうが、その殆どを俺が事前に察知し解除して来たからだ。


 俺の名はホワイト。

 共通語で「白い奴」とかそういう意味の名だが、これは通称で本名は別にある。といっても、もう十数年間この名前で呼ばれ続けているので、最早こちらの方が本当の名前という感覚すらあるが。

 元々は、孤児だった俺を拾って盗賊へと育て上げたクソッタレに付けられた通り名だ。あんまりいい由来じゃないが……まあ、既に愛着もあるので今更変えるつもりはない。

 変えるのが面倒くさいというのもある。


 とある大王国の首都のそこそこの家柄に生まれた俺だったが、故あって実家は没落し、両親とは死別。

 そのまま身寄りも財産もなく孤児になった所を盗賊団の親分に拾われて、十にも満たない頃から盗みを働かされていた。

 本来ならば、そこでいっぱしのクソッタレ盗賊にでもなっていたはずだった。だが幸運なことに、盗賊団がアインの手によって壊滅させられ、俺はそのまま彼に拾われたのだ。


 「放浪の英雄」アイン。

 大陸全土にその名が知れ渡る壮年の騎士。

 特定の主に仕えず、東に悪が蔓延はびこればわざわざ足を運びそれを打倒し、西に救いを求める人々があれば私財を投げ打ってそれを助ける。俺から言わせれば「究極のお人好し」だ。


 元々はさる王国の末王子だったらしいが、優秀すぎるが故に兄達から疎まれて、王位継承問題に禍根を残さぬよう自ら出奔したらしい。

 卓越した剣技と恵まれた体格を持ち、本職の魔術師が感嘆する程の古代語魔法エンシェント・マジックの使い手でもある。おまけに同性の俺の目から見ても中々の男前と、まあ周囲の羨望と嫉妬を買わずにはいられない人間ってやつだ。


 そんなアインの手によって盗賊団から助けられ、何故だか気に入られた俺はそのまま彼の従者になった。

 理由は色々あったんだろうが……この辺は長くなるので割愛する。まあ、一番の理由は俺が器用になんでもこなす子供だったからだろう


 盗賊団で教え込まれたのは、何も盗みのテクニックだけじゃなかった。

 荒事になれば武器を持って戦ったし、遺跡荒らしもやらされていたから古代語なんかの知識も自然と身に付いていった。

 遺跡にお決まりの様々な罠への対処も体で覚えた。ついでに言えば、一番の下っ端だったから掃除に洗濯、炊事から買い物まで、家事は何でもござれの状態だ。

 そして今、それらのうち罠に関する知識が役立っていた。人生、分からないものだ――。


「……多分、大丈夫だと思う。念の為アーシュさんに探知魔法をかけてもらった方がいいかもな。アーシュさん、お願いできますか?」


 門扉を一通り調べ終えたが、特に罠の類は見当たらない。ここまでくれば小細工は弄さない、と言った所か。

 俺にも基本的な古代語魔法の心得があるので、魔法方面の罠がない事は確認済みだ。だが、ここは念には念を入れて本職にも確認してもらった方がいいだろう。

 そう思い、俺はパーティーの一員である魔術師アーシュに声をかけた。


「分かったわ、ホワイト君。ちょっと待っててね……」


 丈の長いローブに身を包んだ黒髪の美女――アーシュが一歩進み出て、手にした魔法の杖をかざすと、杖の先に魔法の光が宿り出した。

 通常、古代語魔法を使うには、キーワードとなる古代語エンシェントを唱える必要がある。だが、アーシュ程の腕前ともなると、一部の魔法は念じるだけで発動させる事が出来るらしい。


 アーシュはアルカマック王国宮廷魔術師の一人だ。

 年の頃は二十代半ばと俺より少しだけ上な位だが、その階位は第三席――つまり、宮廷魔術師の中で三番目に腕が立つ事になる。異例のスピードで出世した「若き天才」らしい。

 次代を担う人材とあって、今回この危険な「地下迷宮」へ挑む事も大分反対されたそうだが、古代王国の遺跡に潜れる機会を逃したくない一心で、自ら立候補したんだと。

 美人なんだが、中々の変わり者のようだ。


「……うん、大丈夫。魔法で施錠されているみたいだけど、罠の類は感知できない。鍵の方も『開錠アンロック』の魔法ですぐにでも開けられるわ。それにこの門の文様……古文書の内容が真実ならば、間違いないと思うわ――これが最後の門よ」


 アーシュの報告に頷くと、アインは仲間達の方へ振り返り、一人一人の意志を確認するように視線を送ってきた。


 まずは俺。当然、俺も覚悟は出来ているので静かに頷く。


 次に、俺と同じくアインの従者である精霊使いのリサ。俺にとっては妹のような存在だ。

 小動物めいた雰囲気を持つ美少女で、本人の戦闘能力は皆無と言っていいレベルだが、精霊使いとしての腕前は確かだ。様々な精霊を召喚し使役する彼女の能力には、これまで沢山助けられてきた。

 そんなリサも、緊張を隠せないながらも彼女なりに決意を秘めた眼差しをアインに向け、そして頷いた。


 壮年の騎士ドナール。

 アルカマック王国の上級騎士で、身に付けた全身鎧フルプレートと大盾で文字通り仲間達の盾となり、何度も危機を救って来た。彼も静かに頷く。


 続けて、神官戦士グンドルフも頷きを返した。

 常に微笑みを絶やさない初老の紳士。彼の癒しの小奇跡ホーリープレイが無ければ、とてもここまで辿り着けなかっただろう。

 見た目に似合わず、総鋼鉄製の戦槌ウォーハンマーを使った近接戦闘でも頼りになった。


 アーシュは「最早待ちきれぬ」という表情で何度も頷いた。古代王国期から生き延びた魔導師と対面できるかもしれないのだ。知識欲を抑えきれないのだろう。


 そして最後に傭兵ダリル。

 アルカマック王国傭兵隊の百人隊長で、彼の操る「大太刀」と呼ばれる長大な曲刀は、石の巨兵ストーンゴーレムの強靭な体でさえもいとも簡単に切り裂いてきた。

 気さくなその人柄が、先の見えぬ「地下迷宮」での行軍の中で、どれだけパーティーの助けになってきた事か……。

 その彼も大きく頷き、豪快な笑みを浮かべて見せた。


 思えば長い道のりだった。

 俺達がこの「地下迷宮」へと踏み込んで、おおよそ三日間。地上に居れば「たったの三日」であろうその短い時間は、しかし濃密という言葉でさえ表しつくせぬ困難の連続だった。


 襲い来る凶悪な魔物達、いやらしい罠の数々、複雑に入り組んだ通路と階段……。目的地も定かでない閉鎖空間を彷徨うその行程は、静かにしかし確実に俺達の精神を摩耗させていった。

 心が折れそうになった事も一度や二度ではない。その度に、アインが皆を元気付け、時に叱咤し、こうして最下層まで辿り着く事が出来たのだ。


「……よし、行こう!」


 アインの合図を受けて、アーシュが『開錠アンロック』の魔法を発動する。

 巨大な門扉が鈍い音を立ててゆっくりと開き出す。奇襲に備え、俺達はそれぞれの武器を構えて警戒し……そして、門扉が全開となり中の様子が明らかとなった。

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