第24話 まともに選択できません

『強運』……運が強いこと。正確には強い運命力を持っていること。このスキルを持つ者はラッキーマンとか呼ばれたりするが、間違ってもギャンブルなどに使おうとしてはいけない。勇者が行く先々で人に出会えたりキーアイテムが手に入ったりするのは、このスキルを持っているからである。しかし、あまり意識しすぎると、自分が神の掌で転がされているような気がして大変不愉快な気分になる。ゲーム内においてはリセットボタンという名の強制運命改変能力があるが、現実には存在しない。運命は切り開くもの。自分の手で切り開かないと惨劇は回避できないのだ。




「初めまして。私の名はクラウスと申します」


 俺たちはクラウスと名乗る賢人に会うことができた。想像していたよりもずっと若い。というか、俺と大して変わらない。そしてイケメンである。賢人と呼ばれるくらいだから、当然頭も良いのだろう。人生勝ち組みである。


「それにしても、良いタイミングで来られましたね」

「え?」

「私はつい先ほど旅から帰ってきたところでして……」


 クラウスは淀みなく続ける。


「随分と都合が良すぎると思いませんか?」


 何か、ケンカ腰だなあ。

 何が言いたいんだろうか?


「何が言いたいのでしょうか?」

「いえ、ただ……あなたの力や知識は女神の加護を受けているからだとお聞きしました」

「まあ、その通りかと」


 クラウスの言うことは間違っていない。俺が持っている知識や技術は本来、俺の脳みそには無いものであろう。


「ひょっとしたら、あなたが私に出会うのも世界を救う旅をしているのも、全て女神によって仕組まれたものかもしれませんよ?」

「え?」

「あなたの思考も女神によって操られているかもしれない、ということです」


 この人は女神さまに何か恨みでもあるのだろうか?

 俺が誰の意思で動いてるかなんて、そんな難しいこと分からないよ?


「一つ、あなたに問題を出しましょう」


 クラウスは突然そんなことを言った。


「あなたの目の前に溺れそうになっている人が二人います。一人は年端としはの行かぬ子供、もう一人は老人です」

「…………」

「あなたには、どちらか一人しか救うことができません」

「一人だけ……」

「さあ、どちらを救いますか? 未来ある子供ですか? それとも、年長者たる老人ですか?」


 俺には一人だけ救える。

 どちらかを救えば、どちらかを殺すことになる。


「さあ、どうしますか?」

「勇者様……」

「勇者、あんた……」


 クレアやメイシャが心配そうに俺を見る。

 ……正直、難しいことはよく分からん。

 俺は素直な気持ちを述べた。


「答える前に言っておきたいことがある」

「何ですか?」

「俺は、あんたみたいに頭が良くない。誰も彼も救ってやるほど優しくもない」

「ほう」

「でも目の前にメチャクチャ困っている人がいたら、それは救ってやりたいと思う」

「それで、答えは?」


 俺はクレアやメイシャの方を見てから答えた。


「俺だけじゃ一人しか救えないから、周りの人間に頭下げてでも手伝ってもらう」

「……それが答えですか?」

「ああ」


 俺には、それぐらいしかできないから。


「フ……フフフ。なるほど女神に選ばれたのは、あながち偶然でもない、か」


 クラウスは目をつむったまま静かに笑った。

 少しして俺の方に向き直る。


「失礼しました。あなたの答えが想像以上に良かったもので……」

「良かった?」

「ええ、この問題は少し不親切でして。私は『あなたには一人しか救えない』と言いましたが『あなた一人で救いなさい』とは言っていません」

「意地の悪い問いかけだねえ」


 クラウスの言葉にメイシャが感想をもらす。


「もしあなたが偽善者なら、己の力をかえりみず両方救うと言うでしょう。その場合はどちらも救えないでしょう」


 両方助けるはどちらも救えない。


「かと言って、どちらか一方を救うと答えると、もう一方を殺すことになる。これは状況によって人の命を天秤にかけるということ。一般人ならそれでも良いでしょうが、世界を救う勇者としては何とも心許ない。最悪、人類の半分を犠牲にしても平和になればいい、ということですからね」


 クラウスの話は続く。


「もちろん、どちらを助けるか選べない、という答えは論外です。結局両方殺すことになりますから」

「俺の答えに満足していただけたのかな?」

「ええ。あなたの人柄はとても好ましく思います。度重なる無礼をお許しください」


 俺の問いかけにクラウスはペコリと頭を下げて答えた。


「あなたとは強い運命力を感じます。非才の身ではありますが、全力であなたに尽くしましょう」

「ああ、よろしく頼むよ」


 こうしてクラウスが同行することになったのだった。


「ところでクラウス」

「何ですか?」

「男が好きとか、そういうことじゃないよね?」

「……運命力とは、そういうことではありません」


 キッパリと否定された。





――――――――――――――――――――

女神への質問コーナー

Q 女神さまは運命とか信じますか?


A そうですねえ……神はサイコロを振らないと言われますが、たまには振っても良いと思うんですよ。個人的には。テレビの占いとか見て、一喜一憂して良いと思うんですよ。個人的には。今のところ運命の出会いとか無いんですけどね。あなたは良縁に恵まれましたか? 女神はとっても心配です。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る