第16話 メイド・イン・アジト
緋那の過去を聞き、復讐をするようになった過程を聞いた彩里と一歩は神妙は面持ちをしながら、重々しく台詞を吐いた。
「……なるほど、ね」
「……花山緋里とお前の関係は良く分かった。この少女を解放し、仇敵への手がかりであるこの
一歩と彩里は満足したのか、それとも彼女の過去の一端に触れて何かを感じ取ったのか、大人しく引き下って、闇夜にその姿を消したのであった。
「ふぅ……」
かなりの長話でもうかれこれ数時間は経っていただろうか。嫌なことも思い出してしまったために、敵がいなくなった後に彼女はぺたりと座り込んだ。
はやく氷雨を保護して
(あれから7年も経つのか……)
緋里を失い、1人で生きてきた彼女は緋里の手引きにより、小学校や中学校、高校に何不自由なく行くことができた。そして、親友と再び会って同じ学校に通えている。けれど。ふと思うことがあるのだ。この風景にあの人もいたらな、と。
そう思ったところで、帰ってくるわけじゃない。頭ではそう分かっていてもどうしても思ってしまうのが人間であり、彼女という人格の表れでもあった。
「さて……帰らないと」
緋那は足取り重く、氷雨を負ぶって、
数日後。
……どうしてこうなった?
緋那はプルプル肩を震わせながら、自らの格好を鏡で見て、赤面して叫びそうになる。
ーーそう、メイドである。
黒を基調としたフリフリのスカートにガーターベルト。ハートのネームプレートに普段は絶対に彼女達が結ばない髪型であろう、ツインテール。何もかもが恥ずかしく見えてきて、馬鹿馬鹿しくなる。
なんなんだこのクソ展開は……と緋那はぼやき、氷雨もメイド服を着る羽目になっていたが、彼女は対照的に割とノリノリであった。
ーーーーーー
ーーーーー
ーーー
メイドになった経緯を説明するには、時を数日前に遡ることになる。
それは緋那が敵に過去を明かし、敵は何もせずに大人しく引き下がったということを学園長である源治と先輩である青色に話した時であった。
「ふむ、氷雨君は無事じゃったか。それは何よりじゃな……で、それがその時に渡された
「はい。その通りです」
「へぇ、この中にあなたの仇敵の手がかりがあるのね。それで、開けて見たのかしら?」
「いえ、まだ……」
「少し意外だわ。緋那ちゃんなら真っ先に開けるものかと思っていたのだけど」
「私も最初はそうしようとしたのですが……何かトラップがあると思って、ちょっと調べていたら手間取ってしまって。実はトラップがないと分かったのは学園長や青色さんのところに持っていく少し前なんです」
エネルギーを使った爆弾が仕掛けられていても何もおかしくなかった代物であったが、それならここに持ってくる前に爆発しているはずだ。
何故なら、ここに持ってきてしまえば、青色や源治が対処してしまうからだ。だから、爆発させるなら渡した直後か、油断させて家で開けた時だと彼女は判断したのだ。
「まあ、なんにせよ開けて見ないと分からんからの。緋那君、開いてみるといい」
「わかりました」
緋那はゆっくりと
「こ、これは……」
「古くて見づらいけど、地図のようね。これは都内?みたいね。この赤いばつ印に仇敵の手がかりがあるのかしら」
「まるで宝の地図みたいじゃのぅ……いつ作られたかもわからない地図じゃが……とりあえず、ここに行けば何かあるのは確かみたいじゃの。青色君、この場所特定できるかの?」
「えー……また私がやらないとダメなのかしら?」
「頼む! この通りじゃ!」
源治はゴマをするような仕草で青色に頼み込む。それが人にものを頼む態度なのか……と緋那は内心でツッコミたくなったが、なんとか飲み込むことができた。
「はぁ……わかりました。やりましょう」
(やるんだ……)
青色は辟易としながら、地図の上に手をかざす。どうやらその動作で地図の場所がわかるようだ。能力のデパートたる青色に今更何も言うまい。言ってツッコんでいたらキリがない。
「どうやら、この赤いばつ印は現在は秋葉原を指しているようです。それで、あの……」
「む、秋葉原の具体的にどこなのじゃ?」
「め、メイド喫茶です」
「え……」
「は?」
青色の言葉に呆然とする源治と緋那。今この人はなんと言ったのだろうか。もしかして、聞き間違いだろうか。青色の言葉からおよそ信じがたい言葉が発せられたような気がする。
「だから。秋葉原のメイド喫茶を指しているの、この赤いばつ印は。喫茶名は『ラブリーラヴィリンス』。あなたが調べろと言ったから調べたのにこの態度はないでしょう……」
「めんごめんご。しかし、メイド喫茶とはの。仇敵とやらも考えたの。確かにそこならまずこの
「……そこに仇敵がいるのですね」
緋那の目つきが変わる。仇敵を前にして気合いが入っていると言えば聞こえはいいが、何を失ってでも、敵を殺すという意志がビリビリと伝わってくる。
そんな緋那をみて、青色は諭すようにお茶を濁す。
「……それは行ってみないと分からないわ。何せメイド喫茶をアジトにするような輩ですもの。それに、ただお客として行っただけでは門前払いされる可能性があるわけだしね」
「それならいい方法があるぞい。青色君と緋那君が店員として忍び込み、店の内情について探るのじゃ。それなら客として行くよりかは収穫があるじゃろ」
「学園長。それは私にメイド姿になれと?」
「? そうじゃよ。良いではないか。生足出して甘々の声で『お帰りなさいませ、ご主人様』って言えば。ふふ……わしも目の保養に行ってみたいのぅ……」
「ああ、そういえば学園長は無類の女好きでしたね。でも現代社会では、今の発言はセクハラになりますよ。時代の波に取り残されないでくださいね?」
「でも、それしか方法がないじゃろ?」
「………………」
青色が珍しく論破されたのは、それは源治の言うことがこの上なく正論であったからである。
迂闊に手を出せない以上は、最初は必ず探りを入れる必要がある。
「はぁ……わかりました。でも、メイド姿で潜入するのは緋那ちゃんと氷雨ちゃんだけにします。残りは近くのカフェと学園長室に待機させる形を取ります」
「青色先輩はメイド服を着るのは、抵抗がありますか?」
「着るのは別にいいわ。でも、私接客というのが苦手なの。どちらかというと裏で指示をした方が性に合うタイプでね。だから、私からは直接手を下さないわ」
「先輩にも苦手なものってあったんですね……ちょっと意外でした」
「私だってれっきとした人間なのよ。完璧超人なんて呼ばれてはいるけど、この世に完璧って言葉自体あってないようなものだし」
その言葉を聞いて、一瞬緋里と面影を重ねた緋那は少し昔のことを思い出した。
〝完璧な人間など存在しない。またその人間によって生み出される能力もまた、完璧ではない″
その言葉はまさにその通りで、この人もまたそうなのだと緋那は認識を改めさせられた。
「失言でした。申し訳ないです、先輩」
「? いいのよ、別に。人は失敗から学ぶ生き物だもの。それよりも私達はやることをやりましょう」
「はい!」
「それじゃあ、わしは早速緋那君と氷雨君をそのメイド喫茶にバイトとして働けるように手配しておこうかの。働けるように手配し終わったらまたここに呼ぶ」
「了解しました。氷雨にも伝えておきます」
といった経緯があり、現在に至るわけだがまさかこんなにメイド姿が恥ずかしいとは思いもしなかった。緋那は今になって、青色がメイド姿になることを拒否した気持ちが少しわかった気がした。
「緋那……恥ずかしい気持ちも分かりますが、恥ずかしいと思うと余計に恥ずかしいものですよ」
「そりゃそうだけど……」
氷雨の言うことは最もだったが、やはり普段短いスカートなど履かない分、違和感がMAXなこともありついもじもじしてしまう。
「さ! 仕事です。ちゃっちゃと済ませてしまいましょう」
「……わかったよ、やればいいんでしょ。やれば」
半ばヤケクソ気味で緋那は仕事に打ち込むことにした。レジ打ちをしているうちはいいが、接客はミスが続いて苦労した。
作り笑顔もいきなりやれと言われてもできるはずもなく、引きつった笑顔で店長からはダメ出しをされてしまった。
一部のお客さんからは好評だったようだが、仕事が終わる頃の緋那はげっそりとした面持ちだった。
「緋那……大丈夫?」
着替えを済ませ、あとは帰るだけとなった2人だったが、緋那はへとへとで氷雨がそれを心配するような形になっていた。
「うん、何とか……というか、氷雨はよくできていたよね、接客。特に作り笑顔。学校では、赤の他人に対しては威嚇する猫みたいだったのに」
「接客と学校でのことは別ですよ。友達になるわけでもないですし、話しかけられるとしたら、業務関係かたまに世間話程度のものですし。何より学校に比べたら人と接する時間は総合的に少ないですし」
それと、と氷雨は呼吸を置くと、
「あの作り笑顔は、過去に研究機関をたらい回しにされている時に自然と身についたものですよ。私はその頃からこうすれば相手は機嫌が良くなる、という方法を熟知していたので。機嫌が良くなればこちらに得することがたくさんありましたしね。その延長線上でしかないですよ」
「そうだったのか……」
「さて、仕事は上がりですが、私達の本当の目的はこれからですよ」
「! 待ってました」
緋那はメイド喫茶での仕事に疲れて、完全にここにきた目的を忘れかけていたが、本来はここに潜入捜査をしにきたのだ。
「緋那が目を回している間にこのお店の経路や建物を全体的に見てみましたが……何の変哲もないメイド喫茶ですね。それが逆に怪しいというか何というか」
「となると、まだ調べていないところを重点的に調べるしかないな……」
「いいえ。その必要はありませんわ」
「なっ……」
よく聞き覚えのあるその声は、緋那と氷雨の後ろから聞こえてきた。
「およその検討はつきますわ。
彩里は変装をすることもなく、惜しげなく姿を見せた。
「……まさかそっちから出てきてくれるとはね。手間が省けた」
「ふふ……随分と威勢がいいのね。あなた達は既に包囲されているのよ。私の結界とこのメイド達にね」
「メイド……?」
緋那が訝しげにそう言うと、奥から多くのメイドが目を光らせながら押し寄せてきた。
「こ、これは……」
「おそらく、瀬戸内先輩が言っていた人形の類ですね。働いていた時は全く気づきませんでした……本当に精巧にできているのですね」
「ご明察。このメイド達は戦闘特化。貴女達にこのメイド達を相手に無事でいられるかしら?」
メイド達はそれぞれ刀や銃などを持ち武装しており、そのメイドがおよそ15人。戦闘向けでない氷雨を庇いながら戦うのは緋那一人では難しい。そう、彼女一人だったら。
「……確かに私一人だったら、この武装したメイド達を相手にするのは難しいかもしれない。でも、今は私と氷雨だけじゃない」
「なんですって?」
「そういうことっす。あの2人には囮役になって貰って敵をおびき寄せて貰っていたわけです。で、頃合いを見計らって俺達が登場するって寸法です」
「最初、瀬戸内先輩から敵のアジトがわかったって聞いた時は飛び上がりましたけどね。でも、これで存分に暴れられそうだ」
「瀬戸内蓮に八条悠星か……」
これで実質、16対4。だが緋那達には一騎当千の戦力である蓮がいる以上、形勢は逆転したと見ていいだろう。しかし、彩里は余裕の笑みを絶やすことなく、こう口にした。
「あなた方では、私達には勝てませんわ。このアジトに来た時点であなた方を詰んでいるのですから」
「何……?」
その瞬間。
周りの景色が回転し、床や天井、壁が歪み始めた。
「「「なっ……なんじゃこりゃああああ!?」」」
皆、散り散りに別の場所へ飛ばされていく。緋那は氷雨の手を掴もうとしたがーー寸前のところでお互いに離れ離れになってしまった。
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