第15話 過去への回帰 II

 緋那の治療法は単純明快。

 要はエネルギーを扱う技術が未熟で、身の丈に合っていないのだ。ならば、そのエネルギーを自由自在に操れるようにしてやればいいというわけだ。

 だが、問題もある。何しろ、不治の病だった病気だ。治ったという前例がない以上、一つ一つ手探りの作業になる上、手段をよく吟味して慎重に進まなければならない。

 しかし、彼女はなかなか不器用なようで。エネルギーを扱うための基礎を教えるのにもかなり四苦八苦しているようだった。


「違う。そうじゃない。エネルギーの解放はもっと踏ん切りよく。躊躇うな」

「は、はい!」


 何度教えても、同じ失敗の繰り返し。見本を見せてもイマイチ要領を得ない。これでは、いつまで経ってもエネルギーを扱うことができない。


「よし、休憩にしよう。根詰めても、逆効果だしな。ほれ、水だ」

「あ、ありがとうお母さん」


 便宜上、緋里は緋那の母親となった。最初はお互い、名前を呼ぶことすら躊躇うほど恥ずかしい思いをしていたのだが、流石に退院してから1年が経っていてそれなりに衣食住を共にしているだけあって、抵抗が今では殆ど薄れている。


「お母さん、私……落ちこぼれなのかな?」


 ふと。彼女はそんな質問を緋里に投げかけた。


「ん? どうしてだ?」

「だって、いつまで経ってもエネルギーの基礎も覚えられないし……このままだとまたいつ発症してもおかしくないんでしょ?」

「いや、今の段階では大丈夫だ。先日の検査のカルテを私も見たが異常は見られない。これは緋那が頑張っている証拠だ。少なくとも、こうして修行している間は大丈夫だ」

「でも、いつまでもここで足踏みをしているわけにもいかない。エネルギーの基礎を一日でも早く覚えないと!」


 彼女そう立ち上がると再び、エネルギーの基礎をマスターすべく、特訓に入る。……もうこの1年は毎日10時間以上は修行の時間に充てている。それでも、緋那がマスターしたエネルギー基礎はほんの一部。修行熱心で意欲があるのは結構だが、上達が見られないと彼女のモチベが下がるのは時間の問題だろう。


(私の教え方が下手クソでもここまで酷いものなのか?)


 エネルギーの基礎は1年間も彼女のように真面目にやっていればとっくにマスターできていてもおかしくはない。それなのに全く進歩が見られないのは不自然だ。

 そもそも『後天性エネルギー爆弾』ができる患者の多くは大きすぎる天賦の才が生み出したエネルギーを持った者達なのだ。しかし、それに見合う器ではない者が手にすれば、死に繋がるのだ。だからこそ、こうして今は器作りをしているわけなのだがーー。


「! まさか……いや、でもそう考えると合点が行く……」

「お母さんどうしたの?」

「緋那。修行はおしまいだ。次の段階に入る」

「え、でも基礎が……」

「それは後回しだ。いいか? 緋那。もう器は完成しているんだよ。随分前にな。だから、カルテにも異常はなかったし、器が完成した以上、エネルギーが外に漏れることもない。基礎がいつまでも上達しないのは基礎を必要としないからだ」

「え、そんなことって……」


「普通じゃ確かにあり得ない。でも、これは前例のない不治の病の治療法。だから、常識に囚われてたらいつまで経っても前に進めない。あり得ないがあり得る状況にあるってことだ」

「それじゃ……いつ器ができたの?」

「これは私の推測だが……多分、エネルギーの基礎や仕組み、そして実際にエネルギーを放出した瞬間からだな。お前、今までエネルギーを出したことなかっただろ? 」


「あ……そういえば、エネルギーについて知ったのも病院に運ばれてからだったかも」

「だろうな。親が早々に死んで周りからも誰にも教えて貰えなかったんだからな。エネルギーの解放をしていなかったから、エネルギーが溜まり、膨張し、結果あの病気を発症させてしまった。元より巨大なエネルギーを溜め込めばそりゃそうなる。ま、普通に溜め込んだんじゃああはならないはずなんだがな。よっぽどだったわけだ」


 例えるなら、コップと水が溢れた時のための受け皿があったとしよう。コップが器で水がエネルギー。受け皿がエネルギーを溜め込める限界だとするなら、受け皿から水が溢れた瞬間、死ぬことになる。緋那の場合、それが受け皿のギリギリのところまで来ており、あと少しで死ぬ状況だった。

 しかし、緋里の手術によって受け皿の一部の水を掬い上げ、さらに緋那がエネルギーを発散することによって受け皿の水がなくなり、残るはコップの水ーーつまり、自分の扱えるエネルギーとなる。


「で、ある程度エネルギーの放出が済んだ段階で器はちょうどよく収まったってわけだ。考えてみればそれほど難しい問題でもなかったな」

「じゃあ、基礎が必要がないと言った理由は……?」

「それは人によってはエネルギーの基礎を全く覚えなくても、全く問題がないやつが稀にいるってだけの話だ。ま、それができたからってあんまり関係のない話だがな」

「なるほど……」

「よぉし、んじゃ能力について説明するぞ。前々からちょっと話していたが、私の能力を改めて教えてやろう」


 彼女ーー花山緋里の能力は、『時空間移動要塞』。本来は異空間に一度保存したものを取り出して自由に操れる能力だが、彼女の場合はそれが要塞だったのである。


「なんで要塞……?」

「そんなもん決まってんだろ。『カッコいいから』だ!!!」


 どんっ!! と彼女は胸を張って言い切る。

 緋里が曰く、能力を決める時はフィーリングが最も大事だと豪語しており、緋里はこの能力を思い付いた時からこの要塞を最高の技師に作ってもらったそうだ。その額は数十億円は下らないという。


「数十億円!?」

「ま、これでも人脈とコネを使ってかなり値切りしたつもりなんだけどな。緋那もここで1ヶ月生活して少しは広さについては把握しているだろ?」

「ええ、まぁ……」


 部屋数が200以上とは聞いていたから相当デカいのは緋那もわかっていたが、実際の大きさを初めて聞いた時は目玉が本当に飛び出すほどびっくりした。

 全長約500メートル。操縦室はなく、小型の要塞や逃走用の船が複数存在し、生活スペースや最新の医療器具が常設されている他、図書館や温泉もあるのだから、もはや何があってもおかしくはない。


「そんなわけで、この要塞には私のロマンが詰まっている。元々私は自分のアジトや秘密基地を持ちたいと思っていたし、憧れもあった。機動性が高いし、いつでも移動できるのも大きなポイントだ」

「確かに凄い……この能力があれば何でもできそう」

「そうでもねぇさ。いいか緋那。能力は確かに便利だが、決して万能じゃない。むしろ酷く脆い。人間に完璧なやつがいないように、その人間によって生まれる能力も完璧じゃねぇ。あらゆる能力には必ず弱点がある。そこんところについても詳しく説明するぞ」


 緋里はホワイトボードにマジックで能力の種類について書き出すと、緋那にある質問を投げる。


「ここで問題。私の能力はどの種類に分類されるのか? 自分の言葉でいいから答えてみろ」

「え、えと……」


 能力の種類は以下の6つに大別される。


 1.パワー系、スピード系……主にエネルギーを身体に纏うことで超人的な能力を得ることができ、対人性能に優れる反面、幻術系や魅了系に弱い。


 2.幻術系、魅了系……何らかの条件を満たすことで相手を必ず無効化することができる能力。条件を達成した時点で即詰みにできるのが最大の強みだが、概念系に弱い傾向にある。


 3.概念系……時間や空間など、概念に働きかける能力。パワー系、スピード系、幻術系、魅了系に対して強く出ることができるが、混在系に対策されやすい他、どこかに大きな弱点がある場合があるため、ハイリスクハイリターンの能力である。


 4.神秘系……自然界に存在する炎、水、雷などをモチーフにした能力であり、6つの能力の中では最も火力があり、それでいて広範囲だが、特殊系と相性が悪い。


 5.特殊系……先天的な能力を持つ者は全て特殊系に分類される。身体に特殊な能力を宿しているのが特徴的で中には不死の能力も存在するという。


 6.混在系……1〜4を自らの能力で応用することができ、応用範囲が広くあらゆる能力に対応できるが、どの種類の能力にも対策され兼ねない危うさを併せ持っている。


(……1と5、いや2と4も違う……となると3か6になる)


 緋那は深く思考し、緋里と6種類の能力を照らし合せる。結果、2つまで絞れたわけだが……


「その顔だと2つまでは絞れた感じか? 直感でもいいぞ。当ててみろ」

「私は、3だと思う」

「ほう? それまたどうして?」


「正直、お母さんの能力は3でも6でもどちらでも説明できたので、すごく迷ったけど……強いて言うなら3。概念系ならこの要塞の理屈もわかる。その名の通り、異空間を移動するのであれば、空間に働きかける能力かなって」

「ビンゴだ、緋那。私はお察しの通り概念系……空間にこの要塞を収納し、そして一度収納したものを自由取り出したり、自在に操ることができる能力だが……困ったことに自由に操れるのは、収納したもので1種類のみでな。これは私と似たような能力者全員に該当する」

「全員……? 例外とかは?」

「ない。あったら、とっくに事例ができているさ。それに、1種類しかストックできないのは人間のキャパの問題さ」


 緋里の場合は『要塞』が1種類としてカウントされているため、その中にある小型要塞だの医療器具なんかもその一部として数えられる、というわけだ。

 能力の容量の限界を逆手に取ったものであり、この手の能力者は緋里ほどではないにしろ、大きな箱を自らの異空間に収納し、そこから好きに取り出すことであたかも何種類もあるかのようにカモフラージュをしているそうだ。


「とまぁ、私の能力については以上だ。あんまり参考にならなくて悪いが、緋那もそろそろ能力を決めてもらう。前に能力をなんとなくでもいいから考えておけって言ったが……どうだ? 何か決まったか?」

「その、まだ全然……」

「そっか。決まらないか。まぁ慎重になるのも当然だわな。能力っていうのは一度決めてしまえば、修正が効かない」

「それって一度決めた能力は二度と変更できないってこと?」

「うーむ……ちょっとさっきの言い方だと語弊があったな。全く修正できないってわけじゃないが、修正する時間に割くよりかは、一度決めた能力に一点集中した奴の方が伸びるってだけで変えられなくもない」


 緋里が言うには、能力を修正するのは、今まで自分が積み上げてきた功績をゼロにするのに等しい。そのため、能力は修正しないことに越したことはないのだそうだ。


「だからこれからじっくり決めていけばいい。そうすぐに決まるもんでもないしな」

「でも、すぐ決めた方がいいんでしょ?」

「そりゃな。けど、無理に焦って能力を作るよかマシだ。自分が納得できて、自分にはこの能力がいいっていう確信が得られるまで考え抜いてから決めろ。ま、半ば勢いだけで決めた私が言っても説得力がないがな」


 緋里が自虐ネタを持ち出して苦笑しているところを見て、緋那はふと疑問を口にしていた。


「そういえば……お母さん、この1ヶ月の仕事ってどうしたんですか?」

「ん? ああ。私にも夏休みがあってな。年に2ヶ月は取るように言われてる。その夏休みを費やして緋那のエネルギーの基礎を叩き込んだってわけだな。まだ1ヶ月あるから海にでも行くか?」

「海……聞いたことはある」

「あーそっか。緋那は海を見たことがないんだっけか。そうと分かれば水着の新調と日焼け止めその他小道具を買いに行くぞ」

「えっ、ちょっ……」


 そういうや否や、緋里は着替えを済ませてから水着や日焼け止めなどが売っているお店の真上に要塞を移動させてから、扉を使って外の世界に出る。

 外の世界は要塞の中とは違い、汗ばむような陽気だった。蝉の鳴き声がよく響き、遠くに視線をやれば陽炎が見える。


「おぉ……あっちいな。さっさと店の中に入るぞ。暑くて敵わん」

「う、うん……」


 緋里の意見には緋那も首を縦に振らざるを得なかった。こんなところにいつまでもいたら干からびてしまう……。


「あー涼しい……生き返るぜこの野郎……」

「私もー……」


 緋里の言う通り、店の中は冷房がガンガンに効いており、まさに天国であった。


「さて、そんじゃ水着を選ぶぞ。私はもうあるから日焼け止めを買うだけだが……なんかめぼしいのあるか?」

「えーと……」


 水着の種類は非常に選り取りみどりだった。白と青の水玉模様のビキニや白を基調としたワンピース型の水着、少し際どいマイクロ水着なんかもあった。全て色違いが存在しており、自分の好きな色や自分にあったサイズ、水着のデザインが選べる仕様になっていた。

 緋那が悩むのも無理はない。色々な種類があって目移りもするし、試着もしてみたくなる。


「何個でも選んでいいぞ。金ならある。試着もどんどんしろ。きっと可愛いぞ〜」

「そう、かな。じゃあお言葉に甘えて……」


 緋里の貯金額をこの前話題に上がった時に緋那は聞いたのだが、その額はなんと30億。仕事で稼いだお金を株に投資して少しずつ貯めた額らしい。だからといってポンポン買って貰って贅沢するわけにはいかない、と彼女なりにも自制心があったので、何度か試着してみて、本当に気に入った2つの水着を選ぶことにした。


「これと……これ、かな」

「ほうほう……白のワンピース型の水着と赤と白の水玉模様のワンピース型の水着か……なかなかいいセンスをしてるじゃねぇか。そんじゃ、早速お会計だな。日焼け止めと浮き輪とパラソルとブルーシート緋那が試着している間に選んできたことだしな」


 緋里は、さっさとお会計を済ませると緋那と手を繋いで一度、家に戻ることにした。






「夏だ! 海だ! お祭り騒ぎだー!」


 と、年甲斐もなく、叫ぶ緋里。一緒に付いて来ている緋那の方がよほど落ち着いているというシュールな光景がそこにはあった。


「お母さん、騒ぎすぎだよ……変な目で見られる」

「うるせぇ! 気にすんな! 大体変な目で見てくるやつは私のナイスバディに釘付けになっているやつか、お前の水着を見て欲情しているハイジコンプレックス野郎だけだ!気にするだけ無駄ってもんだ!」

「なっ……」


 思わぬ爆弾発言に顔を赤らめる緋那。お母さんはともかく、私に欲情するやつがいるのか、と思うと真夏だというのに背筋が凍るような感覚を覚えた緋那であった。

 緋里の持っていた水着だがーーそれは黒のシンプルなビキニであった。しかし、彼女の豊満なボディと高身長が相まってモデル顔負けのスタイルを維持しているためか、道行く男性の多くは視線をチラチラとしているのが本人でもない緋那にも分かった。


「ははっ! 照れんな照れんな若人よ! 若い男はそんなもんだ! 気にせずに泳ごうぜ!」

「その前に日焼け止めをしないと……」

「それもそうだな。よし、そんじゃ、頼むぜ」


 パラソルを砂浜に刺して、ブルーシートを敷くと緋里は緋那に日焼け止めを渡してから横たわる。


「じゃあ、塗るよー」

「おー頼むー」


 変わらず、男性の視線があることに違和感を覚えつつ、緋那は緋里の背中に日焼け止めを塗り始める。


「ひゃっ……つめてっ!」

「我慢してお母さん。それと、変な声出さない」

「悪い悪い。ついな。今度は気をつけるから、ちゃっちゃと塗ってくれ」


 そう言いつつも緋里は何度か「ひゃっ」という声を上げては、男性の注目を集めていた。


「お母さん……」

「わかってるって。でもよ、緋那。お前もやられてみればわかるぞ? 意外とローショ……じゃなくて、日焼け止めは冷たいってな。塗ってみればわかるぜ?」

「むぅ……」


 緋里が言いかけた言葉はともかく、彼女がいうほど本当に声を上げるほど冷たいのか。それはやはり直接確かめるのが最も確実だ。


「じゃあ、行くぜ」

「〜〜〜〜!」


 緋那は声にならない声を上げる。

 なるほど、確かにこれは冷たい。咄嗟に口に手を当てなければ、緋里の二の舞になるところであった。


「はぁ……はぁ……」

「な? 我慢しないと声上げそうになるだろ? だから冷たいって言ったろ」

「確かに冷たかった……」


 ちょくちょく視線を感じたのもあって、余計に恥ずかしい思いをした緋那であったが、これでようやく海で泳げるというものだ。あ、そういえば私泳げなかったんだった、と緋那は思い至った。


「私、泳げない……」

「あー……まぁ、病院にいたし、最初から泳げるやつなんていないしな。泳げることに越したことはないから私がまた教えてやるさ。なぁに、泳ぎはエネルギーとは違って、コツさえ掴めればすぐにーー」


 緋里の台詞が途切れたのは、その肉眼に溺れかけている人を見かけたからである。


「……緋那。ここにいろ。私はあそこで溺れているクソガキを助けてくる」

「え、ちょっ……」


 緋里は、なんの躊躇いもなく海に飛び込み、彼女はクロールで溺れている子供の元まであっという間に辿り着く。


「よし、もう大丈夫だ。踏ん張れ。ここで死ぬんじゃねーぞ」


 溺れていた子供を連れて再びクロールで岸まで泳ぎきると周りからは、壮大な拍手を送られた。


「まだだ! 馬鹿野郎共! こいつ……心臓が止まってやがるな……おい、緋那。AEDのある部屋に扉を繋げるから持ってきてくれ。それと、救急車も呼んでくれ」

「! わ、わかった!」


 少年は窮地から救い出したーーかと思えたが、心臓が止まっていたことがわかった。扉を開かせて、緋那にAEDを持って来ている間に心臓マッサージを繰り返す。


「持ってきたよ!」

「よし、貸せ。応急処置を施す」


 このような緊急事態には直面した場合、救急車が来るまでに何ができるかが重要である。対応するかしないかによって大きく生存率が変わる。


「げほっ……げほっ……」

「よし、息を吹き返したな。おい! 私の声が聞こえたら、返事をしろ! おいこら!!」

「ううっ……」


 心臓が止まっている状態では下手に動かせなかったが、心臓が動き始めて、ある程度安定したのを確認すると、緋里は彼女達があらかじめ作ったパラソルの下に運んで、日陰にそっと置く。


「緋那。うちわってあったか?」

「あるよ」

「よし、扇いでやれ。あとは救急車が来るまでそいつから目を離すなよ」

「わかった!」


 溺れていた少年は、ちょうど緋那と同じくらいの年齢だろうか。紅い短髪に日焼けを一切していない白い肌。活発そうなイメージではなく、どちらかというと内向的な少年に見える。


(どうして彼はあんな沖にいたんだろう?)


 ましてや、こんな内気な風貌をした少年のことだ。何か目的があってあそこにいたはず……と緋那はあれこれ考えていることを察してか、緋里は一言声をかけた。


「緋那。そう詮索してやんな。どの道、このガキは救急車で病院に運ばれるから大丈夫だ。私は明らかに生命の危機に陥っているやつを助けることはあっても内情までは探らない」

「? どうして?」

「私はそこまで責任が持てないからだ。そこまで責任を持とうとすれば、いずれ背を追い負いきれなくなる。ま、。だから、事情を話したくないやつにはとことん無干渉でいろ。そりゃ、てめぇの出る幕じゃねぇってことだからな」

「……わかった」


 その後すぐに無事救急車が到着し、両親に頭を下げられまくったあとに救急車が見えなくなるまで緋里と緋那は見届けた。


「悪いな。泳ぎはまた今度になりそうだ。もうさっきの騒ぎで私達は注目を集めすぎたからな」

「? 男の視線は平気なのにそれはダメなの?」

「うるせー。私はこっちの方が恥ずいんだよ。帰るぞ。どうせ、要塞にもプールはあるんだ。そん時に教えてやる」

「ええー」

「それにこの海には観光に来たようなもんだろ。それで、初めて見た海はどうだった?」


「……うん、凄く綺麗だった」

「だろー? あれ、めっちゃしょっぱいけどな」

「……舐めたの?」

「ああ。ガキの頃につい好奇心でな。だが、辛いほどしょっぱかったから、もう二度とやらん」


 雰囲気ぶち壊しの緋里の発言がなければ、最高の思い出になったのに……と思いつつ、彼女達は海を後にした。







 海を始めとして、京都や沖縄、北海道などの観光地を巡り、山にも行ってーー楽しかった1ヶ月間の夏休みもあっという間に終わり、緋里の仕事も開始してから9ヶ月の時間が経った。

 海の少年の事件以来、彼女は緋里の人を救うという行動に感銘を受けていた緋那であったが、エネルギーの基礎をマスターしたということで、緋那は仕事について行っていい許可を得た。

 さらにそこで見た母親の姿に尊敬の念を送るようになっていった。


「お母さん、本当に凄いんだね……数時間単位で世界各地に飛び回って、困っている人を助けまくって……」

「いや、私が救えてやれるのは、ほんの一部の人達だけだ。全部、とはいかねぇが私はできるだけ今後の全ての人生をかけてより多くの人を救う。それこそ、国境や言語を越えて、な」

「かっこいい……私もいつかお母さんのような立派な干城士ソルジャーになりたい……」

「まあ、それには修行あるのみだ。あれから毎日修行に励んでいるようだし、順調だな」

「うん!」


 能力の決まっていない緋那にできることは限られている。それがエネルギーの総量の増幅である。

 自らの持つエネルギーが増えれば増えるほど、能力を獲得した時にやることも選択肢も飛躍的に広がる。では、具体的に何をするのか? 簡単である。


 


 舞台役者が声量を増やすために大声で舞台練習をするのと同じ要領でエネルギーを放出し続けることでエネルギーの総量が増える。だが、持続的にやらないと効果はない。何事も続けることが大事なのだ、と緋里は語る。


「よし、このまま修行は続けて、今はとりあえずエネルギーの総量を上げることに専念だ」

「はい! あ……」

「ん? どうした?」

「もうすぐ七夕ですよね」

「ああ、もうそんな時期か。それがどうかしたか?」

「友達と約束してるの。例の病院の公園で七夕に会おうって」

「なるほどなぁ。さながら、織姫と彦星だな」


 それが元で決めたのだから当然といえば当然なのだが、改めて第三者に言われると恥ずかしいものがある。


「ま、その日は時間取ってやるか。遠慮せずに友達と会ってこい。一年に一度、なんだろ?」

「うんっ……!」


 緋那はそう頷くと、氷雨と会える七夕を待ち遠しく思うようになったのだった。




 7月7日。七夕。朝の5時半。

 緋那は待ちきれず、想定していたよりも早くに来てしまった。


「流石に早く着きすぎたかな……」


 緋那は楽しみなことに限り、集合時間の1時間前に来てしまうタイプらしい。この時の彼女は知る由も無いが、中学校の修学旅行でも全く同じことをやらかす。


「氷雨ー! いるー? …………なーんて、いるわけないか」

「ばあっ!!!」

「うげぇ!?」


 茂みの中から氷雨が呼ばれて飛び出てきた。

 ドッキリ大成功と言わんばかりに氷雨は満足そうにしている一方で、緋那は心臓が飛び出るかという思いであった。


「び、びっくりした……死ぬかと思った」

「えへへ……ごめんなさい。つい、嬉しくて」


 てへぺろ♡ と言わんばかりにウインクする氷雨であったが、緋那は会えた嬉しさよりびっくりした気持ちの方が今は勝っている。


「はぁ……はぁ……ふぅー。落ち着いた……」

「それは良かったです。それで何から話したものか……非常に迷います……」


 お互いに積もる話があり、何を話していいかわからない2人だったが、ひとまずは近況報告からすることにした。


「え? 氷雨退院できたの?」

「はい。父親の仕事の都合ですがね。元々私は眼の関係であの病院にいたので」

「そういえば、氷雨の父親ってどんな人なの?」

「……世界のバランサー『黄道十二宮』の1人って言ってましたね」

「マジか」


 緋那も緋里からその名前は聞かされていた。世界各国の最強の能力者を集めた集団である、と。

 それ以上の情報は少なく、彼らが具体的に何をしているかは不明だったが、こんなところで血縁者に会えるとは思いもしなかった。


「けれど、私はあの人が好きではないです。基本、自分勝手ですし、私とあの人の関係はギブアンドテイク。まぁ、私を対等の関係と認めてくれているのは嬉しいんですけど……」

「そ、そうなんだ……」


 緋那も人のことを言えた立場ではないが、氷雨もかなり複雑な家庭環境なのがよくわかった。


「それで、緋那は緋里さんの元で何を?」

「私はねー……」


 緋那は氷雨と別れたあとついて語った。緋里から受けた愛情や修行のこと、仕事先での事、彼女の生き様などなど……緋那の感想も交えて話をした。


「良かったじゃないですか。緋那が幸せそうで私も嬉しいです」

「……氷雨は、幸せじゃない?」

「……そうですね。私も私自身の幸せのために、この眼と向き合うことにします。あなたが自分から幸せを掴んだように。この日という日たなばたがあれば私も頑張れますから」

「……そっか。お互い、頑張ろうね」


 緋那と氷雨はこの後もしばらく世間話や他愛も無い話で盛り上がった後に再び、この場所で会うことを約束したのであった。








 ーー2年後。

 修行と娯楽。七夕で氷雨との再会も忘れることもなく、仕事を繰り返して、緋那と緋里はお互いに取ってかけがえのない存在となっていた。未だに緋那の能力は決まらず終いであったが、その代わりにエネルギーの総量の増幅させることによって能力に匹敵するほどの実力をつけていた。



 能力も緋里の役に立つ能力がいいな、と思い始めたそんなある日であった。緊急依頼を国から受諾した緋里と緋那は現場に急行し、依頼を全うした後のことであった。


「!? こ、こいつは……」


「どうしたの、お母さん?」


「何者かにこの要塞を攻撃されたっぽい」


「え……でも、ここって異空間でしょ? 異空間移動している間は誰も手が出せないはず……」


「考えられる可能性は2つ。異空間に入る前に攻撃されたか。あるいは本当に異空間から攻撃されているか、だな」


 どの道、厄介であることに変わりはない。異空間での移動にはエネルギーの節約と敵からの攻撃を受けないという利点の元で成り立っている。攻撃されたと分かった時点で異空間から現実世界に戻った方が賢明である、と緋里は判断した。


「一旦、現実世界に浮上する! 緋那、何かに掴まってろ」


「うん!」


 そう緋里が指示をすると、要塞は現実世界に顔を出す。しかし、それは今までの人生の中で最も悪手であることを彼女は悟った。


「!! 馬鹿な……囲まれている、だと……」


「嘘……」


 要塞の周りにはエネルギーを使った能力であろう超大規模魔法陣のようなものが展開されており、身動きが取れない状況に陥っていた。


「む、要塞を引っ込めることも要塞から出ることもできねーとはな……しかし、どうやって私が浮上するタイミングと場所を割り出しやがったんだ? それにこんなこと芸当ができるやつってのはかなり限られているはずだが……」


「お、お母さん……ど、どうすればっ……!?」


「狼狽えるな!! こういう状況でこそ、冷静でいろ。我ながら酷だとは思うがな。チッ……まさかこの私がいきなり大ピンチとはな……」


 ギリッと彼女は爪を噛みながら憤慨する。こうなってしまえば、もう真正面から攻撃を仕掛けるしかない。敵の掌の上だと分かっていても、こうするしか方法がないというのがものすごく頭にくる。


「全方位砲撃展開! これより、超大規模魔法陣を破壊し、正面突破を試みる! 緋那は衝撃に備えろ!」


「りょ、了解!」


ぇ!!」


 要塞の至るところから、ビーム光線が発射され、モニターから見える魔法陣が凄い勢いで焼き切っているのが分かる。だがーー


「ぐっ……!」


「お、お母さん!?」


 緋里の頭からは血が流れていた。この要塞は、彼女と一心同体。この要塞が全壊すれば、必然的に彼女も死ぬ。だから、魔法陣に囲まれた時点でチェックメイトに限りなく近かったのだ。

 そして、今の砲撃でいくつか破壊できたものの、魔法陣は際限なく再生していく上に、特性はおそらく反射だ。

 本来、圧倒的な火力を誇るビームだが、今は諸刃の剣だ。撃てば、確実に何割かは自分に返ってくる。そのせいで緋里が傷つく。その様子を見て緋那が耐えられるはずもなかった。


「! あの魔法陣……」

「よ、よせ。お前が出て行ったところでどうにかなる敵じゃねぇ……これほどの術式を組めるやつだ。実力で言えばそれこそ、『黄道十二門』クラスだ」

「くそっ! くそっ! あんなやつに私の大事な! お母さんをっ……!」

「冷静になれ、緋那。怒りは力を与えるが、一番大事なものを見失っちまう……だから、どんな時でも冷静にいるように努めろ。それに、まだ手段がないってわけでもない」


「え……?」

「こんなこともあろうかと、緊急用に脱出装置がある。それなら私が普段使っている異空間ルートとは別ルートだからこの魔法陣からも逃れることができるだろう。けど、1。だから、お前だけでも逃げろ」

「そ、そんなことできるわけない!!」

「うるせぇ!! そんなに私を困らせたいか!! それが嫌なら乗れ! 乗りたくなきゃ、私が無理矢理にでも乗せる! ったく、最後の最期まで煩わせんじゃねぇ」

「お、お母さん……」

「どの道、私はこの要塞を見捨てることはできねぇんだ。私に最初から選択肢はなかったんだよ。でも、緋那は違う。緋那ならまだ助かる。それに、これはお前の力不足なんかじゃない。私の力不足だったんだよ。それでお前にこんなに迷惑もかけちまってよ……けどさ、私もこの3年間は悪くなかったよ。私の娘でいてくれてありがとうな」

「う、うぅ……ぐ……」


 緋那は緋里の最期の言葉を聞き届け、彼女に背中を押されると、彼女は涙ながらに緊急脱出装置に乗り、緋里を置いて脱出することに成功したのであった。




「あ、あああ……あ……」


 緋里の死が受け入れなれなかった緋那はしばらくの間、叫び続けた。悲しいはずなのに涙が出ない。声だけが枯れて。胃の中にあるもの全部ぶちまけて。自分の中にあるものが全て抜け落ちるんじゃないかという感覚に襲われた。そんな時、脱出装置から彼女が書いたであろう遺書が見つかった。


「こ、これは……」


 恐る恐る開いてみると、確かに緋里の筆跡で書いてあることが窺えた。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 緋那へ


 今この手紙が緋那に読まれているということは、既に私はもうこの世にいないと思う。この手紙は私が死んだと同時に読めるように細工したからな。当然だ。私がいつ死んでもおかしくない仕事に就いているのは知ってるよな? だから、手紙に思いの丈を綴ることにしたってわけだ。拙い字で読み辛いだろうが、そこは勘弁してくれ。


 ーー大丈夫だよ。見慣れているから。


 さて、改めてこうして自分の気持ちを込めて書くとなると何書いていいかわからないな。とりあえず、謝っておくか。すまん。多分、私がヘマをしなければお前は何不自由なくこれからは生きられたはずなんだ。なのに、こんな結果になっちまった。


 ーーお母さんが謝ることなんて何もない。お母さんがいなかったら、私は幸せになんてなれなかったから。


 ……その代わりと言っては何だが、お前がこれから生きて行けるだけのお金と生活費、そして、住む場所をこの手紙と一緒に付けておく。私にはこれくらいしかできない。子供を後に残して逝ってしまうなんて、私は母親失格だな……でも、これだけは言わせてくれ。私が死んだのはお前のせいじゃない。責めることは一つもないんだ。これからはお前の人生だ。お前自身が自由に生きていいんだ。だから、前へ。今を乗り越えて前に進んで欲しい。



 ーー責めたくもなるよ。私が。私が強ければ。お母さんを死なせはしなかった。なんて私は無力なんだ。仇敵を斃せるだけの力があれば。辛い。悲しい。でも、



 ……でも、どうしても私の仇を討ちたいと思ったなら、霧峰学園ってところに入学しろ。あそこは施設も充実してるし、干城士ソルジャーになるための条件が揃ってる。私の知り合いもたくさんいるしな。。その手がかりを掴めば、私を殺した奴に会えるだろう。


 ーー!!


 でも、それは私より強くなってからだ。そうだな。自分の強さをそこにいる学園長に見定めてもらえ。その学園長は私が信頼を置ける数少ない人物で、私より強い。ま、学園長に掛け合うのも自分の強さがもう限界まで来たって判断した時だけにした方がいい。そうすれば、あの頑固ジジイも応えてくれると思うぜ。さて、ここまで書いてきたが、私から言うことは以上だ。さよならだ。緋那。幸せになれよ




 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 本当はあったはずだ。自分の未練が。彼女にも家族がいたはずだ。大切な人がいたはずだ。どうしてこんなところで死ななければいけないのかという思いがあったはずなのだ。

 なのにーー


「……自分の遺言なのに、自分の未練よりも私のことばっかり気にして……」


 枯れたはずの涙が次々と零れ落ちた。

 何を置いても自分を心配してくれていること。これからの未来のことまで考えてくれていて。彼女は溢れ出る涙を止められずにいた。

 そして、彼女はついに能力を開花させる。


状況的順応性ケース・バイ・ケース』。

 混在系の能力で、ありとあらゆる状況に対応できる能力である。憎悪と憤怒が産んだ能力ーーであると同時に緋里の能力を最大限にサポートするために生み出された能力であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る