第13話 火種の元となるもの

 辺りが暗い。まだ太陽が昇っていない時間帯なのだろう。と言ってもこの場所は窓がない。中からは朝なのか。昼なのか。夜なのか。そう言った感覚すら見失いそうになる。

 その部屋で、約3人の人物が見受けられた。


 1人は鳶沢一歩。『星崩し』と呼ばれた元『五英将』の一角であり、アメリカで英雄と持て囃された。現在、公には行方不明の扱いになっている人物だ。


 2人目は波風彩里。普通の霧峰学園の生徒ーーと見せかけてその実態は殺し屋を生業とし、報奨金次第でどんな依頼も受け持ち、必要とあらば身体を売ることさえ厭わない人物。


 そして、3人目はーー


【……集まったか。少年、少女よ】


 それは、もやがかかったかのような声だった。男性にも、女性にも、子供にも、老人にも聞こえる不思議な声。非常に掴み所がない声であった。


「まあ、貴方が呼んだわけですし」

「……俺はアンタの頼みならなんだって聞こう。最も、俺の信義に反することはできないがな」


【それで良い。計画は円滑に進んでいる。今改めて、我々の計画を確認しよう。我々の目的は『天空落下』を阻止することにある。『星の力』の発動を阻止する手段はこれしかない。それも、汝等うぬらの手にかかっていることを努努ゆめゆめ忘れるな】


「もちろん」

「ええ。もちろんですわ」


【それでは、我々の作戦を伝えよう】


「作戦? 日本を徹底的にこの手で滅ぼす以外にあるのか?」


【まあ、聞け。物には順序がある。そして、より効率的に日本を徹底的に滅ぼすことができる方法がある。その方法を今から伝えようというのだ】


 不思議な声を持つ依頼主は作戦を告げると、一歩は首を傾げる。


「……本当にそれで俺達の目的に繋がるのか?」


【無論だ。そうすれば、向こうは勝手に食いついてくる】


「まぁ主の言葉を信じましょう。鳶沢さん。私達は依頼の報奨金さえ貰えれば、それでいいわけですから」

「一つ誤解しているようだな、波風。俺はお前と違って報奨金はいらない」

「……?」


 彩里が頭の中ではてなマークを浮かべると、一歩は一呼吸置いてから自らの持論を話し始めた。


「俺は俺の信義にしか従わない。それが絶対であり、前提であり、決定事項だ。『天空落下』が本当に起きるというなら、俺の信義に反する。だからこそ、この作戦に参加している。『天空落下』という地球規模の災害でなければ、お前の言うことを聞くなんてごめんだからな」


【それで良い。そういう汝だからこそ、私は信用しているのだからな】


「……いいだろう。ひとまずは従おう。それで『天空落下』が防げるならそれに越したことはない」


【交渉は成立のようだな】


「ああ。ここで揉める気も暴れる気もない。余計な体力は使いたくないからな。作戦になったら、いつでも呼べ。それまで俺は寝る」


【わかった。作戦開始時刻となったら、呼ぼう】


 そう一歩は言うと用意された部屋にゆっくりと足を運んだ。


「彼、大分扱いにくいですわね」


 色々な男を見てきた彩里であったが、その中でもかなりの難物かつ武人タイプだと彼女は思った。依頼上で彼を籠絡するのも依頼内容に入っていたら、さぞかし苦戦していただろうと彼女が思うくらいには。


【何、その分の働きはしてくれているから問題あるまい。彼には期待している】


 彩里の懸念に信頼でもって答える不思議な声を持つ依頼主。彩里にはそれが面白くないらしく、少し不機嫌そうに口を開いた。


「随分と彼を評価しているのですね、主は」


【そういう君はどうなのかな?】


「……私も彼の実力は認めています。ですが、彼の性格は破綻しています。それが、計画の歪みになるんじゃないかなと思いまして」


【汝の言うことは最もだが……逆に言えば彼の信義に反することさえしなければ、こちらで御することができるということだ。火と同じだ。扱い方次第では便利にもなるし、危険なものにもなる】


「そうです、か」


【汝が懸念するのもわかる。だが、全て私に任せて欲しい。それで我々の計画は成就する】


 不思議な声の依頼主は自信ありげにそう言った。






 それは、源治と青色以外の生徒が出払ったあとの学園長室の出来事だった。


「学園長、あれだけの啖呵を切っておいて、まさか私だけに敵の居場所を特定しろとは言わないですよね?

 もちろん、協力してくれますよね?」

「すまん! わし、そういうの苦手だから全部丸投げする!!」

「おいこら学園長……」


 なんとなく。なんとなくは察していたのだ。しかし、いざそう言われると頭にくるというか、少しでも期待した私が愚かだったというか……なんか複雑な気持ちになる青色であった。


「めんごめんご。でも、お主なら楽勝じゃろ?」

「どうでしょうね。向こうにもかなり強力な結界を張れる術者がいるようですし……私の探索を潜り抜けられる可能性があります」

「まじかー。そっかー。うーむ……そうなると厄介じゃの。それに加えて、向こうの主戦力も彼らだけとは限らんのじゃろ?」


「ええ。蓮くんの証言によれば、緋那ちゃんの能力を妨害したのも人形だったらしいわ。だから、人形遣いが関与している可能性が高い。それと、緋那ちゃんの能力妨害の目的が解せないのも問題です」

「確かにのう……日本を壊すというのなら、一歩のやつが地面めがけて思い切り拳を振るうだけでその付近に震度5弱程度の地震は起こせるじゃろうし、それを繰り返せば終わりじゃ。なのになぜそれをしない?」

「それよりももっと確実で即効性がある方法があると考えるのが妥当です。流石の彼も駆けつけてきた日本の選りすぐりの能力者を複数相手するのは厳しいでしょうから」


 考えれば考えるほど謎が深まる今回の出来事。整理してみると、


 学園に攻めてきた理由がここを起点に日本を壊すことで『星の力』の発動を阻止するのが彼らの目的であり、その目的の一部として緋那の能力を妨害が含まれていた。

 そして、その目的は鳶沢一歩1人である程度なら達成することができる。それをしないのはそれよりもより確実でかつ即効性のある方法があるからだと推測される。


「ということは、じゃ。緋那君の能力妨害をすることで手取り早く計画が達成できる……というわけなのう?」

「それは極端ですが、なぜ彼女なのかが気になりますね。それこそ、日本国籍の人なら誰でもいいことになる。つまり、彼女でなければならない理由があったと考えるべきですね」

「緋那君でなければならない理由……やっぱり復讐関連かのう?」

「そう考えるのが自然ですね。彼女が復讐に燃やす信念は相当なものです。敵もそれを知って彼女を何らかの形で利用すると思われます」


「……それってやばくね? だって、緋那君を狙ってるならわしらで保護しておかないと……」

「!! なんでこんな初歩的なことに気づかなかったのかしら……もう暗いですし、彼女を保護しないとーー」


 辺りはもう真っ暗で時間で言えば、夜9時を回っている。夜中を狙い、拐っていても全くおかしくない。

 そう思った矢先だった。学園長室の机から電話が鳴り響く。青色が急いで電話を取るとその声の主はーー


『学園長室か? 今頃、ようやく我々の真意に気づいた、と言ったところか。残念だがーー手遅れだ』


「鳶沢くんね……」


 嫌な予感ほど的中するというが、まさかここにきて的中してしまうとは……なぜもっと早く気付けなかったのかという後悔が源治と青色の心の中で蟠りとして残る。


『そちらも気づいているだろうが、を拐って貰った』


「相川氷雨、だって?」


 青色は予想外の人物に開いた口が塞がらないことを自覚した。それを気にしないと言わんばかりに一歩は話を淡々と進める。


『こちらの要件はただ一つ。花山緋那に今から言うことを伝えろ。『私はいつもの場所にいます』とな。もし、1時間以内に来なかったり、花山緋那以外の人物が付いてきているのが分かったら、交渉決裂とみなし、今すぐこいつを殺す。要件は以上だ』


「ちょっ……」


 青色が取り合う暇もなく、一方的に一歩は電話を切ってしまった。


「な、なんと言っておった青色君?」

「……氷雨ちゃんが拐われたことを緋那ちゃんに伝えて、それでこれは氷雨ちゃんからの伝言だと思うのだけど……『私はいつもの場所に待っています』ですって」

「なんじゃと?」


 そんな条件を鵜呑みにすれば、みすみす敵におそらくは目的の鍵となる緋那を差し出すようなものだ。


「それに、彼女の性格上、氷雨が危険な目に遭っているとわかったならまず間違いなく1人でも助けに行くでしょうね」

「向こうも考えたの……直接拐うのではなく、氷雨の方を拐って緋那をおびき寄せるとは……向こうのボスもなかなかの曲者じゃ」

「関心している場合じゃないですよ……どうしますか? 下手に行動するのは得策ではないと思いますが……」

「向こうの条件を飲もう」

「その心は?」

「彼らの目的が緋那君だと言うのなら、緋那君を殺すことは絶対にあり得ない。ならば、氷雨君の安全を確保した後は隙を見て緋那君を助け出そう」


「……わかりました。それで行きましょう。緋那ちゃんには私から連絡をかけます」


 そう青色は意を決して、緋那に今の出来事を伝えることにしたのだった。





 それは、入浴直後のことだった。バスタオル1枚でこれからパジャマに着替えて、歯磨きをして寝るーーというタイミングで青色から氷雨が拐われたという旨の連絡が入った。


「氷雨が!?」


『ええ。急な話だけど』


「………………………………………………」


『……緋那ちゃん?』


「……氷雨からの伝言では、確かに『いつもの場所にいます』と言っていたんですよね?」


『ええ、そうだけど……』


「なら、先輩達は来ないでください。私1人で行くので」


『ちょっと待って緋那ちゃん、その『いつもの場所』ってーー』


 ピッと。緋那は青色の疑問に答えさせる暇も無く、携帯の電源を切る。もちろん、携帯も置いていくし、『いつもの場所』についても明言はしなかった。

 聞いた限りの話だと、足がつかない方が向こうから信頼されるだろうし、何より氷雨の安全が最優先だ。下手に相手を刺激しては、彼女の安全が保障できない可能性が高い。


「……待ってて、氷雨。今行く。絶対に助け出す」


 40秒よりも早く緋那は支度をすると、飛行能力によって亜音速に近い速度で『いつもの場所』に直行した。




「……電源を切られたわ。どうやら、こちらの趣旨を上手く汲んでくれたみたいね。この調子なら、携帯も置いて行っているでしょう」

「そうか……それならあとは、わしらは成り行きを見守るしかないのう……」

「ええ……」


 不安と焦燥。それらの感情が源治と青色の心の中で渦巻くも、彼らは彼女達の無事を祈る事しかできなかった。








 ーー都内某所ーー



 ここは、緋那と氷雨が幼い頃によく遊んでいた場所である。昔は公園だったのだが、今は遊具がなく、時計台がある程度で待ち合わせによく使う広場のようになっていた。

 当時、お互いに心の闇を抱え、1人でいることが多かった。そんな2人だったからこそ、心の闇を共有し、打ち解けるのが早く、親友になるのにもそう時間はかからなかった。他愛のない話で盛り上がっては喧嘩も度々した。幼い頃は2人共かなりやんちゃをしていたため、近所の人によく怒られていた。


 しかし、今はそんな感傷に浸っている場合ではない。その世界でただ1人の親友の命の危険が迫っているのだから。

 場所をここにしたのはおよその検討がついた。ここが緋那と氷雨が共通して覚えている場所であること。そこに意味があったのだ。他の人にはわからない2人の思い出の場所。今回の取引にうってつけだったというわけだ。


「あら、本当に1人で来たのね。関心するわ」

「全くだ。こういうのは、誰か1人でも隠れて連れてくるものだと」

「私は逃げも隠れもしない。だから、氷雨を解放して!!」

「無論だ。我々の目的は貴様にある。氷雨はこの場で……」

「緋那来ちゃダメ、で……す」


 ドスッ!


 一歩は首元に手刀を撃つことで一瞬にして氷雨の意識を刈り取る。


「な……氷雨に何をした!? その手をどけろ!」

「安心しろ。気絶させただけだ。それに、解放はちゃんとするさ。だが、その前に貴様に話があってな。そのために貴様を呼び出したのだ。本題はここからだ」

「話だって? 氷雨を拐うような輩に話すことなんて何もない! 早く彼女を解放して!!」

「あらあら、そんなことを言ってもいいのかしら? おかしな真似をすれば、この娘の命はないわよ? この娘の首を切り落とすくらいわけないわ」


 そう彩里が言うと、氷雨に向かってナイフを突きつける。


「!! お前……」

「安心して。私達は別にここで殺し合いをするつもりはないわ。でも、どうしてもあなたがやりたいというのなら、止めないわ。そうなった瞬間に貴女はあの世行きだと思うけれど」

「……っ」

「少々手荒になったことは詫びよう。だが、こうでもしないと貴様は我々の話を聞こうとはしないだろう? だから、強行手段に移させてもらった」


「…………それで、一体何の話をしようっていうの?」

「ようやく聞く気になったか。では、単刀直入に言おう。お前の復讐する理由は何だ?」

「……よりにもよってそのことを聞きたいわけか」


 予想はできていた。だが、復讐のことを他人にペラペラ喋れるほど、あの出来事は早々簡単に口にしていいものではない。


「あまり気が進まないかしら? それではいいことを教えてあげるわ。先日の校舎を放火させたのは私だけど、あの校舎には一体何があったと思う?」

「あの校舎に何があったか、だって……?」


 心臓の鼓動が早くなる。いや、そんなはずはないと本能的にその答えを拒否する。だが、彼女はそれを気に留めることもなく、ハッキリと事実を口にした。


「質問に質問で返すのは、ナンセンスだけれど……特別に教えてあげる。あの校舎にはね、貴女が喉から手が出るほど欲しがっていた仇敵に繋がる手がかりが隠されていたのよ」

「!!!」

「それを燃やしてしまった今、この学園にはもう手がかりを知る術は残されていないーーと本当ならここでイジワルしたいところだけど、ここも特別に教えてあげる。その手がかりは私達が回収して。ちゃーんと文字も読めるわよ。なんなら音読してあげましょうか?」

「そん、な……」


 この霧峰学園に入ってからというもの、どこをどう探しても仇敵の手がかりは見つからなかった。それが。今。目の前のーー手に届くところにある。


「それで、本題に戻るけれど……私達は貴女がなぜ復讐の道に走ったのか。その顛末さえ話してくれれば、この手がかりを渡すつもりでいるのよ。どう? 破格の条件でしょう? 誰の血が流れることもなく、解決する。貴女もそれに越したことはないでしょう?」

「………………………………」

「おいおい……何か不満か? これでもまだ話さないつもりなのか、それとも、これが偽物だとでも思っているのか……」


 もちろん、一歩が言った通りその理由もあった。だが。それ以上にーー彼女は複雑な心境でいたのだ。それ故の放心状態。現実が受け止めきれていない証拠でもあった。


「まあまあ。待ってあげましょう。彼女にも自分のペースがあるのだから。落ち着いたら、また話しかけてね」

「……………………わかった。話すよ」

「あら? もういいのかしら?」

「ああ、深呼吸したら落ち着いた。それより、私の過去っていうか、復讐する理由が知りたいんだよね? とんだ物好きもいたもんだとは思ったけど……話すよ。それで仇敵の手がかりになるのなら」

「ふふ。交渉成立ね」


 彩里いろりがそう邪悪な笑みを浮かべると、緋那は自らがなぜ復讐をするようになったのか。その経緯と過去をゆっくりと語り始めた。

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