第9話 歪な決着

 ーー???ーー


「あら、あら」


 女は蠱惑的な声で呟いた。

 人形があられもない姿で横たわり、核であるナイフは木っ端微塵で元に戻しようがない。これでは、もう一度エネルギーを込めたナイフを人形に埋め込まなければ二度と動くことはないだろう。


「まあ、もう用済みですし、回収だけはここで済ませましょうか。証拠も隠滅させないとですし」


 決まった位置にナイフを床に突き刺し、人形を別の場所に転送させると女はある人物と連絡を取ることにした。ナイフを刺した後は痕跡になるんじゃないかとは彼女自身も思っているが、それはそれ。また新しい人形を使って証拠は隠滅させればいい。学園にある監視カメラの制圧も秘密裏に済ませたところである。


「もしもし。ええ。完璧にやられていたわ。流石は学園ご自慢の『五英将』と言ったところかしらね。貴方の言った通り、最も厄介な青色は結界で閉じ込めてしばらくは出れないと思うわ。え? どれくらいかって? 1時間くらいは保証するけれど、もう大分時間が経ってしまっているから……そうね、30分ほどってところかしら。それまでに計画を実行しましょう。ええ、全て手筈通りに」


 ピッと携帯を切ると、女はニコニコした表情から一転、思い切り歪めて宣言する。


「さぁ、とびきり愉快で絶望的なショーを始めましょうか」


 そう言い残し、彼女はふっと教室から姿を消した。





 ーーステージサイドーー


 試合開始から30分が経過し、状況は緋那の優勢から形成が一気に逆転。悠星がこの試合を完全に支配していた。

 空を飛んでいても、跳躍によって攻撃が成立するために気が休まるどころか格好の的として攻撃されてしまうため、地上に降りざるを得なかった。


「どうしたよ、緋那。さっきまでの勢いはどこへ行ったんだ? 防戦一方じゃないか。まあそれもバリヤーがないと守りもおぼつかないみたいだし」

「ちっ……」


 彼の言った通り、先ほどまでの泥仕合を好む悠星とは違う。好戦的で積極的な攻撃をする。まるで別人である。性能スペックからまるで違う。


『先ほどの状況より一転、一体何が起きたというのか! 瀬戸内さん、解説の方をよろしくお願いします!』

『そうっすね。皆さんも三色のコップの原理を知っていると思いますけど、彼のコップのうち2つは水しか注ぐことしかできません。しかし、ある条件を自らに課すことで、花山さんと同程度のエネルギーを扱うことができるっす』


 蓮曰く。

 その昔、氷雨や悠星と同じく、特殊体質を持った境遇の人間がいた。その人間は自らの特殊体質を封じることで特殊体質故の弱点を克服したという。

 その原理と同じで悠星も何らかの条件を課して不死身の能力を封じて、代わりにエネルギー技術を獲得したのだ。


「悪いな、緋那。この勝負、勝たせて貰うぜ」

「……いいや、まだだよ。まだ終わらせない」

「あんま無茶すんなよ。ボロボロじゃねぇか。小手調べや俺の不死身を攻略するために相当エネルギーを消費した上に奥の手の能力の攻撃まで受け切ったんだ。もう限界のはずだろ。精神的にも。エネルギー的にも」


「……そっちにも奥の手があったように、こっちにも奥の手があるーーとしたら?」

「なん、だと……?」


『おっと、花山選手! まだ奥の手があるようです!』

『ふむ。彼女にも奥の手が……』


「おいおい冗談だろ。仮に奥の手があったとしても、そんなボロボロの身体で何ができるっていうんだよ?」

「確かに。今のボロボロの身体で私ができることなんて限られている。でも、


 緋那の奥の手があるという言葉は虚勢やハッタリの類ではなく、事実として存在した。その奥の手とは、


乾坤一擲けんこんいってき』。


 自らの受けたダメージを何倍にもして返すカウンター技。直撃すれば相手を戦闘不能にした上で自分のダメージも解消され、形成が文字通り逆転する技なのだが、当然リスクがある。

 それは外した場合。外した場合は、自ら保有しているエネルギーが0になる。文字通り、ゼロだ。

 自分の運命を賭けての大技ーーという意味で命名しただけあってそのリスクも相当高い。最初にこの技が使えないのは何も彼が不死身、という理由だけではなく、外した場合のことも考えて行動しなければならなかったからである。


(でも、タダで負けるくらいならこの技を使って負けたい。そして、できることならこの技を当てて勝ちたい)


 幸い、彼の能力は不死身以外の『何か』の能力に置き換わっている。いつ不死身が復活するかは謎だが、その前にこの技を叩き込むことができればーー


「なるほど。どうやら奥の手があるのは本当みたいだな。目を見れば分かる。だったら、その前に勝負を決めさせてもらうまでだ!!」


 悠星が構えると、彼の後方から突如、大量の土砂がが現れた。


「こ、これは……!」


「『土砂崩し』」


「ッ……!!!」


 若干、反応が遅れる。それが決め手となり、土砂が緋那に襲いかかる。『五十空奏エア・クッション』でのガードがなければ今の攻撃で決着が着いていた。


(これは土系の能力か! にしても、こんな『奥の手』があったなんて……やっぱり凄いよ八条は。でも、私も負けるわけにはいかない)


 とはいえ、緋那のエネルギーも限界が近い。大規模な技はもう使えないと見ていい。だから、少しでも低コストかつ相手の動きを縛る必要があった。


局所重力増加展開ミニ・グラヴィティ!」


『花山選手! ここで新たな必殺技か!? これが奥の手なのでしょうか!?』


 緋那がばっと手を振りかざすと悠星のいる場所だけ重力が増大した。


「ぐお……っ!?」


 本来、この技は周囲半径50メートル程度の領域を超重力によって敵を圧し潰す技だが今回はその縮小版。半分ほどの半径に絞り、さらに相手を発見するとその相手の周囲のみに重力が増す仕様になっている。

 これならば、少ないエネルギーであっても低コストで敵にダメージを与えることができる。縮小版と言っても重力の増加させる倍率は変わっていないのだから。


「う、動けねぇっ……!」

「重力は地球の10倍。単純に体重が60キロの人が600キロになる。常人ならまずペシャンコなはずなんだけど」

「ぐっ……!」


 それでも、緋那の咄嗟の機転により、形成は逆転していた。重力に縛られては例の『土砂崩し』もできるはずもなく、何とか重力から抜け出そうと足掻くことで悠星のエネルギーを確実に奪っているからである。



『またも形成逆転か!? 花山選手、八条選手を追い詰めたぁ!!!』

『ちょっとマイク貸して』

『えっ……ちょっ……そっちにもマイクあるでしょ』

『おい悠星。気合いだ気合い!! その程度の重力なんて跳ね除けろ!! お前はこんなところで終わるやつじゃねぇだろ!! 立て! 負けることは許さない!』


 蓮が先程と人格が違うのは、ひとえにお金が絡んでいるからである。悠星が優勝候補、と呼ばれている理由の1つに『五英将』の1人で賭けの主催者の元締めでもある彼が大量のお金を賭けているからである。

 悠星の負けは自らの不利益を被る羽目になるのだ。応援するのも無理はない……とビックラビットは思ったのだが、この後の台詞を聞いて少しでもこんなことを考えてしまったことを後悔した。


『確かにお金が惜しいって気持ちもある! それは認める! だが!! それ以上に!! 俺はお前に勝って欲しいんだよ!! 俺がお前に風紀委員会を任せたのは自分を信じろ!! 悠星!!!』

『せ、瀬戸内さん……』



「先輩、そこまで俺のことを……」

「よかったね、八条。いい先輩を持って。ちょっと羨ましいよ。でも、私は勝つよ。勝ってみせる」


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」


「なっ……まさか」


 緋那の重力に抗い、悠星はなんと自力で重力から抜け出したのである。


「ハァ……はぁ……重力を振りほどくだけで大分、エネルギーを持っていかれちまったな」

「まさか、力技で重力を跳ね除けるとか……どういう神経をしているんだか」


『な、な、なんと! 瀬戸内さんの声援もあり、八条選手、花山選手の重力下から抜け出しましたぁ!』

『当然っすよ。彼はあの程度でへこたれるほど甘い鍛え方はしてないっすから』


「なぁ、緋那」

「なに? 急に改まって」

「もう、まどろこっしいことは抜きにして純粋な肉弾戦と行こうじゃねぇか。お互い、極限状態だしな」


『ここにきて八条選手! 花山選手に対して肉弾戦を提案しました!! 気になる彼女の返答はーー?』


「…………いいよ。もう体力もほぼないし、技を出そうにも時間がかかりそうだ」


『成立しました!! ここからは派手な技抜きの肉弾戦となります!! 皆さま、どうか最後までご覧下さい!』


「いつでも、いいぜ」

「では、遠慮なく」


 そこから先の戦闘はお互い、単純な勝利だけを渇望して戦っているように思えた。周りの目や残りの体力やエネルギーといったしがらみから解放され、ただ思いを拳に乗せて戦う。

 戦術のせの文字もない純粋な殴り合いと蹴り合い……のはずなのにどこか楽しそうで観ている観客席からは惜しみのない拍手が送られている。

 男だからとか。女だからとか。

 そんなのは関係ない。勝負の世界に男も女も子供も老人もない。ただ、そこにいつもあるのは、自分の信念のみ。


「ははっ……さっきからボロボロだったけど、さらにボロボロになったな緋那」

「ふっふっ……そっちこそ」


『『『…………………………』』』


 観客や司会のビックラビット、解説の蓮までもが固唾を飲んで成り行きを見守る。

 決着が近いのは、観客も戦っている当人達も自覚していた。


 ーー残り時間、5分。

 終わりの時は刻一刻と迫っていたのだった。




 ーー???ーー


 ある女は試合が良く見れる観客席に足を踏み入れていた。


「……彼女が花山緋那ね。実際に見たのは初めて……だと思っていたのだけど、あの時急いでいたからぶつかったことにすらよく気が付きませんでしたわ」


 かつて、緋那が予鈴鳴って急いでいるところぶつかって謝る暇もなく立ち去った女生徒がさいた。その女生徒こそがこの女ーー波風彩里なみかぜいろりであった。

 ピンク色の長髪、紅い瞳を持ち、何より特徴的なのは、その豊満な身体であった。あらゆる異性を一瞬で虜にしてしまうほどの恵まれた身体であったが普段はカモフラージュとして黒髪のカツラを被り、地味めな大人しい生徒を装っている。身体も能力によって可変させることができるため、変装技術も持ち合わせている。

 偶然とは恐ろしいもので、既にあの時お互いにニアミスしていたのだ。あの時、どちらかが気づいていればまた結末も変わったのかもしれないが、それはまた別の話である。


「それにしても皆試合に夢中ね……私は戦略性を感じる数十分前の戦闘のほうが好みだけど、彼らの戦いには何か惹きつけるものがあるのね」


【聞こえているか、彩里。こちら鳶沢だ。応答願う】

【聞こえているわ。そろそろ貴方も動いてちょうだい。できるだけ派手にお願いね。この会場も包囲させてもらったし、青色も学園長も他のどこにいるかも知らない『五英将』とやらも増援に来ないわ。ここで確実に緋那の戦意を削ぎなさい。邪魔するやつは殺しても構わないから】

【了解した。では、こちらも動く。そちらもご武運を】

【ええ】


 念話テレパシーを解除すると彩里は気持ちを切り替えるように持ち場につくことにした。


(さて、と。計画も順調なことだし、そろそろ動き始めないとね。あの女に結界から出られる前に行動を起こさらないと)




 ーーステージサイドーー


「次の攻撃で最後、だな……」

「……どうやらそうみたいだね」


 激しい肉弾戦の末に、彼らは時間という壁にぶち当たった。そこで、2人は最後の最後で最高の技を繰り出して、どちらか立っている方を勝者とすることに決めた。


「覚悟、しろよ……緋那。この技は俺の全身全霊を込めた一撃だ。避けることは許さねぇ……」

「それはこっちの台詞よ……八条こそ、避けないでよね」


『お、お互いの技をどうやら食らいあって最後に立っていた方が勝ち!! という勝負で同意したそうです!

 これが正真正銘最後の一撃となります!! 勝利の女神は一体どちらに微笑むのか!! 正直、私はどちらが勝つか全くわかりません!!』

『当初、会場の9割の人間は八条が勝つと予想していたことと思うっす。しかし、こうして戦ってみるまでは分からない。それがこの本戦の醍醐味だと思います』

『さぁ!! 花山緋那VS《ヴァサス》八条悠星! ここで大詰めです!!!』



「うおおおおおおお!!!!」

「はぁああああああぁ!!!」


 お互いに、残り僅かなエネルギーを全て込める。僅かなエネルギーを込めているとは思えないほどの突風が会場を覆い尽くす。そして、時はきた。


「『瓦解土崩がかいどほう』!!!!」

「『乾坤一擲けんこんいってき』!!!!」



 お互いの技が同時に炸裂しーー激突した。

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