第8話 熱戦! 接戦! 大激戦!!
ーーステージサイドーー
試合開始から10分が経過した。
2人は、凄まじい肉弾戦を繰り広げ、時には緋那の方がヒットアンドアウェイで攻撃し、なにやら小手調べをしているようにも見受けられた。
『は、速い! このビッグラビット、凄まじい戦闘に実況が追いつきません。こ、これは両者互角、なのでしょうか!』
『いいや、違うっす。確かにパッと見だとどっちもどっちだと思うすけど、よく見てみください』
『あ、あなたはっ……!』
そう。『五英将』の1人である瀬戸内蓮である。
とある用事を終え、どれだけ儲かっているかを確認した彼は嫌々解説に戻ってきたところだったのだが……自らの推し株である悠星が試合をしているのを見かけて現在に至るのだった。
『どこに行ってたんですか! 今までビッグラビットがどれだけ大変だったか……』
『ん? 知らないっすよ。そんなの』
『ひ、ひどい……』
何やら司会と解説が揉めているようだったが、ステージにいる2人にはどうでもいいことだ。それよりも、先程蓮が言った通り、この2人の戦いは互角に見えてその実、そうではない。
なぜなら……
「ぐっ……」
緋那の攻撃は一切効いていないからである。この10分間、ありとあらゆるところを攻め立てているが、効いている様子が見受けられない。
本戦の性質上、相手の能力は完全初見で攻略しなくてはならない。そのため、緋那には小手調べが必要であった。対して、悠星の能力はその必要がないため、相手の様子を十分に見て対策を練ることができる。故にこの10分間では互角に見えてきた勝負にも若干の開きが生まれる。
「緋那、そんな攻撃じゃ俺にかすり傷1つ付けることはできねぇよ? このままタイムアップまで持ち込めば俺の勝ちになっちまうぜ?」
本戦の模擬戦では場外がない。なので、制限時間内に気絶しや降参がなかった場合も考えられる。その場合のルールだが、
「もし、制限時間内に決着しなかった場合はお互いの残りのエネルギーを数値化できる水晶に手をかざして、より多くのエネルギーが残っていた方の勝ちになる。この辺のルールは緋那も知ってんだろ」
「もちろん」
これまでの戦闘を見ても、悠星の戦法は単純だ。
相手のエネルギーが尽きるまで攻撃を受け続けて、気絶を狙うか。もしくは、時間内に勝負がつかなかった場合は彼が言った通り、残りのエネルギー残量で勝つ方法。どれも泥沼戦法である。
彼の能力はエネルギーを使用するものではなく、生まれ持っての体質のもの。エネルギーを使うまでもなく、勝負が決まるため使う必要がないのだ。
その事実にこの10分でどうにか辿り着いた緋那であったが……能力が分かったところでどうしようもないのが一番の問題点である。
(どうやって勝てばいいかなこれは……)
肉弾戦をしていて分かったが、彼は持ち前の不死身を使った戦法をしているが決して不死身にばかり頼っているわけではなかった。
長年の鍛錬に裏付けられた、引き締まった身体。
ただ殴る蹴るではなく、攻撃を受け流したり、逆に合気道の要領で相手の力を利用することも心得ている。こちらが完全に攻撃をガードしても手と足が痺れてダメージが残るくらいだ。
……強い。伊達に優勝候補と言われているわけではないということを緋那は身をもって知った。
「さぁて、緋那。俺はこうしてまた再戦できる日を楽しみにしてたんだ。そろそろ本気で行くぜ」
……え? 今まで本気じゃなかったの?
緋那は心の声が漏れそうになるが、辛うじて抑える。
「……今までは本気じゃなかったのね」
「そういうお前もだろ? この10分間はお互い、ただの小手調べ。ここからが本番だろ?」
『おっとぉ! どうやらこの2人! 先ほどの速く激しい肉弾戦を繰り広げて会場を盛り上げていたというのに、まだ本気ではなかった模様! 解説の瀬戸内さん、この物言いに対してどう思われますか?』
『そうっすね。悠星も花山さんも今まで小手調べで抑え気味、っていうのもあったんすけどやはりお互いに上を目指して次の本戦に備えようとしてたと思うわけですよ。けどこのままじゃ埒が明かないのは明白っすから、お互いに上に行くのよりも今目先の敵をどうにかしようと思った、と考えられるっすね』
『ふむふむなるほど……ちなみに瀬戸内さんはどっちに勝つと賭けていますか? やはり主催者側としては八条さんで?』
『まぁ、そんなところっすね。彼には俺自身、100万賭けているんで』
『100万!?』
蓮の発言に会場全体がざわつく。
100万ーーと言っても学内通貨で実際は全く使い物にならないものだが、学内では実際のお金と同じくらい流通しており、その学内通貨のことを近代の日本にちなんで『両』と呼ばれている。最も近代の日本とは違い現代の日本円と同価値ではあるが。
つまり、1両なら1円だ。そして、肝心の蓮が悠星に賭けた金額だがーー
その額、先ほど彼が述べた通り、100万両である。
いくら、学園内通貨とはいえ、かなり破格の賭けである。この通貨は学園の食堂や何らかの交渉の時に使える紙幣のため、多く持っていて損はない。むしろ、特をすることが多い。その流通した通貨をこの模擬戦でこれほどまでの額が賭けられるのは異例中の異例だ。
普段、賭けられるのはせいぜい1万両とかその辺りである。その100倍ともなれば会場もより大盛り上がりで学内の経済も回るというものだ。
『そ、それは確かに賭けが盛り上がるわけですよね……納得であります……』
『だから、彼には勝って欲しいところっすね』
「随分と瀬戸内先輩から期待されてるよね八条って」
「まぁな。できるだけ先輩の期待には応えたいとは思ってるけど、ちょっとばかし荷が重いかな。ま、そんなの気にせずに楽しんで俺は勝負したいと思っているぜ」
「なるほど、ね」
「それじゃあ本気で行かせてもらうぜ」
彼の動きは決して人間を逸脱しているわけではない。そのため、目とエネルギーの微妙な流れで彼の動きは捉えることができるがーー
(……接近戦は得策じゃないな)
緋那の能力の持ち味は遠距離、近距離の他にも中距離で戦闘をこなすことができる点である。それを利用しない手はない。だから彼女は冷静に、距離を詰めてくる悠星を振り切るように上空へと上昇する。
『花山選手、飛んだぁー!!? これも能力の応用、でしょうか!』
『これは彼がどう対処するのか見物っすね』
「あ! てめ、ずるいぞ!」
「別に、空を飛ぶことがルール違反なんて書いてないでしょう?」
彼の不死身は確かに厄介だ。
強制的な泥仕合を強いられ、そして1番美味しいところを持っていく。悪質この上ない。現状、空を飛んで難を逃れるだけでは相手の思う壺と言ってもいい。
「だったら、こっちにも考えがあるぜ!」
「考え……?」
「例えば、な。こうやって……」
悠星は勢いよく駆け出したかと思うと、ステージと客席の間にある壁を蹴り上げて緋那めがけて蹴りをお見舞いしようとする。
「おらああああああっ!!!」
「!? あぶなっ……」
『な、なんと八条選手! 驚異的な身体能力で壁を蹴り上げたかと思えば、そのまま花山選手めがけてドロップキック!!!』
『外しちゃ意味ないっすけど、アレはそのうち当たりそうっすね』
「へ! 空中に浮いているからって油断するんじゃねぇぞ。まだいくらか方法はあるぞ。そっちが中距離や遠距離で勝負しようとするなら、こっちは無理矢理にでも自分の土俵に引きづり出すまでだ」
「ちっ……」
距離を取ったら、次は悠星の足場を崩すために緋那はステージの破壊を試みるーーはずだったが、これはおちおちしていると足元を掬われかねない。
緋那がそう考えているうちに悠星は自らの有力な土俵に乗せるために追い打ちをかける。
「おいこら緋那! まさかお前このままやり過ごすんじゃねぇだろうな? 俺との勝負に逃げんのか?」
『八条選手! 花山選手に対してまさかの挑発だぁ!』
『彼も考えましたね。彼によれば花山さんとはライバル関係にあるそうで、これまでに何百回と対決したことがあるそうです。この挑発に彼女が乗ってくるか来ないかで勝負が決まってきそうっすね』
「逃げるつもりなんてないよ。私は八条との勝負に一度だって背を向けたことはないからね」
「へっ……それじゃあかかってこいよ緋那」
「それではお言葉に甘えて」
そう言うと緋那は構えて、八条に向けて手をかざす。
「『暴風』!!!」
「……ッ!?」
最大瞬間風速にして、300キロメートル以上。
これが、今の彼女が出せる最高最大の火力である。
「ぐ、ぐぉっ……!」
並の人間ならかなりの深手を負うはずだが、悠星の不死身の身体には傷一つ付けることはできない。けれど、緋那の目的は悠星の身体を壊すことではなく、ステージを壊すことにあった。
ステージを壊し、その破片を緋那は遠隔操作して超スピードで悠星めがけて飛ばす。
「よ、避けきれねぇ……!」
『花山選手、凄まじい暴風を繰り出したかと思えば、その暴風で壊したステージの破片を利用して攻撃しているようです!』
『…………なるほど』
『おっと解説の瀬戸内さん、何かお分かりになったので?』
『おそらく、花山さんはステージの破片を利用して悠星を閉じ込めるようです。もし、その状態が時間制限まで続けば、自動判定と我々のジャッジで戦闘不能と見なされるっす』
『つまり……?』
『はい。いくら彼が身体能力に優れた不死身と言ってもそれはエネルギーに頼らないもの。つまり、生身の人間がどれだけ頑張ったとしても、あの破片の塊から逃れることはできないはずっす』
『だったら、八条選手もエネルギーを使えばいいのでは?』
『それは無理っすね。彼の特殊体質がそれを邪魔しています』
悠星の不死身や氷雨の眼のような特殊体質は、その『歪さ』と『強力さ』故に生まれつき扱えるエネルギーの量が少ない。多くのリソースを特殊体質に割いているからである。
そのことを理解するには、緋那のように特殊体質を持たない人間と悠星のように特殊体質を持つ人間の違いを知る必要がある。
例えば、目の前に赤いコップ、青いコップ、黄色いコップがあったとする。
赤いコップ、青いコップに水があらかじめ入っているのが悠星。
全てのコップが空なのが緋那だ。
これらが何を示すかと言えば、それは器の大きさとその使用用途である。悠星のコップは水が常に入っている状態であり、何もしなくても水が注がれ、喉が渇いた時や自分の好きなタイミングで水を飲むことができる。
対して、緋那は自分の力で飲み物を取ってこなくてはならない。取ってこなければ、永遠にそのコップに飲み物が注がれることはない。
こうして見ると前者の方がありがたい話で都合がいいように聞こえるが、実はそうではない。悠星の持つ赤と青のコップは水しか入れることができない。コーヒーや紅茶、ジュースなどは黄色いコップにしか入れることができない。
だが、緋那のコップは違う。
確かに自力で取ってこなければいけないという点はデメリットに聞こえる。しかしそれは、どの色のコップにも好きな飲料を入れることを意味する。自分がとってきた飲み物であればどの色のコップにも入れることができ、なんなら赤と青のコップの飲み物をかき混ぜて飲むこともできる。
このように、悠星と緋那の持つコップは根本から全く違う性質のコップであり、常に注がれる水こそが特殊体質の正体であり、水以外の飲料がエネルギーである。
故にーー赤と青のコップからは水しか注ぐことはできない。エネルギーを使おうとしても黄色いコップしか使えないために緋那のように全てのコップを自由を使えない以上は、自分の特殊体質とわずかなエネルギー技術で勝負するしかないのである。
『ということは、この勝負は花山選手の勝ち、ということでしょうか……?』
『いえ、まだ彼にはーー』
「……?」
ここで、緋那も違和感に気づく。
緋那はステージの破片を使い、能力を用いてより強く閉じ込めていたのだが、
それは確かな抵抗で、徐々に強力になっていくのが手に取るように分かった。
ただの特殊体質の不死身だけでは説明できない
緋那がそう思ったと同時、ステージの破片は跡形もなく、バラバラに砕け散った。
「どうなっているのこれ……」
三色のコップの原理を知っているからこそ、緋那は目の前の現実を信じられなかった。ーーなぜ、彼は自分のエネルギーを跳ね除けてあの場に立っているのかと。
「考えたな。不死身でも封印や戦闘不能状態に等しい状況になったら負けになる。あの方法ならわざわざ時間までエネルギーで抑えつけなくてもいいわけだしな。だから奥の手を使わせてもらった」
「奥の手、だって?」
「おっと。お喋りか過ぎたな。一応、警告しておくぜ緋那。俺を今までの俺と思うなよ?」
「どういうこと……?」
「戦ってみれば分かるさ。続きを始めようぜ」
悠星は自信に満ち溢れた表情でそう言った。
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