第7話 激突!ライバル対決!
「うわぁ……」
「なん、だと……」
氷雨は緋那と悠星は本戦の組み合わせの発表があるということで、仕事の合間を縫って様子を見にきた……のだったが、その組み合わせがーー
【第1試合
花山緋那VS八条悠星
この2人はすぐに第1体育館にステージに向かうこと。他の組み合わせはこの2人の試合後に発表するものとする】
「よっしゃああああああ!!」
ある者は喜び。
「最悪だ……」
ある者は嘆き。
「ひ、緋那……だ、大丈夫ですよ絶対勝てますから!」
ある者は励ます。
氷雨が彼女の様子を見にきたらこれである。普段弱音を吐かない彼女がここまで弱気になっているということは、よほど嫌なのだろうと容易に想像できた。
「うぅ……」
「緋那がここまで弱気になるとは……」
氷雨は知る由も無いが、緋那と悠星はこれまでに300を超えるバトルを繰り返してきた。大食い競争、じゃんけん、50メートル走などなど……勝負は多岐に渡る。その中で彼らはたった一度だけ今回の模擬戦のような形式でガチバトルをすることがあった。
結果から言えば、緋那のボロ負け。
オマケに完膚なきまでに叩きのめされた。
別に、大きな実力差があったわけではない。両者の実力はほぼ五分と五分。では、どうして緋那は負けてしまったのか。なんてことはない。勝てなかったのではなく、勝つための手段が現実的ではなかったのだ。
悠星の肉体は朽ちることのない不死身の身体。それ故にあらゆる攻撃、エネルギーによるアプローチが通用しない。彼を倒すにはそれこそ、封印系統の能力を使うしかない。そして、当時の緋那の能力ではそんなことはできなかった。
それが原因で緋那は悠星とはぶつかりたくなかったのだ。
「この勝負、俺が頂いた。場外がない模擬戦の本戦なんて俺の独壇場だからな」
バトルロイヤルでの恩義を忘れたかのように掌くるくるをする悠星に対し、緋那は特に言い返す気にもなれずに姿が見えなくなるまで途方に暮れていた。
「緋那……そこまで勝算がないのですか?」
「ないよ……私もさっき模擬戦の本戦のルールについて八条から聞かされたけど」
模擬戦の本戦はバトルロイヤルから勝ち抜いた8名で行われる。ノータイムで行われるため、バトルロイヤルでいかに体力やエネルギーを温存してきたかで勝敗が変わると言っていい。そこまでは緋那も知っていたことだ。だが、問題はここから先の話だった。
ーー本戦では、お互いの能力を知らない状態で臨むものとする。
要約すると、本戦のステージは特別な仕様になっているらしく、公平を期してより実践に近い形式にするために相手の能力に関する記憶だけがそのステージ上では消される。
そのため、緋那の勝算はさらに薄くなる。初見からあの不死身の能力を攻略しなければならないのだ。仮に今彼の不死身への有効打を知っていたとしても、試合中はぽっかりしっかり忘れてしまうというわけだ。
「それであんなに嘆いていたのですね……」
「うん……けど、泣いていたって始まらないし、せっかく本戦に出られたんだからしっかりしなきゃね」
「そ、そうですよ! それでこそ緋那らしいです! 諦めていたら、勝てるものも勝てないですし!」
「ありがと、氷雨。私、行ってくるね!」
不安と焦燥を胸に緋那はステージに向かった。
『さぁ! いよいよ模擬戦の本戦が始まりますぅぅ!!
皆さん、盛り上がってますかぁ!!!』
「おおおおおおおっっ!!!!」と会場からは元気な声が響き渡る。ビックラビット……どうやらそれなりに人気があるらしく、ビックラビットのヘンテコなグッズまで販売しているようだ。しかも完売している。恐るべき、ビックラビット。
『それでは会場が暖まったところでぇ!! 第1試合ぃ!
第2体育館から第1体育館に移動したのは、このためだと言わんばかりに選手入場の入り口からステージにかけて派手な色の煙が勢いよく吹き出し、選手達の入場をより目立つように演出する。
今まで緋那はこの光景を観戦席から観る側であったが、今回は出場する側としてこのステージ側に立っている。
(ちょっと緊張するな)
こんなにたくさんの人達の目の前で本格的なバトルをするのは稀だ。ちゃんとできるだろうか。そんな風に緊張していると、ビックラビットは間髪いれずに「両者、ステージへ!」と促してくる。ステージに上がるとその緊張はより一層深くなって、頭の中が真っ白になりかける。
悠星はその緋那の様子を察したのか、こう尋ねてきた。
「緊張してんのか? まぁ、無理もねぇさ。さっきより人も多いしな。俺も最初にこの場に立った時は緊張してたもんさ」
「へぇ。八条でも緊張したんだ」
「まあな。正直、今もちょっと緊張してるくらいだ。優勝候補なんぞ言われてはいるが、正直お前を倒さねーと優勝候補なんて言われても素直に喜べないからな」
「……それってどういう意味?」
悠星が緋那を警戒する理由が彼女にはイマイチ、ピンとこない。1度勝っている相手には普通は余裕を持つものばかりだと。少なくとも緋那はそう考えていた。
しかし、返ってきた答えは緋那の考えと真逆のものだった。
「だってそうだろ。確かにさっきは独壇場とか言ったし、前に勝負した時は俺の勝ちだったけど……それはそれ。今回はそうとは限らない。あの時から時間は経っているわけだしな。だから、俺が1番警戒しているのはお前だし、それ以外だったら正直負ける気がしなかったってわけ」
「…………」
緋那は目をパチクリさせた。
まさか、こんなに警戒されているとは思いもしなかったからだ。一回の負けから学ぶことはよくあるが一回の勝ちからも油断せずにちゃんと学習する。それができるのが悠星という人間の本質なのかもしれない。
「そーゆーわけで、1番厄介なやつが1番最初に当たってラッキーって思っているぜ。ここで倒してしまえば、優勝もより確実になるしな」
「……このポジティブ小僧」
前言撤回。
どうやら、前向き思考が極端に強かっただけらしい。
『それではぁ!!! 始めてください!!!』
ビックラビットの掛け声で、模擬戦の本戦が幕を開けた。
ーー青色サイドーー
「む……これは一体?」
主犯格を追っていた青色はふと違和感を覚えた。そしてその違和感は数秒としないうちに確信に変わる。
「このエネルギーは……」
主犯格の居場所だった場所に青色が踏み込む。そこは模擬戦とは関係なく、現在は使われていない人気のない教室だった。
見渡す限り、不審物や違和感があるわけではないーーと思ったその瞬間だった。
教室の角に刺さっていたナイフから結界が張られた。
「む。これは……」
エネルギーを使った技法の中でもかなり上位の結界だと青色は直感する。理論上では、内側からでは絶対に破れない結界の1つである。
「
青色は手から波動を飛ばして、4つの床に刺さっているナイフを破壊しようと試みるが、全くびくともしなかった。よく見ると、4つのナイフの他にも教室の真ん中に一本のナイフが机の上に刺さっていた。そのナイフからは……
「この異常なエネルギーを放っているナイフは……」
ナイフに込められたエネルギーの総量はおよそ人間が込められる量を超えていた。このナイフのせいで青色は直前まで犯人がこの教室にいないのが気付けなかったのだ。
『はぁい♡ 乾青色さん』
「……!」
突如として、机の上に刺さっていたナイフが喋り出した。どうやら、犯人の主犯格はナイフを媒介として色々な用途に合わせて使う能力の持ち主……と青色は推察した。
「……貴女が犯人ね」
『いかにも。貴女が1番強そうで相手にしたくなかったからこうして結界に閉じ込めてしまいました。まんまと引っかかってくれて
「これで閉じ込めたつもりかしら? この程度の結界なら私は出られるわよ」
『でしょうね。貴女ほどの使い手ならば抜け出せる手段はいくらでもあるでしょう。そう時間をかければね』
……図星だ。
確かに青色ならば、抜け出せる手段はある。だがその手段とはどれも時間がかかる上、すぐに出られるわけではない。
『私としてはそれで良いのです。別に貴女をここに永久に閉じ込めたいわけではないもの。要はーーこの模擬戦中はここに貴女にいて貰えればいいわけですから』
「……貴女の目的はなんなのかしら? あの娘の能力を妨害していたのも貴女でしょう。返答次第では結界を破った後、貴女は間違いなくタダでは済みませんよ?」
先ほど、青色が会場で一瞬放った殺気よりも遥かに強力な殺気だ。結界内でなければ、学園全域にいる生徒が悪寒に襲われたことだろう。
『あら怖い。でも、目的を言うわけにはいかないわ。だってまだ始まったばかりですもの』
「始まったばかり……?」
『念のために忠告して差し上げますわ。これ以上花山緋那に近づくのはやめなさい。彼女は
「なに? それはどういうーー」
『では♡ しばらくそこで大人しくしてなさいな。バーイ♡』
「待ちなさーー」
青色が言い切るまもなく、相手からの一方的な通信は切れてしまった。
「ちっ……」
思わず、舌打ちをする。
さっきはああは言ったが、今の青色ではこの結界から出るのは不可能だ。出れるとしたら、それはこの結界の時間制限だ。これほど強力な結界ならば必ず時間制限があり、強力な結界であればあるほどその法則は当てはまる。
そしてーー
「この結界にもいくつかの弱点があるわね」
まず、この結界は外からは比較的簡単に解除できるということ。内側からでは基本的にどうしようもないが、外側からならナイフを1つでも教室に入ることなく壊すことができれば、この結界は解除されるはずだ。
次に、時間制限があること。
これは青色の推測だが、おそらく1時間といったところだろう。その根拠は第1試合のカードが終わるのがちょうど1時間後であることから裏付けられる。
肝心なのは、その第1カードが緋那が戦う本戦であることだ。必ず、そこで仕掛けてくる。
ここで問題点が発生するのだがーー通信手段がない。結界によって
「今は模擬戦で校内に人がいない上に……ここは普段人が寄り付かない場所。結界の脆さを熟知し、自分の能力を最大限に生かす。並の能力者ではできない芸当だわ」
『五英将』にすら届き得るほどの実力を持つ少女。『五英将』に女性は1人しかいないが、彼女は自身の持つ『派閥』の頂点にいる人物だ。それに、彼女の能力はナイフを使う能力ではない。となると……
「外部の人間、かしら」
しかし、 その可能性は薄い。
いくら今が模擬戦の最中と言っても、外部から入る人間は厳選され、隈なくチェックされる。風紀委員会、生徒会、理事会、『五英将』の面々が協力して行われるほどに厳しいのだ。青色ですら、その監視網を潜り抜けるのはまず不可能だ。
「……まぁ、犯人は十中八九うちの生徒でしょう。問題は私にもナイフを使う能力を持つ女生徒が思い当たらないということね」
青色は霧峰学園全校生徒の顔と名前、そして能力を全て把握している。その上で、思い当たらないとなると経歴詐称をしているか、まだ能力の全容を明らかにしていない生徒が犯人の候補となる。しかし、
「多すぎてそれでは絞れない……犯人探しは後回しかしら」
ぐったりと横になって、出れない結界に対して青色は白旗を掲げた。
ーー蓮サイドーー
青色が結界に囚われていることなど露知らず、蓮はとっくに犯人達を捕まえていた。だが、その犯人達は……
「人間……じゃないっすね、これ。人形の
それにしても、よく造られている。
触るだけで体温が分かり、髪質から足の爪先まで。見ればみるほど人間らしい。1つ違いをあげるとすれば……
「この《ナイフ》が原動力になってたっぽいっすね」
そう。背中に埋め込まれていたナイフだ。これで蓮と青色を錯乱させていたらしい。しかし、よくできた人形だ。ナイフを抜くまでは延々と動き続け、真意を見抜かれたと見るや蓮に向かって攻撃してきた。
「どうやら、能力妨害をしていた男っていうのもこいつか。まさか、人形に能力を
蓮自身、そんなことをされたらたまったものではない。正直、自分じゃなくて良かったと肝を冷やしている。
「さてさてー。この人形はどうしますかねぇ……とりあえず動けないようにロープかなんかで縛っておくか? あー……でもこのナイフさえ無ければ動がないんなら、この教室に置きっぱでもいいのかなぁ。細かいことは青色さんに任せるってことで」
そう楽観的に考えると、蓮はこのナイフに目をやる。
「とりあえずこのナイフをぶっ壊したら、青色さんの連絡を待つかぁ。向こうから連絡をくれるって言ってたし」
バキン!!!
それは、一瞬の出来事だった。
蓮が一瞥した数本のナイフは細切れになったのだ。
「さて、と。会場に戻りますかぁ。試合の賭けの主催者俺だしそろそろ戻ってどんだけ金が入ったか確認しないとなぁ」
蓮は若干うきうきした感じで人気もない教室から立ち去った。
その教室のちょうど真上が青色の閉じ込められている教室だとも知らずに。
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