第6話 思惑

 ーー観客サイドーー


「1、2、3……あと何人いるのかしら」


 青色は呆れた様子で周りを見渡す。彼女は妨害ジャミングを搔き消す電磁波を出しているのと並行して、その妨害ジャミングを試みようとしている者を特定するための電磁波も同時に放出していた。

 緋那の能力発動を妨害ジャミングしている能力者は多くても2人と見積もっていたのだが、計算が甘かったようだ。

 まさかこんなに大掛かりでたった1人の女の子の邪魔をしようとしていたなんて……


「……腹立たしい」


 若干、殺気が漏れる。

 それは一瞬の出来事だったのだが、たったそれだけの動作で彼女の近くにいた観客の多くが嫌な脂汗が背中に伝ったことを自覚した。それだけではない。止まらない震え、本能的に自分が弱者だと決定づけるほどの確信。しかし、それにただ1人。動じずに駆け寄ってきた者がいた。


「やっぱり、青色さんでしたか……もしかしてご立腹?」

「君は……瀬戸内君ね。というか、解説に呼ばれたんじゃなかったのかしら?」


 青色のエネルギーに臆すことなく、話しかけてきたのは、解説をバックれていた『五英将』序列5位の瀬戸内蓮であった。

 赤い髪に翡翠色の瞳が特徴的な少年で、髪は寝癖がついており、本人はあまり気にしていない様子だった。


「解説は正直めんどいので抜け出してきましたわ。こーゆー模擬戦は普通に観客として観るのが一番なのにビックラビットのやつ、しつこいんすよね」

「ふむ……確かに一理あるけど、貴方も今の風紀委員長を推薦するのに大分しつこかったわけだし、人のこと言えないと思うわ」

「ははっ。それもそうっすね。これは一本取られました」


 風紀委員長を決める件はともかく、確かに青色も蓮と同じ立場であったなら、同じ行動をしていたかもしれない。その考えに共感した青色はあまり強く言うことなく、肯定する。


「それにしても、青色さんがここにいるのは珍しいっすね。普段は保健室から出てこないのに」

「あなたがいうところの“推し株”がいるのよ。だから、直接見に来たの」

「へぇ。それは花山緋那っていう娘で?」

「ええ。よく分かったわね」

「青色さんが推すくらいだからどこか絶対に見所がある娘だと思って。それに、彼女はダークホースで今日に来て初めて活躍している。で、青色さんが出てきたタイミングから考えても辻褄が合うかなって思いましてね」

「それもそうだったわね」


 青色は本来、学校にすら行く必要がない。保健室で先生の代わりに仕事する必要もない。要は青色の気分次第なのだ。

 だが、本当に。


 


 彼女が学校を卒業するまでは、この学園にいてもいいと思えるくらいには青色も期待しているのだ。


「青色さんが言うだけあって彼女は確かに強い。が、まだまだ荒削りで俺からみたら一般生徒よりは多少秀でている程度でしかない。一体、彼女のどの辺りに惚れ込んだんすか?」

「そうね、言葉ではあまり説明がつかないのだけど。これは予感みたいなものよ。私がそう思ったからっていうだけ。他の人にはわからない感覚ってあるでしょう? あれと同じ」

「ま、詮索しておいてなんですけど今んところ彼女には興味があんまり湧かないっすね」


 それもそうだ。蓮からすれば緋那はぽっと出のダークホースという認識でしかない。青色の気持ちがわからなくて当然だ。


「それで? あなたのことだからそんなくだらないことを聞くためだけに私に会わないでしょ。今日会うのですら久しぶりだったのに」


 蓮は青色に用がある時は、今までただの1度も例外なく、必ず要件を携えてやってくる。目的や根拠、合理性もなく、行動しないタイプだ。青色にもそういうところがあるからわからななくもないのだが。


「あー。それはですね。青色さんから、ちょっと確認しにきたんすよ」

「……あら、あなた分かっていたのね」


 蓮の能力は、微力な電波や電磁波にも敏感な能力のため、彼もまたこの模擬戦の異変に気づいていたらしい。


「んー……前の2回前の大会から能力を妨害ジャミングする電波が流れていたのは分かっていましたけど。誰が何のためにかまではさっぱり。だからこうして青色さんに確認しにきたんすよ」


 下手に嘘をついても事態がややこしくなると踏んだ彼女は緋那には悪いが青色は全て話すことにした。もちろん、口止めも忘れずに。


「ほぇー。なるほどなるほど。そんな事態になってたんすね。それで、青色さんはこの会場全域に花山の邪魔が入らないようにしていたってわけですね」

「そういうことになるわね。犯人の居場所までは特定したけれど、どうやら主犯格がいないみたいなのよね。だから、あなたが来なければ、犯人達を捕まえて主犯格の居場所を聞き出そうと考えたんだけど……」

「うへぇ……妨害ジャミング阻止だけじゃなくて捜索主体の領域フィールドまで同時に広げていたのかよ……エネルギー底なしお化けって呼ばれるだけのことはあるな……」


 領域フィールドとは、自分の能力の範囲を拡張する技法のことで、その領域フィールド内はノータイムで能力発動ができる。例えば、炎の能力者が半径10メートルの領域フィールドを作った場合、その10メートル内はその能力者のテリトリーであり、その中であればどこでも、ノータイムで好きな時に能力を発動することができる。


 能力によっては、その領域フィールドに入った時点で即詰みできる強力な技法だが、弱点もある。それはエネルギーが大量に必要であること。

 そのため、持続するだけでも大変な場合が多く、並みの使い手は広げる範囲にもよりけりだが、せいぜい30秒が平均的だ。領域展開が苦手な者には逆にエネルギーの大量消費により、状況が一気に不利になることがある。

 しかし、青色の場合、


 会場全域……どれだけ甘く見積もっても半径2キロ以上を捜索性の高い領域フィールドと能力妨害阻止の領域フィールドを二重に展開しているのだ。


 蓮がエネルギー底なしお化けというのも納得がいくというものである。


「誰がエネルギー底なしお化けよ。私だって底はあるわ」

「どーせその底がマリアナ海溝並みなんでしょう??

 俺は騙されねーっすよ!」

「何故マリアナ海溝に例えたのかしら……」


 蓮の例えのセンスはともかくとして、青色は話を本題に戻すことにした。


「それでさっきの話の続きだけれど。私は犯人達を捕まえる。私は主犯格を探すから、あなたは複数の犯人達の方を受け持つ。そういう手筈だったわね」

「ちょっとたんまたんま!」


 思わず、蓮はたんまをかける。


「なんか勝手に話が進んで俺が犯人達を捕まえる話になっているんすけど!? 一体な何が……」

「あら? 現行犯であれば、捕まえる権限が風紀委員長じゃなくてもあると思うのだけど?」


 霧峰学園の風紀委員会は校則の乱れを抑制するために、現行犯でなかったとしても捕まえる権利が一部の例外を除いて存在する。しかし、風紀委員ないし風紀委員長でない者はその権利は例外を除き、存在しない。

 しかし、一般の生徒でも法律と同じで現行犯であれば犯人を捕まえる権利がある。だから青色はそれを見越して提案、協力を求めているわけなのだが。


「主犯格の位置はもうちょっとで特定できそうだから。あなたには犯人達を全員捕まえてほしいの。前風紀委員長としては、この手の悪は許せないのではなくて?」

「むぅ……」


 青色の言うことは最もだ。前風紀委員長というだけではない。明らかな不正の手がかかりを目の前にしておめおめと引きさがれるほど、蓮は甘い考えの持ち主ではなかった。


「……わかりました。やります。けど、主犯格の位置も特定できるんすか? これはただの直感っすけど、主犯格は相当の……」

「いた。見つけたわ。あなたの脳には犯人達の居場所を直接情報を送るわ。もし、場所を変えたり、観測できなくなったら、随時知らせるから」

「……合点っす」


 こうして、バトルロイヤルが盛り上がる中、彼らは裏で協力して主犯格を潰すことにしたのだった。






 ーーステージサイドーー


「くっ……」

「ちっ……」


『花山選手と八条選手! ここまで健闘してきたが、流石に苦しいのか表情が険しいぞぉ!!』


「ここまで散々翻弄されてきたが……それもここまでだ」

「全くだ。優勝候補の風紀委員長はともかく、こんな無名なやつをいつまでもつけあがらせてたまるかよ」


 緋那と悠星は苦戦を強いられていた。

 人数自体は半分の10人に減ったものの、やはりここまで残ってきた強者だけあって、必死に食らいついてくる。エネルギーに余裕を持たせるーーなんて虫のいい話はどうやらないようだ。


「おい緋那。残りのエネルギーはあるか? 俺はすっからかんだ」

「……嘘ばっかり。八条の不死身は生まれついてのもの。そして生まれ持った特殊体質はエネルギーを必要としない。だから、使

「なんだ。知ってたのか。けどよ、体力が減るのは事実だぜ? 精神的にもそれなりに来るもんがある。それに、場外に落ちないようにするのも一苦労だしな。で、話を戻すけど奥の手はあるのかよ?」

「……ノーコメントで」

「その様子だとあるな。うん、それが分かればいいや。このくらいの修羅場で弱音を吐かれたら、どうしようかと思ったが、流石は俺のライバル。頼りになるぜ」


 緋那にしても悠星にしても、今まで余力を残して戦ってきた。そうしなければ、本戦で勝ち抜くのは難しいからだ。

 バトルロイヤル後にノータイムでバトルカードが組まれて即本戦に突入し、どちらかが、気絶もしくは降参しなければ終われないデスマッチだ。1時間という制限時間があるのが唯一の救いだが、エネルギーを使った戦闘の1時間は気が遠くなるほど長い。

 つまり、時間のことはほとんどプラスにならないと言っていい。だからバトルロイヤルでは体力やエネルギー温存がセオリーだが……


「全く……さっきから人を盾にしておいて自分の切り札は一切話そうとしないんだね」

「切り札ってのは隠すもんだろ? まあ、その本戦前に負けたら意味ねぇけどな」

「ほんとだよ。ここで負けるのも嫌だし、私は死力を尽くすよ。


 そう言った瞬間。

 緋那は上空へふわりと飛び上がる。と、言っても防護結界でかなり高度は制限されているのだが。


「おい、何する気だ!? ちょ、敵が俺に集中してっ……」

「なぁに、簡単だよ。要は最終的にステージに残っていた人が勝ちなんでしょう? なら、ステージを完全に破壊してしまえばいい」

「えっそれって……」

「ごめんね♡」


 緋那はそうウインクをかますと、先程の暴風とは比べものにならない出力でステージを破壊しにかかる。


「『暴風【収束法】』!!」


 収束法は先程の暴風とは違い、全体的に攻撃するのではなく、より威力が伝わりやすいように一点集中で攻撃する。それ故に攻撃力が増し、頑丈に作られていたステージをいとも容易くバラバラにする。

 念のため、2つほど足場は残すように加減はしたが今ので完全に勝負は決まった。


「よいしょっと」


『こ、こ、これはぁ!! 勝負あったかぁ!?』


 1つ目の足場に緋那が降り立つと彼女は辺りを見回す。まず彼女が見るのは2つ目の足場。1つ目の足場が壊れた時のための保険だったのが結果的にライバルに塩を送ることになってしまった。


「え……」


『え……』


 緋那もビックラビットも第2の足場を目撃して、全く同じ言葉を発し、唖然とした。なぜならーー


「ぐぬぬ……」

「おい……押すなよ……落ちるだろ」

「それはこっちの台詞だバカ。落ちたら失格になるだろうがよ」


 なんと驚くべきことに、1つの足場に悠星を含む3人が必死に小さなステージに残っていた。もちろん、それ以外は全滅だったわけだが。


『おおっとぉ!! これはなんともシュールな……な、何はともあれ!! これで、模擬戦の本戦に進むメンバーが全員出揃ったぞ!!』


「え……全員?」

「なんだ緋那、知らなかったのか。今回は参加者が多かったから、第2体育館の別ステージで同時に試合が行われていたらしいぞ」


 なかなかの醜態を晒していた悠星は何事もなかったかのように緋那に説明してくれた。


「まあ、今回に限らず、大体は並行して行われるけどな。そうじゃないと先にやった組が有利になっちゃうしな」

「あー……私は本戦進んだの何だかんだ言って今回が初めてだったからそこのところは把握してなかったかも」


 そういえば、試合中は全くエネルギーが乱れずに上手く立ち回ることができた。緋那が青色に相談したのはどうやら英断だったらしい。


(先輩、どうしているのかな……)


 緋那には少し、嫌な予感がした。


(事態を解決したなら、吉報の1つでもあるはずなのに……)


 この胸騒ぎはきっと勘違いではない。彼女はそう悟った。


(……ううん。ここは先輩に任せよう。先輩を信じて私は先輩の期待に応えられるように頑張らないと)


 緋那は、青色を信じて本戦までのあまりに短い休息を取ることに専念したのだった。

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