第2話 都立霧峰学園

 世界規模で能力開発が活発化する中で日本でも能力開発を進めるため、全国の学校で能力開発を授業に組み入れるのが当たり前となっていた。霧峰学園はその中でも特にエネルギーの座学と実践を多く取り入れている。


 生徒の多くは干城士ソルジャーという職業を目指して進学している。

 武力抗争、経済による恐慌、未知の病原菌の流行、宇宙からの未曾有の脅威などの災害となり得るものから人々を守り、救い出すことが彼らの役割となる。様々な分野・部門で活躍するため、他のエネルギーを用いた職業とは一線を画す。


 もちろんそれは、数ある職業の選択肢の一つだが、広さにして東京ドーム二個分という広大な面積を誇り、様々な分野の干城士ソルジャーに生徒がなるのを想定しているからか、飛行場や市場など、学校に本当に必要なのかと疑問に思う施設が点在している。

 地上5階地下1階となっているこの学校はとにかく干城士ソルジャーになるための施設が充実しているため、自然と干城士ソルジャー志望の生徒が集まってくるのだ。


 必要とあらば学校を平然と改造し、教育方針も学校によって縛るのではなく、教師本人に任せている部分が多いために個性の塊といえる。故に当たりとハズレの先生が激しく、テストなどの成績にも大きく影響する。


 今日は中間テストの発表日。

 結果自体はテスト終了後すぐに皆がよく通る大廊下に提示される。


 ある者はこの世の終わりような表情を浮かべ、


 またある者はまだかまだかとドキドキしながら結果発表を待つ者がいる。


 この学園ではテストの成績と順位が学年単位で張り出されるので、ある意味この学園の生徒達は平等に公開処刑にされるといっても過言ではない。

 成績が良すぎても悪すぎても注目されてしまう他、やはり友人間で成績が明白に可視化されてしまうため、競ったり、争ったりしているところもあるようだ。

 そんなカオスなテストだが、全部で7教科が基本となる。そのうちの5教科は国数社理英なのだが、残りの2教科は少しばかり異なる。


 エネルギー基礎……エネルギーを使いこなす為の座学。5教科とは違い、重要性が桁違いに高いので赤点を取った時点で最悪の場合、除籍処分となる。


 エネルギー実践……エネルギーを使いこなすために体育館で実践的な実技があり、個々に課されたノルマが終わるまで帰れない鬼畜仕様になっている。


 以上の7教科の総合で中間テストは構成される。加えて、授業点や出席日数などを総合的に判断した上で成績が出るため、中間テストが全てというわけではないようだ。

 そして、緋那もまた干城士ソルジャーを目指す生徒の1人だ。中間テストの順位が高いことに越したことはない。


「えーと……私の名前はどこだろ」


 緋那を始めとする第2学年は全員で312人在籍している。1年次の時は400人ほど在籍していたのだが、その多くが過酷な環境に耐えられず、除籍処分となるか他の学校に転校するなどの処置がなされた。それほど、この学園で生き残るのは厳しい。


「お、あった」


【中間テスト結果 花山緋那

 合計点数560点 順位50位】


 学年の人数を考えれば、緋那の順位は充分高い方である。卒業する分にも問題ない。しかし……その内訳は極端なものであった。

 国語85点、数学50点、社会(日本史)90点、理科(物理)65点、英語75点、エネルギー基礎95点、エネルギー実践100点。

 数学と理科がボロボロである。赤点こそ逃れたが、勘で書いた部分が多かったので、不安要素が多かった。次は数学と理科を重点的にやらなければ……と思う緋那であった。


(内訳は張り出されないのは、不幸中の幸いだったかもしれない……他の上位の人と比べられたらたまったもんじゃないし)


 チラッと右の方に視線をやる。

 左が成績が悪く、右が成績が良いという順番で順位が並んでいるため、左が地獄絵図、右が天国絵図になっているわけだがーーその1番右にいる人物は必然的に学年一位がいることになる。その一位とは、


【中間テスト結果 相川氷雨あいかわひさめ

 合計点数695点 順位1位】


 中間テスト、期末テストで1年次からずっと一位に居座り、全国模試でも必ずトップ5以内に名を連ねるのが相川氷雨。

 小柄な体躯、水色の長髪に白眼。近づき難い雰囲気。これは「私に近づくな」「私に話しかけるな」という感情が込められているようにも見える。

 その少女が緋那と目が合うとーー


「あ! 緋那ー! テストの結果どうでしたかー?」


 ピタリと。

 その剣呑なオーラのようなものは鳴りを潜め、打って変わって天真爛漫という言葉が似合うような笑顔に早変わりした。


「ん、私? 氷雨よりは悪かったよ」

「もう。すーぐそうやってからかうんですから……私と緋那の得意ジャンルは違うんですから、もう少しまともな受け答えが欲しかったですよ」

「あはは。ごめんごめん。でも、氷雨に聞かれても私が答えづらいでしょ。だからいつも適当な返しを考えるの結構難しいんだよ」


 そう。この相川氷雨は緋那の大切な友人でもあり、十年来の仲でもある。彼女は人見知りが激しいため、初対面の人には全く話しかけないどころか、敵意すら見せる。彼女と話せるまでになるには最低でも3週間は親身に向き合う必要があるほどだ。


「それにしても、どうしたの? さっきまでなんか怒っていたように見えたんだけど」

「はい……本当は700点のはずだったんですけど、またしても日本史で100点防止問題につまづいてしまって。普通諸説ある歴史人物の没年について記述式にしてなおかつ授業でなんのヒントもなしとか……そういった諸説は人によって考え方が違うので正解するのは読心術でも使わない限り分からないんですよ」


「あー……確かにそれはタチが悪いね。私は日本史の一部文章問題と100点防止問題は最初から捨ててるから分からなかったけど……」

「緋那もそう思いますよね? だからこれから先生に直談判しようと思っていたのです。範囲外から出すならいくらでもまだ答えようがありますが、これは勘で当たったら、ラッキー程度の問題です。非常に確率的で理不尽です」


 氷雨の言うことは最もだ。選択式なら当たる可能性がまだあるかもしれないが、記述式だと諸説がありすぎて絞りきれない。明らかに自分だけが確実に知っていそうな問題を出すのは、正直どうかと思う……と緋那は思った。


「緋那もついて来て貰っても大丈夫ですか? 人数は多い方が良いです」

「私は構わないけど……(どうせこの後も暇だし)」


 そんなこんな成り行きで、職員室まで来たわけだがーー先生は悠然と持論紛いの暴論を唱えていた。


「私は授業で 最もそれを理解出来たかどうかは生徒次第だった訳ですが」

「いえ、そんなヒントは一つだってありはしなかったです。これは事実です」


 氷雨は能力関係なしに記憶をまるで引き出しのようにいつでも取り出すことができるという。1週間前どころか1年前に自分がどこで何をしていたかを正確に覚えており、正確すぎて緋那はそれが果たして本当に正解なのかすら分からなかったほどだ。


 その氷雨ですら授業を全て受けていて、尚且つそのテストのヒントが見いだせないとしたら不正を働いているのはこの目の前にいるーー緋那や氷雨の担任である紗綾川真耶さやかわまやということになる。

 茶髪のボブ、赤い瞳を持ち体型や身長は氷雨と同じくらいといったところか。氷雨と違う点はやはり歳を重ねているからか、大人びているところぐらいか。ちなみに年齢について聞こうとするとチョークが飛んで来る。


 ……といった風に、テストの不正疑惑や年齢を聞いただけでチョークを飛ばして来るあたり、短気で性格が悪いということが見て取れる。その悪印象とは裏腹に教え方だけは上手く、結果にもしっかり自分の受け持っているクラスの平均点は抜きんでているという実績を残している。


「私がそもそも100点防止を出しているのは生徒の向上心を見ているためです。必ずしも点数=成績というわけでなく、空欄なのかそれとも書いた形跡が見られるのかそれによって私は成績を出しています。氷雨さん。貴女には何度も書いたり消したりの形跡が見られました。95点であっても成績は学年トップです。……緋那さんは残念ながらその形跡がなかったので、少し成績が下がってしまうかも知れませんが」

「うっ……」


 これは痛いところを突かれたと緋那は思った。分からない部分は飛ばして分かるところから始めるため、分からない所は結局分からずじまいで終わってしまうことが殆どである。

 対して氷雨は、すらすら問題を解いているようにも見えるが、100点を取るために誰よりも努力し、テストに挑んでいる。

 そういう意味では、真耶は緋那や氷雨を始めとする生徒をよく見ていると言える。


「なるほど。先生の理屈は分かりました。私が至らなかったばっかりに先生の意図を汲み取れず、申し訳ございません」

「いえいえ。分かればいいのです」

「ただ、分からないことがあります。それならどうして100点防止問題なのです? 成績を見極めるのなら、他にいくらでもあったはずです。これは嫌味ではなく純粋な疑問です」


 確かに100点防止問題は、個人の成績を見極める手段の1つだが、それにこだわる理由は特にないはずだ。そのことに氷雨の疑問を抱くのは至極当然のことだ。


「ふむ。まぁ、特にこだわりがあるわけではないのですよ。ただ、私が教員生活を始めてからずっとこの形式で成績を出しているだけであって、深い意味があるわけではないですよ」

「そうですか。わかりました。それでは失礼します」

「私も失礼します、ってちょっと氷雨っ!?」


 2人はそう言って職員室を後にすると、氷雨は緋那の腕を引っ張りながら学校の屋上へと向かった。

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