魔界と魔族

「戻ろうか、凜華ちゃん」


「そうですね、望田さん」


 拓人がドラゴンを倒したのを確認した希と凜華は一足先に屋敷に戻った。


 リルの部屋へ向かいながら、2人は先程の戦いについて話した


「……中に誰かいるようですね」


「リルさん……にしては早すぎるし、子供たちでもないよね」


 リルは先程天界に向かったばかりで、拓人がすぐに倒したおかげか子供たちはドラゴンには気づかなかったようで外で遊んでいる。


「……覗いてみましょう」


 そう言うと凜華は静かにドアを開いて中を覗いた。

 部屋の中は物が散乱しており、黒いローブ姿の男が何かを探しているようだった。


「ッ! 何をしている!」


 凜華は勢いよくドアを開き男に向かって叫んだ。


「チッ、思ったよりも早すぎる。ドラゴンはどうした!」


「ドラゴンなら5匹ともすでに倒しました。……ではありませんが」


「何っ!? 幼体とはいえ 魔獣化したドラゴン5匹をもう倒しただと!?」


 凜華の言葉に男は驚きを隠せなかった。

 ドラゴンが倒されることは分かっていたが、それは女神が戻ってきてからの話だ。

 こんなに早く倒されるなど全く予想していなかった。


「クソッ!アレはまだ見つかってないってのに……。こうなったら仕方がねえ。しばらくの間、じっとしといてもらうぞ!――バインドロック!」


「リフレクト!」


「何っ!?」


 男は右手を前に出したままの態勢で動きを止めた。いや、動くことが出来なかった。

 バインドロックとは相手の動きを止める魔法である。そして、リフレクトは魔法を反射する魔法だ。


「なんでお前が魔法を使えるんだ!? それは俺たち魔界の人間のものだ。なんで人間界のお前が魔法をつかえるんだ!?」


 男の声は驚愕に満ちていて、まるで信じられないものを見たようだった。

 しかし、それは仕方のないことだろう。魔法を使えるのは天界の一部の者と魔族だけであり、それ以外の者は絶対に魔法を使うことは出来ないはずなのだから。

 この少女は何者なのか、男が必死に思考を巡らす一方で、希は静かに答えた。


「それは、これが私の能力だから」


「能力?」


 それを聞いた男は一瞬、怪訝そうな顔をした後、ハッと何かに気付いたようだった。



「――っ、まさか、あの方が言っていた異世界から来た人間か!?」


 男は先日のことを思い出した。

 それはこの計画・・・・を実行すると決まった時のことだ。

 あの方は言っていた。時空の鍵、とかいう物で女神が異世界から人間を呼ぼうとしている、と。その人間たちは時空の鍵の力で能力を使えるはずであり、その中の1人を利用して計画を進める、と。

 昨日、実際に異世界から来た人間を1人、仲間に加えることに成功し、あの方の言った通りに能力を持っていたらしい。

 つまり、目の前の少女も同じく異世界から来た人間であり、持っている能力が魔法を使えるというものなのだろう。

 魔法を使ったところで先程のように跳ね返されては意味がない。

 そう考えた男は直接、攻撃することにした。


「クソっ、魔法が効かないってのなら直接殴るまでだ!」


 男はすでに動くようになった拳を握りしめて足を踏み込み、希へとまっすぐにその拳を繰り出した。


「ぐおっ!?」


「……」


 希の顔を目掛けて繰り出された拳は凜華によって阻まれ、反対に腹部に強烈な拳を叩き込まれた男は苦悶の声を上げ、その場でうずくまった。


「クッ、ここは退いてやる。だが、俺たちウォレムの計画は、始まったばかりだ。この世界、いや、お前たちの世界も含めた、全ての世界はいずれ滅びる。そして、俺たちの新しい世界が、始まるんだ!」


 自分が不利だと判断した男は苦しそうにそう言い残してその場から消えた。


 それからすぐに拓人が戻り、しばらく経ちリルが帰って来た。


「ただいま――ってうわっ! なんでこんなに散らかってるの?」


「あ、それはですね――」


 部屋に物が散乱していることに驚くリルに対して凜華は先程のことを説明した。


「まさか魔族が人間界こっちにいて、しかも異世界から人間を呼んだことを知ってるなんて……」


 凜華の説明を聞いたリルは信じられないといった様子で呟き、何かを考え始めた。そしてすぐに何かに思い当たった。


「……そっか。神王様が殺されたから、魔族が人間界こっちに来れるようになっても不思議じゃないのか」


「……どういうことですか?」


 リルの呟きを聞いていた凜華は意味がわからず質問をした。


「実は――」


 リルは凜華たちに伝えた。神王が何者かと戦い、敗れ、そして殺害されたこと。時空鉱と次元石と呼ばれる物とあるカードが持ち去られたこと。それらの事件によって明日の大会が中止になったことを。


「そんなことが起きたのですか! ――しかし魔族が来れるようになった、とは? 魔族は人間界こちらに来ることが出来なかったのですか?」


 凜華の問いをリルは肯定した。


「うん。魔族は神王様が魔界に閉じ込めていたんだ。」


「なぜそのようなことをしていたのですか?」


「簡単に説明すると、約200年前の大会で優勝した人間があることを願ったんだ。その願いは、人々の生活を便利にするために全ての人間が魔法を使えるようにして欲しいってものだったんだよ。」


 200年前の人々の暮らし。それはかなり大変なものだった。水が欲しければ水辺まで取りに行かなければならず、遠ければ何キロも歩かなければならなかった。灯りはロウソクしか存在せず、また火が必要な場合はその都度、日を起こす必要があった。その為、魔法が使えるようになったことは多くの人々に喜ばれた。


「魔法のおかげでみんなの生活は楽になったんだ」


 でも、と言葉を続けるリル。


「何か起こったの?」


「その魔法が……ある戦争のきっかけになったんだ」


 確かに魔法によって人々の生活が良くなった。しかし、魔法は生活だけではなく人に対しても、つまり人を攻撃する道具としても利用出来たのだ。

 それに目を付けた1人の男は世界を支配しようと考えた。その男の名はディスピア 。彼は天才だった。使えるようになったばかりの魔法。その仕組みをすぐに理解し、新たな魔法をいくつも生み出した。その後、仲間を集めた彼は天界へ進軍を開始。人間界と天界の間には次元の膜と呼ばれる物が存在し、天界の者以外は通れないようになっている。だが、それすらも彼の前では意味をなさなかった。次元の膜に穴を開け、これを突破した彼は神王の元へと向かった。そして、ディスピア率いる人間たちと天界の者たちによる戦争が勃発。この戦いによって女神たちは封印され、ディスピアたちは神王によって、この世界の中にありながらわずかに位相のズレた場所、この世界の裏側とでも言うべき場所へと送られた。そして神王の力によりその場所とこちらを行き来することは出来なくなったのだ。

 その後、神王は人間界の人間たちが魔法を使えないようにし、代わりに魔具と呼ばれる道具を与えて魔法がある時と同じような生活が出来るようにした。神王と戦った者たちはまだ魔法が使える状態であることと、神王の与えた魔法を用いて天界に戦いに挑んだ魔の者であることから「魔族」と、魔族がいる世界のことを「魔界」と呼ぶようになった。


「――そういうわけだから、神王様が亡くなった今なら魔族がこっちに来てもおかしくないんだよ」


「そうだったのですか。しかし神王様とはこの世界を治められている方、でしたよね。 そんな方が殺されたともなると大変なのではないのですか?」


 凜華の疑問はもっともだった。世界を治める者が亡くなったことがわかれば世界中の人々が衝撃を受けることだろう。さらに殺されたともなると混乱に陥る可能性が高い。


「うん。とりあえず余計な混乱を避けるために、神王様が亡くなったことと明日の大会が中止になったことは伝えるけど、殺されたことは伏せておくことになったんだ。そして、神王様がしていた仕事は次の神王が決まるまでは天界の神様たちでするらしいよ。――まぁ、今回の問題は神王様が亡くなったこととカードが盗まれたことだけどね……」


「え?」


「それは、どのようなカードなのですか?」


 拓人たちはリルの言葉に疑問を抱いた。

 この世界の王たる者が亡くなったこととカードが盗まれたことが同じくらいの問題とは普通に考えればありえない。

 一体どれほどすごいカードだと言うのか。


「明日の大会で使われる予定だったどんな願いでも叶えるカード――グラントカードだよ」


「え!?」


「どうしてそんな大切な物が盗まれたんですか!?」


「カードは神王様が持っていたから、殺された時に盗られたんだと思う。神王様には誰も勝てないはずだったし、誰かに殺されるなんて思ってなかったから」


「そうですか。そのカードを盗んだ者が願いを叶える可能性は?」


「その心配はないよ。願いを叶えるにはボクたち女神の力が必要だから」


「なら、願いを叶えられる心配はなさそうですね」


 凜華は少しだけ安堵した。

 神王を殺してカードを奪うような者が願いを叶えればきっと大変なことになるだろう。まずは何者かの願いが叶えられてしまう可能性が無くなっただけでも一安心だ。


「ところで神王様を殺害した犯人の目星はついているのですか?」


「それが――」


「わ!」


 ドテッ、という音と共に何もないはずの空中から何かがアストたちの目の前に落ちてきた。


「……痛い。失敗した……」


 その何か――銀髪の少女は頭をさすりつつ、そう言いながらゆっくりと立ち上がる。そして、リルの方を向き、抑揚の余りない声で伝えた。


「……リル、大変。アクセスカードが盗まれた」


 ――魔界の辺境にある屋敷の一室にて

 灰色の髪の男フェルシルは昨日から感じている違和感について考えていた。何か長い夢を見ていたような感じがするのだ。感覚の話でしかないが自分は野望を叶えて世界を手に入れた、そんな気がしてならない。しかし、現状そうなってはいないところを見るに、ただの気のせいだとしか言えない。だが、それにしては妙に引っ掛かる。けれど、調べようがない以上はどうしようもない。あくまで感覚しかないため、これが思い過ごしだと考えるしかなかった。

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