第13話 イチモツしゃぶしゃぶ、テロる。

 強化屋に向かう途中、僕の思考を幾度か遮ったのはヴィスカの言葉だった。

 ”皆が一生懸命だから”。だから彼女はこのゲームが楽しいのだと言っていた。

 けれど皆がそれぞれが『スターダストオンライン』に懸ける情熱のベクトルは全てバラバラだ。

 

 例えば、今僕の目的に協力してくれている釧路七重でさえ、根本を見つめれば、僕の考え方と大きく異なっている。


 彼女は親友のためにプレイヤーへ復讐すると決心していた。


 学院会に所属する誰かが、彼女の親友を陥れようとプレイヤーキルを行ったのだ。


 そして結果的に、彼女の親友は未だに寝たきりの状態になっている。

 どうしてその親友が犠牲になったのか、僕には知る由もないが、どういう仕組みで寝たきりの状態になったのかは不本意ながら、よく理解している。


 3年前、このゲームのベータテスト期間に起こってしまったプレイヤーの昏睡状態は、いずれもキャラロストの際に引き起こされたものだと、開発者である姉さんを通じて知っていた。


 『V.B.W.』――バーチャルブレインウーンズ。


 事件以前、この用語が意味するところは、昨今増えつつあった”バーチャルリアリティーゲーム”によって与えられた脳への影響力をさす。

 元々、VRゲームに懐疑的な考えを持つ評論家が作り出した言葉で、一般的には見向きもされていない言葉だった。

 それよりも世の中はVR(仮想現実)やAR(拡張現実)が新たな生活スタイルを生み出すことを期待する流れになっていたのだ。


 その最中に満を持して発表されたのが『スターダストオンライン』である。

 あらゆる学問分野の専門家をアドバイザーに迎え、国内だけでなく海外のクリエイターをも集結させてつくられた『スターダストオンライン』は、まさに新時代の幕開けとも言われるほど注目を集めていた。


 だがその発表から数ヵ月後のベータテストにてプレイヤーが昏睡に陥る事件が起こった。


 この『スターダストオンライン』は、本来、ゲームの中だけで完結・打ち止めされるはずのゲーム内ステータスが現実世界の人間にも影響を与えてしまっていた。

 身体能力はもちろん、人間の記憶力や空間把握、演算処理等々、あるいは個人の自我にまで踏み込みかねない部分まで”強化”が可能だった。

 だがプレイヤーキャラのライフゲージが尽き、キャラがロストしてしまうとそのステータスは失われる。



 ――”その際に生じる脳への負担がプレイヤーの昏睡状態に繋がったのではないか”。

 姉さんの仕事仲間は重々しい声音でそう告げていたのを、僕は覚えている



 ベータテスト開始当初はディティールにこだわった作りこみとして一部の界隈では評価されていたが、事件が起こるや否や、その評価は一変し、ネットでは『頭をおかしくさせるゲーム』という旨の記事であふれかえっていた。


 世論による向かい風は、開発者へと吹きすさび、ついに『スターダストオンライン』は販売中止となり、今に至っている。


 この事件を省みるに、七重の親友は強化ステータスがキャラロストによって失われ、そのショックで昏睡状態に陥ったと考えるのが妥当だ。


 七重本人もこのことは分かっている。

 故に彼女の心の奥底は、親友をプレイヤーキルした犯人を探し出し、同じ目にあわせたいと願っているに違いなかった。


 それでも我慢して僕の考えに付き合ってくれている理由は、僕がこのキャリバータウンから学院会を追い出すと信じているからだ。

 学院会の束縛を破り、ゲームを自由にプレイするという僕の目的ともそれは合致する。 


 ――『裏切らないでください』か。


 リヴェンサーとの戦力差やヴィスカのセンスを目の当たりにして気落ちしていた気持ちに活を入れる。


 とにをかくにも、今は強化屋の襲撃に備えよう。



 ……………。



 風紀隊に出くわすことなく、強化屋の手前までやってくる。

 『キャリバーNX09』の内部に組み込まれるようにして存在する”強化屋”は一見するとどこかの病院が廃墟になったかのような見た目をしている。

 しかし近づいて注意深く観察すると、付近が改修・塗装された跡が残っており、元は『キャリバーNX09』が受けた装甲の破損部を入口に見立てているとわかる。


 丸みを帯びた破損部はかつて戦った巨大クリーチャーによって与えられた傷だ。

 察するに溶解液か何かで分厚い装甲が溶かされたようだが……一体全体どのような戦いだったのか、はじまりの町すら出れていない僕にはわからない。


 ただ、これはちょっとした推測にすぎないが。

 怪物から受けた傷口から何かの主成分を発見して怪物への対策法を練る、なんてのはモンスターパニックモノの映画なら、わりとよくある設定だ。

 

 それを当てはめると、少し”強化屋”が意味深に思えてくる。

 プレイヤー自身を強化してしまうこの施設は、NPCにその理屈を聞いてもまったく情報が得られないからだ。

 


「強化屋さんはどうやって脳力を強化してるのか、姉さんなら鬱っぽい展開を用意してそうだな」



 少し皮肉気に独り言を呟いていると、七重から通信が入ってることに気づいた。



『ちんしゃぶさんのお姉さん、私大好きでした。』


「元は姉さん繋がりで僕らは知り合ったようなものだしね。

 通信を入れたということは、僕の位置は把握しているってことでいいか?」 


『はい。 確認しました。

 私は、ちんしゃぶさんが指で銃を撃つ気持ち悪い仕草に合わせてこれを撃てばいいですか?』



「さりげなく気持ち悪いっていったな。 かっこいいのに……。」



 通信越しでも露骨に聞こえてくる溜息。

 ちょっとだけ艶っぽい、とか言ったら多分怒られる。

 むしろ撃たれてキャラロストも必至だ。


 一応、七重本人にはそういった恋愛感情やら劣情を僕は抱いていないと思われているはずだが、ぶっちゃけ嘘だ。

 


『了解しました。では……遊丹(ゆに)のためにも、裏切らないでください』



 瀬川遊丹(せがわゆに)、僕や七重と同い年であり、七重の親友。 

 


「もちろん、裏切らないよ。プシ猫さんも裏切るなよ」



 これからは七重と連携するために通信は切らない。

 呼び名もプレイヤー名に限定。


 強化屋の入口には多数のプレイヤーが群がっている。

 その数は軽く数十人は超えているようだった。いずれもヘッドアーマーを外して各々が顔も隠さずに雑談にふけっていた。


 思えば、彼らがどのような方法をとってレベルアップし、スキルポイントを稼いでいるのか、僕も七重もよくわかっていない。

 何か裏があるんだろうけど、探るのにはリスクが付きまとう。


 一度はスパイのために、学院会クランに身を置くことも考えたが、奴らは、鳴無学院に通い、かつ『スターダストオンライン』をプレイしている生徒の本名を名簿に記録しているため、簡単には入会できないのだ。

 偽名を使っても、別の誰かを騙っても、すぐにバレてしまうだろう。

 かといって僕の本名を名乗ったりしたら、現実で何か被害をうける可能性も出てしまう。


 学院会に所属しているプレイヤーは、互いが誰かを理解しながら接しているらしい。

 見知った顔がいくつかあるし、雑談をしているグループの雰囲気も教室のそれと同じ空気が感じられる。


 あれはきっと、僕と同じクラスの”古崎徹”のグループだ。


 古崎は鳴無学院テニス部のエースを担っており、個人の部では全国大会の出場経験もあるほどの腕前だった。

 同時に学力テストでも上位に食い込む学力を有しており、極めつけは、鳴無学院の入学志望者向けパンフレットに『部活動紹介』『先輩へのインタビュー』『志望者へのメッセージ』三つの項目で自身のグラビアじみたスナップ写真を載せられている。


 よほど自分の容姿に自信があるのか、キャラクリが面倒くさかったのかわからないが、現実世界と見た目は変わらない。


 ちなみに『そのきれいな顔をフッ飛ばしてやるぜ!』と七重が息巻いてスコープに捉えてらっしゃったのがこの古崎徹だ。


 まさに文武両道を絵に描いたような彼だが、つまるところ、強化屋に彼が居座っている時点で答えは出ていたりする。

 


「撃つなよ?」


『……バレましたか』


 古崎の周辺にいるのが所謂クラス内カースト……いやある意味校内カーストのトップに位置する面々ということになる。


 傍らにいるのは女性版古崎と称して的確な”渡木ほのか”。

 部活動を体操部に置き換えれば、ほとんど古崎と同じく成績優秀でオマケに2年生でありながらとある有名大学の特待生枠に選ばれているとか、なんとか。


 それとあれは……たしか、加賀忠(こがただし)だったか。

 忘れたが、彼は古崎の親友らしい。もちろん成績上位の常連だが……どんな人柄かは思い出せない。それだけ古崎の存在感はずば抜けていると言っていいかもしれない。


 そして、古崎グループには見慣れない顔が一つあった。



「北見……灯子。」



 彼女は別段特徴がない。少し冷めた性格をしていて、昼休みなどは授業の予習や演劇に関する書籍を読んでいる静かな生徒だ。

 ゲーム内だとかなりファンシーというか、アニメキャラクターっぽいビビッドカラーをふんだんに使った派手な見た目をしている。


 去年見た、学際の講演で主演をやっているのを見たことがあったが、あれ以降、彗星のごとく現れた天才・水戸亜夢が演劇部に入ったことで影が薄れていた。


 最近、成績が伸び悩んでいたようだったけど……そうか。

 彼女も学院会の一員に……。



『私は話したことありませんが、ちんしゃぶさんの好みはああいうヒステリックな性格の子ですか?』



「ヒステリックって、北見さんは静かな性格じゃないか」



『そうやって、自分の見たい人物像しか見ようとしないクセって童貞にありがちな気がします』



「なんで君は人をディスる時だけ流暢にしゃべるんだ……」


 

 ショックで声が震えてきた。

 いやまぁ、七重の毒づきはいつものこと。


 深呼吸をして落ち着かせる。 


 非戦闘員プレイヤーばかりみても始まらない。

 風紀隊の連中こそ僕が警戒すべき対象だ。


 やはり風紀隊の人数は、僕ことネームレスの出現によって捜索に人数を裂かれたこともあって比較的少なくなっている。

 だが、そうであっても七重のアシストだけでは捌ききれない数だ。


 おまけに今の僕は【コーティングアッシュ】の傷で動力が制限されている。

 負傷待機させられたらしい笹川一向にすら勝てるか定かじゃない。


 ……というか、笹川宗次はあそこで何をやっているのだろう?


 他の風紀隊メンバーが律儀に強化屋周辺を警備しているのに対し、笹川だけは古崎のグループに加わるか加わらないかのところでさ迷っていた。


 何かを悩んでいるようだが、こちらとしては好都合だ。



「さぁ、開始だ」



 ――今回のやり方はあくまで対話を通じての脅迫だ。

 そのためにも、主導権を握るのは最も重要なことである。


 僕は指先で拳銃をつくり、それをテキトーなプレイヤーに向けた。

 狙い撃つのは即死に至らない脚部のみ。

 そして引き金を引き、さもリコイルで手が跳ね上がったような真似をしてみせた。


 瞬間、キャリバータウンの夜空を裂くようにして一筋の流星が走る。

 雷鳴がとどろき、瞬く間に僕が指先を向けたプレイヤーへと着弾する。



「……あ」

『あ……』



 しかし、先に聞こえた声は彼らの悲鳴ではなく、僕と七重自身が発した間抜けな呟きだった。



「あ、うわぁあぁぁああぁぁ!? あ、足が、足が消えた!?」



 僕が指さした彼は、彼の装着していたリザルターアーマーの下半部をことごとく消失させて、上半身だけでのたうち回っていた。


 かろうじてライフゲージは残ってくれたが、あまりの威力に僕と七重、それどころかのたうち回るをよそ目に、他のプレイヤーもただただ茫然とその光景を見ていた。


 威力高すぎだろ……。

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