第14話 夜空を裂く一撃
VSプレイヤー戦闘では、戦いを公平に進めるため、ファーストアタックの威力は減衰する。
七重のスナイプはまさしく、敵の不意をついた初撃(ファーストアタック)であることは間違いない。
そのはずが、彼女に撃たれた学院会のプレイヤーは下半身の部位がロストしてしまうほどの威力を弾き出した。
『――、電磁式ライフルは少しもチャージしていません。ほとんどワンタップで撃ちました。けれどその瞬間に、銃口から稲妻が……』
稲妻。七重に似つかわしくない大げさな表現だが、あの彗星がごときエネルギー塊をみればそうとは言えない。
あのプレイヤーのアーマーが初期無強化、ノーカスタムであっても、ライフゲージのほとんどを削る一撃というのは恐ろしすぎる。
七重本人もこちらに答えを求めているようだった。
そりゃあ、ライフルをカスタマイズしたのは僕だから当たり前か。
「【マス・エフェクト・コア】。エピックレアのカスタムパーツで、説明文だと元はその巨大兵器『キャリバーNX09』を動かす動力源の一部らしい。
それを……つけてしまった」
『つけてしまったんですね……。キャノンサスアーマーの冷却システムが唸っています。駆動部もエラー警告がいくつか。相当無理をさせてしまっているみたいです。
そう頻繁には撃てませんよ?』
「わかった。」
ちょっとした出来心で取り付けたカスタムパーツだったが、よもやここまでとんでもないパーツだとは思わなかった。
想定外の出来事だったが、僕らからすればいい方向に転んでいると言える。
一時は静まり帰っていた場が、上半身だけで助けを求めるプレイヤーによってにわかに悲鳴があがった。
けれど場が混沌とするのは都合が悪い。
ネームレスこと僕、イチモツしゃぶしゃぶは対話をしにきた。
【10mm徹甲マシンガン】を騒ぎ立てる学院会メンバーの足元へと放つ。
さながら気分は銀行を襲う強盗の気分だ。
この弾丸なら一発当たったところでそれほど痛くないが、あの一撃を見せられたあとじゃ、彼らの足がすくむのも無理はない。
「お初にお目にかかる! ぼ――わたしはキミたちからネームレスと呼ばれている者だ!」
マシンガンを撃ち尽くしたあとで高らかに宣言する。
リアルぼっち故に大声の出し方がおぼつかず、裏返ったりしないものか心配だったが、なんとか乗り越えた。
というか、あちらがタイミングよく静まりかえってくれて助かった。
阿鼻叫喚の中では絶対僕の声は響かないだろうから。
こちらに素早く反応してくれたのは先ほどの因縁根深い笹川だった。
「お前……さっき委員長の部隊がネームレスとやってるって……!」
中肉中背、平凡な容姿にねっとりとした三日月の口元を張り付けて、笹川は身を寄せ合っているプレイヤーの中から一歩こちらへ歩み出た。
「わたし以外にも学院会――お前らのやり方に不満をもっている人間がいるということだ」
「不満? 俺や学院会のメンバーは選ばれた人間なんだ。
この笹川宗次も含めて、鳴無学院の優等生として世間に必要な人間だよ。
お前と違って!」
たしか、笹川も演劇部だったか。
セリフじみた声を聞いて、ふと思い出してしまった。ただ、なんというか、去年みた他の演劇部員と違って……こう、声がぐぐもっているというか、慣れていないというか。
はっきりいってしまうと、ちょっとクサい。
にしてもこいつ、わざと大層な言葉を並べているな。
それなりに頭の回転をブーストしているのか知らないが、僕からは見えないようにハンドサインで他の警備役に何かを伝えようとしているみたいだ。
「怪しい行動をみかけた。悪いが、少し痛い目にあってもらう」
僕は笹川を反面教師に、今度は機械的に言葉を選んで淡々と発言した。
奴のせいでするのがちょっと恥ずかしくなってしまったが、指で銃をつくってあてずっぽうで警備の一人を狙い撃つ。
「一体何を――」
笹川の反応を待つ前に再度流星が襲来して、笹川の後ろに控えていた警備役の右腕を掻っ攫って、握ってあった【エディチタリウム・ランス】も破壊する。そのまま地面へ突き刺さった閃光は、数名のプレイヤーの脚部をも消失させてしまった。
『Good Effect(いい気味)』
意訳まで伝わってきそうな七重の堪えた笑い声が通信から聞こえてくる。
敵の攻撃手段を先んじて潰してくれるのはありがたいが、誤射に対する躊躇いがなさそうなのが怖い。
再び悲鳴があがり、人だかりが蠢き始めたが、そこは先んじて僕が声をはりあげる。
「誰かが逃げれば脚がない奴を殺す。
不審な動きがあっても殺す。
誰かが他の風紀隊に連絡した場合であっても殺す。
脚がないやつはあるやつを這ってでも抑えろ。
じゃないと撃たれるのはオマエだ。――わかったか?」
人塊の蠢きが止まる。
人心掌握なんてものがこれほど上手くいったことはない。
ほとんどギャング映画の受け売りだけど、雰囲気ってのは大事だな。
あの古崎たちですら、しかめた顔でグループ内の人間と見つめあうことしか出来ていない。
「わたしは、対話を求めている。 キミたちの『スターダストオンライン』に対する間違った認識を正したいと願っている。 だが、まず手始めにわたしという”ネームレス”への誤解を解かなくてはならない」
聞く耳持たぬといった風に両手を挙げた笹川がこちらを睨んだ。
「人殺しが人殺しのゲームを擁護する気持ちはわかるけどね」
人殺しのゲーム……。おそらく昏睡事件のことを言っている。
そしてネームレスがやったとされる”人殺し”は、七重の親友・瀬川遊丹のプレイヤーキルだ。
「その誤解を解きたい。 わたしは、件の一件とは無関係だ。そして、一度もプレイヤーをキルしたことはない。」
その言葉を告げた瞬間、怒声が方々から上がった。
「そんなはずない。俺の(あたしの)友人はプレイヤーキルされて全てを失い。心に傷を負った」と。
笹川も習って叫び声をあげた。
「現に学院会に所属していた4人が、ネームレス、お前の襲撃でキャラロストしているんだ! このゲームじゃ、キャラロストは人生の終わりと繋がっているんだよ。それを、躊躇うことなくお前はやってんだよ!」
「躊躇わない? じゃあ、わたしがキミの取り巻きを殺さなかったのはなぜだ?
リザルターアーマーの腹部装甲を貫き、いつでも命をとれる状態だったのに、なぜ?」
「そ、それは……」
戸惑う笹川だったが、反面、彼の後ろの外野は”ネームレスを倒す”という目的で一致しはじめていた。
「頑張って!宗次くん!」
明確に声援を送ったのはクラスカースト上位の陽キャラ女子”渡木ほのか”だった。
「笹川先輩、この前は酷いこといってごめんなさい。でも、亜夢は先輩のこと信じてますから!」
それに続くは、演劇部のスーパーエース・水戸亜夢。
「そ、そうだ! 俺たちを守れるのは真っ先に前に出てくれた笹川、お前しかいねぇ!」
爽快なスマイルで陰キャラを照らすのが古崎徹だ。
彼の一声に後押しされた聴衆が団結して笹川に声援を送り始める。
「委員長殿がいない席を埋めるのは風紀隊のエースである笹川しかいないっ」
「お願い、こんなひどいことするネームレスなんかやっつけて!」
「……ファイト、笹川」
最後の締めくくりに北見灯子が笹川へと告げた。
…………。
なんだこれは。
何の寸劇を見せられているのか、一瞬だけ理解できなかった。
だが、僕の白ける思いに反して、笹川の瞳には闘志が灯っていた。
勇ましく踏み込む一歩に迷いはないようだった。
一歩、また一歩と踏み込む。
どうして彼が陰キャラのくせして”風紀隊”なんていう役職を引き受けているのか、理由がわかった気がする。
……同じ陰キャラとしては同情の念を隠し得ない。
「なぜか、って。俺の反撃が怖かったんだろうね。」
周りの雰囲気に煽られて覚醒した笹川。
その一声に歓声が沸き起こる。
『茶番です。 古崎や渡木の顔をみてください。』
七重から通信が入る。
言われて古崎たちのほうをみると、その頬は明らかに歪んでいるのがわかった。
あの北見も加担したわりにはそっぽを向いている有様だった。
『これ以上、笹川に接近されたらちんしゃぶさんが影になって彼が狙えなくなります。
早く離れ……』
七重の警告を聞かずに、僕は前に出てしまっていた。
身体一個分の距離まで近づくと、笹川は制止し、【Q04G】ビームピストルを腰だめで構えた。
一方でこちらはビームピストルを前に躊躇いなく踏み込んで、更に笹川との距離を詰める。
「笹川宗次、お前、オモチャにされてるだけなんだよ。いい加減、見っとも無い真似はやめろ。」
「こいつ、急に喋り方変えやがって! 鳴無学院で成績が一桁に入る俺のどこが見っとも無いっていうんだ、このっ」
こちらを払いのけようとする笹川のビームピストルをバレルごと掴み、僕自身の胸部アーマーへ突き当てる。
僕の突飛な行動に笹川は気が動転したようだった。
あの蛮勇じみた勢いに陰りが見えた。
「ここにいる奴ら皆、お前が現実で優秀な理由を知ってる。 引き金引けばすぐに殺される今みたいな状態で適当なことなんていうもんか。」
声音をひそめ、他の奴らに聞かれぬよう、笹川に向かって話しかける。
「お、お前一体誰なんだよ。中学時代の俺を知ってたり、こんな有様でいきなり話しかけてきたり……」
「本名は言えない。けど確信をもっていえる。こんな間違ったやり方に執着している限りは、お前は誰からも認めてなんてもらえない。」
「黙ってくれよ!」
ビームピストルを握る彼の腕に力が入るのを感じた。
瞬時にバレルを下方へ押し込み、銃口を地面へと向ける。
足元にビーム弾が着弾して高熱が地面を溶かしてしまった。
止む負えず、一歩引いて七重に合図を送る。
僕の頭上わずかな空間を裂いてエネルギー弾の一閃が笹川の右脚を抉った。
笹川はあっけなくその場に倒れこんで、ひと時、自分がどういった有様になったのかわかっていないようだった。
「あ……あ……」
認識すると同時に絶望した面持ちでこちらを見上げている。
その表情だけみれば、次に出てくる言葉は嘆きやら悲しみ、怒りに満ち満ちたものだと簡単に予想できた。
だが、彼が口を開く前にまたもや甘え声がそれを塞いだ。
「笹川先輩! 負けちゃヤダぁ!!」
少しだけぐずついた雰囲気が伝わってくるのは、演劇部エースたる彼女の実力か、強化屋のなせる御業か。
ともかく、その一言だけで笹川には泣き言をいわずに立ち上がる理由となっていた。
クソ!キョロ充レベル100人間め!
片足ながら身を捻って、笹川がスラスター噴射を開始する。
手動(マニピュレート)操作ではない【result OS】に任せた規則的な起き上がり動作。
彼の狙いはビームピストルによる特攻じみた接射だ。
それがわかっていれば避けることはさほど難しくはない、……はずだった。
《動力不足により、関節部のバランサーにエラーが発生しました》
【コーティングアッシュ】に与えられた傷が――!?
その警告音声とともに膝ががくりと落ち込んだ。
支えを失い、身体が脱力して自らビームピストルの射線に飛び込んだ。
『――だめ!!』
そしてすぐさま放たれたビーム弾は無残にも僕の身体を貫いた。
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