第12話 小さな歩幅と一段飛ばしの一歩
いくつかガラクタ山が散立しているジャンク置き場から姿を隠すことは容易だ。
しかし、僕の場合はバンディッド(犯罪者)プレイヤーであるため、接近を許すだけで奴らのミニマップに反応が出てしまう。
ガラクタ山の丁度麓に見える彼らを遠目に見つけることができたのは不幸中の幸いだった。
「あの方も学院会の方ですか? つやつやな白鳥さんみたいですっ」
暢気なことをおっしゃる。
僕は軽くトラウマになっているよ。痛みは感じないはずなのに、大剣で抉られたアーマーの傷が疼いている気までする。
「中身は猛禽類だよ。……ヴィスカさんはもうバンディッドじゃないからこのままここから下がってくれ。 NPCのフリすれば雑踏に埋もれることができる。……僕も上手くやるさ」
「”ヴィスカ”がいいです。」
いつの間にか彼女が僕の横を抜いていた。
リヴェンサー率いる風紀隊と呼ばれた連中の動向に夢中になっていたせいで、彼女がガラクタの山から降るのを阻止できなかった。
「あの笹川という方から助けていただいたことよりも、私はイチモツさんに感謝していることがあります。」
ガラクタ山は一度降りると、流砂のごとく細かい部品が足元に溢れ、踏み込んでその場に留まることすら困難になる。
今ならまだアーマーを使えば戻れるだろう。スラスターの噴射音で感ずかれるかもしれないが、彼女一人あの集団に飛び込ませるよりはマシだ。
「早く戻ってこい! 」
「戻りません。鬼ごっこ、嫌いじゃありませんから。」
笑みを浮かべるヴィスカの表情がヘッドアーマーに隠れていく。
臨戦態勢に入るという意味だ。
僕ですらまともに相手にならなかったリヴェンサーに彼女が太刀打ちできるわけがない。
ダメ元で助太刀に入ろうと、ガラクタ山から飛び出そうとした時だった。
落ち際にヴィスカが小さなものを投げてきた。
反射的につかんで、手のひらをみつめるとそこには手のひらの半分とない電子部品だった。
「どうして【result OS】パーツを……」
「イチモツさんは貴方の目的を果たしてください。 それでは」
やがてヴィスカはガラクタの山を滑空するようにしてリザルターアーマーのスラスターを開放した。同時に姿勢制御のバーニアも的確に操作し、僕がやっているのと同じように空中機動を行って見せた。
細かい鉄屑を豪快に払いのけ、ヴィスカは意表を突かれた風紀隊へと向かっていく。
瞬間、彼女に抱いていた違和感が何か思いだした。
この『スターダストオンライン』で解放されたサーバーは一つ。
そしてそのサーバーですら夜の10時から12時までしか稼働していない。
その間しかプレイヤーはログインできない仕様になっているのだ。
僕がこの”イチモツしゃぶしゃぶ”というキャラをテキトーに作成してチュートリアルをクリアするまでの時間経過が30分程。
はっきり言ってこれは僕の最速クリア時間だ。
一通りの操作の確認、クリーチャー【モルドレッド】との緊急戦闘、スキップ不可能なキャリバータウンの案内。
そこでようやく、僕は他プレイヤーもいるパブリックスペースに出てこれたのだ。
……なのに、どうしてヴィスカは僕と同じタイミングでチュートリアルをクリアできたんだ?
考えられる答えは二つある。
1つは、彼女が僕のように何度もキャラロスト&キャラメイク繰り返してチュートリアルでの動き方を熟知していたから。
でもそれだとあの細かな容姿設定に説明がつかない。
キャラクターの容姿設定は下睫毛から爪の形まで設定可能だ。
ヴィスカというキャラクターは、夜空の雲母のような水色の長髪、手間のかかるオッドアイの数値合わせ、浮かべた笑みの自然さ、すべてにおいて……
こう表現すると僕が彼女をマジマジと見つめていたことになるが、別に疚しい気持ちがあったわけじゃない。細部まで容姿は作りこんであったという事実は手がかりになるからだ。
さて、そんな凝ったキャラメイクをしている間に、僕だったらチュートリアルくらい終わらせている自信がある。
というか、人によってはあの容姿をつくっている間に12時を回ってログアウトさせられるだろう。
つまり、1つめの答えには時間的に無理があるのだ。
で、2つめ。
……これは正直言って、あまり考えたくはない。
一言でいってしまえば、クリーチャー【モルドレッド】を倒した場合の、チュートリアル分岐。
『スターダストオンライン』は、”僕の姉さんがつくったゲーム”だ。
姉さんはイースターエッグ――ゲームの隠し要素が大好きな人だった。
他人を退屈させることを何よりも嫌う厄介な性分の持主だった。
桁違いのボスクリーチャー【モルドレッド】がチュートリアルクエストごときに現れるという流れも、おそらく姉さんの案だろう。
そんな姉さんが、【モルドレッド】を倒してしまうほどのプレイヤーに、暢気にチュートリアルを続行させようなんて思うだろうか?
思うわけがない。
聞こえた金属と金属の弾ける音響。
今や遠くに見えたヴィスカは、リヴェンサーの大剣にアーマーを纏った自身の健脚をぶつけていた。
リヴェンサーの【コーティングアッシュ】の軌道を見極めてからの一撃。
有効にみえるが、彼女の脚部は近接兵装ではなく、本来は僕と同じミサイルポッドの兵装である。
格闘には使えないどころか、乱暴に扱えば兵装の部位損壊に繋がる。
リヴェンサーからしても、近接兵装ではないものからの蹴りはさしてダメージにはならないはずだ。
あの淑やかなヴィスカが躊躇わず上段蹴り入れるのは意外だが、それでもダメージは――。
「……?」
しかし、だ。予想に反して、リヴェンサーは大翼のリザルターアーマーを揺らして仰け反っていた。
視界が遠く、何が起こったか理解はできない。
だが、遠景に映る二人の間にゲーム特有のフォントらしきものがみえた。
「”オブジェクト……ダメージ”?」
オブジェクトダメージ。主にフィールドに存在する建造物が崩壊した際に受けるダメージを差すが……今ヴィスカは確実に”蹴り”を入れただけにみえた。
再び、大剣と脚を交えようとする両者。
今度は注意深く眺める。すると、彼女は蹴りだす初めに、地面から脚で何かを掬うように上段蹴りを繰り出しているのがわかった。
「た、大剣と蹴りの間にガラクタを挟むように攻撃を打ち込んでいるってことか?」
確かにそれならば”ヴィスカとしての攻撃”はリヴェンサーに通じなくても、”飛来した鉄破片や瓦礫による損害”であれば、システム上はダメージが通るかもしれない。
けど、驚くべきはそのバカげた発想力と実行できてしまう能力だ。
それに、僕同様、チュートリアル明けの彼女は、学院会の連中のように脳みそをいじくって自身を”強化”もしていない。
なのに、僕が習得に数か月かかった【result OS】なしの手動運転(マニピュレート)を行っている。
元からの、天才。
僕の人生史上、二人目の。
《プレイヤー名『プシ猫』さんから個人通信を受信しました》
『ちんしゃぶさん。配置につきました。スコープのおかげで強化屋の施設がある付近を一望できています。
今なら同じクラスの古崎を射貫くこともできます。……。』
「普通にダメだから。」
『…………』
無言がこわい……。
僕が着くころには死体の山が出来上がってました、とか笑えない冗談だ。
「とりあえず僕も今向かっている。 強化屋周辺の様子は?」
『ちんしゃぶさんの言った通り、風紀隊はあちこちに出払っているようです。それでも警備役の数は10名を超えているみたいです。それに非戦闘プレイヤーは数えられないほどです』
「だろうね。 脳みそいじくるのが趣味の輩は強化屋にしか興味ないだろうし」
『制圧は難しいと思います。 ”強化屋”は狙われないというイメージの払拭が目的なら、ここで私が数プレイヤーほど瀕死にすれば問題ないのでは?』
珍しく穏便な妥協案を提出してきたな。
けど、それだと効果は薄い。
「僕らは二人でネームレスという一人のプレイヤーキラーをつくる。 恐怖の象徴を。
それが必要なんだ。」
スターダストオンライン本来の遊び方をしないというリスクを、彼らには知ってもらわねばならない。
『わかりました。けど、”私たちはまだプレイヤーを一度もキルしていません”。
勝手にキャラロストしておいてネームレスの責任にされるのは非常に不本意です』
「ああ、うん。そのことも含めて、白黒はっきりさせたいんだ。
それと、七重。 もしかしたらあの一件に触れるかもしれない。」
『……そうですか。 わかりました』
そのまま通信は途切れる。
七重の声音は明らかに不服そうだった。
けれど、彼女の復讐のためにも、彼女の親友に起こってしまったことを言及しなくちゃならない。
彼女と通信が止めるころには、僕は既に市場の雑踏に紛れていた。
またもや助けてくれたヴィスカをおいて、逃げ遂せることに成功していたのだ。
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