第11話 楽しいですよ!



 ジャンク置き場は、技術員が不足したキャリバータウンの第二の象徴ともいえる場所だ。

 故障して廃品となったパーツはもちろん、何に使えるかわからない部品までもテキトーに押し込んでしまっている。

 募り積もったガラクタはやがて山となり、このキャリバータウンを見渡せるほどの高度に達していた。

 あくまで世界観の設定だが、キャリバータウンを守るシールドコア装置のバリア範囲を広げて、居住区を更に増やし、クリーチャー被害にあっているタウン外の避難民を受け入れようとする動きが住まう人々の間で流行っているらしい。

 大義や名分こそ立派なものだが、そういった主張はリスクを軽んじている場合が多い。

 

 反対を唱えるNPCは、プレイヤーのチュートリアルに付き合ってくれたキャリバータウンのリーダー的存在、マクスウェル・リストだ。

 マクスウェルは、対巨大クリーチャー用機動兵器『キャリバーNX09』のシールドコア装置の出力設定を弄ることは危険を招くと主張した。

 シールドコアだって万能じゃない。 バリアを張る範囲が広げれば広げるほど厚みはなくなり、破られる可能性が生まれる。


 もし破られた場合、クリーチャーの侵攻を阻むものはタイヤとフェンスを有刺鉄線で留めた頼りないゲートだけだ。


 だが、別の切り口から賛成を唱える者もいる。

 このゲームでガチャを担当しているロリ店主こと、『ヴィエラ・クロック』。

 ヴィエラはキャリバータウン付近の月面露出地区(フリーフィールド)にある戦前基地をバリアの範囲内に収めることで、技術員を派遣し、より安定した物資供給が可能になるという持論を展開している。

 戦前基地とは、巨大ロボ『キャリバーNX09』がクリーチャーと決戦に挑む前から存在した施設のことをいう。

 チュートリアル時しかキャリバータウンの外に出たことがない僕には、戦前基地がどのような場所か知る由もない。



 さて、このキャリバータウンの問題がこのジャンク置き場にどう関わってくるか。

 それは壊れた装甲車の上で項垂れている老人NPCに話しかけることで始まる。



「俺は、みたんだ。外の世界の様子がみたくてゴミ山の天辺へやってきたとき、俺の姿を影で覆っちまうくらいの、奴の巨体を……。

 奴はシールドに張り付いて、自身の頭を何度も何度もぶつけていた! 破ろうとしてるんだ!」



《クエスト【襲撃者の正体を暴け】が開始されました。》


 半狂乱の老人の話を聞き終えると、即座にクエストが開始される。

 端的にいうと、ゲーム機能にあるスクリーンショットでその怪物の姿を捉えろ、ということだ。


 既に4回ほど繰り返したクエストである。クリーチャーを撮影したあとは、写真をマクスウェル・リストに見せることでクエスト完了となる。

 さきほどの話に合わせれば、この写真を反論材料に、シールドコア装置を広げたいと願う人々を説得しようということだ。



 いけないな……。

 手持ち無沙汰になるとすぐに近場のクエストに手を出そうとしてしまう。

 今はヴィスカと待ち合わせる約束をしている。そちらを優先しよう。


 けれどゴミ山から付近を一望すると、ヴィスカの姿は意外なところにあった。

 彼女のところをへ向かい、その背を叩くと僕に気づいたヴィスカは大きく悲鳴をあげる。



「――ッ。 ……イチモツ、さん?」



 瞳の端に涙を浮かべた彼女が安堵と恐怖をごちゃ混ぜにした顔で僕をみていた。

 


「よくこの場所に現れるってわかったね。

 ゴミ山に埋もれた開きっぱなしのコンテナをトンネル代わりに抜ける。そこにはバリアが剥き出しになった空間。 

 水槽の外よりこちらを覗く血走った眼。

 ……っと、しっかりスクショしておかないと」



 僕はバリアの向こう側で睨むクリーチャーにカメラモードの視界を向ける。

 タール油を何回も重ねたような凹凸だらけの黒い硬皮、頭部の半分まで裂けた口元、ばたつかせている四肢はプレイヤー一人を包む込んでしまうほどに巨大だ。

 そして一番特徴的なのは頭部の天辺に存在する眼だ。


 眼は多くを語る、そういわんばかりにこのクリーチャーの瞳は忙しなく僕やヴィスカの姿を交互に見据えている。

 時には狭め、時には見開き、まるで微細な感情を有しているかのような動きだった。



 こちらがカメラで撮ってしばらくすると、そのクリーチャーは狂ったように幾度かバリアへ頭部を叩きつけ、そのまま四肢を動かして退散していく。


 ヴィスカはそれを確認すると、その場にへたり込んでしまった。



「【ジェネシス・アーサー】? あのモンスターの名前……?」


「そう。多分、君もチュートリアルで見ただろう【モルドレッド】の進化形態だと思う。」


「質感とか挙動とか、凄く、リアルでした。 まるで本当にあんな動物がいるんじゃないかって思えるくらいに……。 イチモツさんはどうして平気だったんですか?」


 リアル、か。

 話す彼女の手は震えていた。

 このゲームの開発者がみたらきっとガッツポーズをしたくなるほどの光景だろう。

 

 僕は彼女に自分の掌を差し出した。 



「平気っていえば、かっこいいんだろうけど。 ……普通に震えてるよ。 平静を装ってるだけだ」



「あ、そうですね。おんなじです」



 互いに手のひらを見せ合って笑い合う。

 彼女の声は震えていたがしばらくするといつの間にか収まっていた。



「はい。これでパーティは解除された。君はバンディッドプレイヤーでもなくなるから、NPCに紛れ込めば早々追いかけられることはなくなるはず」



「共同戦線はこれで、終わりなんですね……。少しだけ寂しいかもです」



 ヴィスカは俯きながら、自分の視界に移っているであろう画面表示を見つめているようだった。

 思わず出そうになる言葉を飲み込んで、僕はしばらく黙った。

 前にも仲間を募ろうとしたことはあった。

 街を閉鎖して安全を確保し、リアルスキルを磨くことだけに『スターダストオンライン』を利用するなんておかしい、と。

 けれど仲間になってくれた連中はすぐに学院会へと寝返るのだ。

 僕という裏切者の情報を手土産にして。 

 だから、ヴィスカを僕や七重の仲間として迎えることはない。



「追いかけられるよう嵌めた僕がいうのも変だけど、学院会の連中には気を付けて。 ……もし、ヴィスカさんが捕まった時は、僕に騙されていたことにしてほしい」



「そんなことしません。 ここまで来たんですから、私とイチモツさんはお友達ですよ。」



 どこまで純粋なんだこの子は。そろそろ調子がくるってくる。



「僕はそっちのほうが都合がいい。 友達ならいう通りにしてくれ。

 じゃあ、僕はこれから用事があるから去るよ。」



「わかりました……。でも困ったときは助けますからおっしゃってくださいね。」



 常時困っている状態なんだよなぁ、とは言えないよ。流石に。

 だが、その甘い一言にあてられたせいか、僕は彼女に一つの問いをかけていた。



「ヴィスカさんはこのゲーム、楽しい?」



 声が少し裏返ったかもしれない。彼女はすぐに答えてくれた。



「楽しいですよ。 イチモツさんも学院会の方々もNPCの皆さんも、皆一生懸命ですから!」



 一生懸命。確かに、皆ベクトルは違えど一生懸命なのは事実だろうさ。

 ……そういえば、彼女に関して僕は気になることがあったはずなんだけど……なんだったか。失念した。


 思い出そうと躍起になっている僕の視界に、再びリヴェンサーの姿が映ったとき、既にその問いは霧散していた。



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