第10話 ”天才”の仕組み



「くそ! クソ! 頭に血が上って向かっておいて、ダメージ負って逃げ帰るだって?」



 馬鹿げている!

 いつもなら死を賭けて、敵の戦闘力やら今みたいな突発クエストの検証をするところだ。

 なのに、あろうことか僕はリヴェンサーとかいうやつに立てついた。


 翼をもつ次世代リザルターアーマー【Ver.ヴァルキリー】。

 装甲に悪影響を与える大剣【コーティングアッシュ】。

 いずれも高いレベルを要求されるはずの兵装を使いこなすあのプレイヤー。


 長い期間、このゲームをプレイしている学院会の連中の顔なら殆ど記憶している。

 だが僕が奴を見たのはさっきの戦いが初めてだ。

 というか、光沢マシマシ、大翼広げて大剣掲げるド派手野郎の姿を見落とすことなんてできやしない。NPCに紛れて行動するなんてあのナリでできるわけもない。


 じゃあ、奴はこのゲーム内のどこであのような高レベルアイテムとアーマーを手にしたのか?



「そんなの決まってるじゃないか、畜生……!!」



 このキャリバータウンの、”外”だ!

 僕がこの街で、非効率極まりないやり方でレベリングやカスタマイズをしている中、リヴェンサーは『スターダストオンライン』のストーリーラインに則ってプレイしていた。


 そう考えればあの装備にも頷ける。


 憤りを近くにあったベニヤ板の壁にぶちあてる。

 そんな些細な行動ですら動きが緩慢で、【コーティングアッシュ】による斬撃痕のバッドステータスが如何に厄介か身に染みて理解する。



 動力60%減とはいっても、歩行する分には関係ない。スラスターや攻撃モーション、兵装のリコイルに影響するようだった。

 そのおかげか、学院会からの逃走は成功し、再びサウスゲート前の路頭に紛れ込むことができた。


 だがバンディッド状態が解除されたわけじゃない。

 他プレイヤーの接近を許せば、彼らの視界には僕の名前が見えてしまう。

 隠れ蓑があっても無意味、ということだ。



 《プレイヤー名『ヴィスカ』から個人チャンネル通信が入りました。受信しますか?》



 あぁ、ちょっと忘れてた。


『あれ、これ繋がってるのでしょうか……?』


「生きてるのか?」


『イチモツさんですか!? は、はい。今追ってきてる方々を巻いて、ジャンク置き場を見つけたところです。 そちらはご無事ですか?』


「無事じゃなきゃ通信できないよ。 僕も今から向かう。」


『はい。あ、また学院会の方々です。通信、失礼します。』


「あぁ。……うん。 ありがとう。君のおかげで助かった。」


『――。 いいんですよ。助け合いのゲームでしょう? 『スターダストオンライン』は。』



 実弾系兵装の銃声がヴィスカの声の裏で響いた。

 その瞬間、通信は途絶えてしまう。


 こちらは裏切り、利用したつもりだったが、彼女自身は毛ほども気にしていないようだった。

 募るのはこちらの罪悪感だ。まったくもってままならない気がしてしまう。



「助け合いのゲーム……僕が間違っているのか?

 スターダストオンライン本来の遊び方をせず、それを他人にもさせず、この街にこもって安全にレベルをあげ……”自分の脳みそをいじくる”。」



 学院会のやり方は間違っている。僕はこの街から出るんだ。

 このゲームを遊ぶために。




                   ☆


 人間は案外平等らしい。

 あたしがそれを実感したのは、中学から同じ演劇部の知り合いだった”笹川宗次”からこのゲームに誘われたからだ。



――『どうして部に顔をださ、出さなくなったの?』


――『別に、笹川さんには関係ないと思うんだけど』


――『そ、んなことない。 今度の新歓講演の主演、俺は君を推薦、した』


――『勝手なことしないでよ。 あたしより亜夢のほうがいいって皆わかってる。演技力も身体の身のこなしも。 頭だっていい。』


――『で、でも』


――『皆の前でそういうことしないで。 勘違いされたら迷惑』


――『北見さんのためを思ってやったんだよ。 それに水戸亜夢はインチキなんだ』


――『……インチキ?』


――『そ、そうだ! 俺は彼女の秘密を知ってる。 俺のいう通りにしてくれれば、北見さんだって水戸亜夢がチートしてるってわかるから』


――『チートってなに? まぁいいけど、気持ち悪いことしたら友達に言いふらすから』


――『……。 じゃ、じゃあ学院から配布されたPDB端末を…』



 VR、というよりもまともにテレビゲームで遊ぶことすら初めてだったが、笹川の案内にされるがまま、あたしは『スターダスト・オンライン』でキャラクターメイクを終わらせていた。

 ゲーム内で鏡をのぞくと、現実の自分とは考えられないほどにビビッドな色合いのキャラが現れる。

 これではまるでアニメのキャラクターだ。

 笹川に容姿を任せたのが仇となってしまったらしい。


 けれど他のプレイヤーは他人の見た目には興味がないようだった。

 あたしもまた同じだ。

 チュートリアルというものが始まって、わけのわからないモンスターと戦わされ、誇りっぽくて汚い街へと移動させられる。

 宇宙を思わせる空の風景は少しだけ感動したけど、それでもロボットに入って戦うゲームに興味なんて微塵もない。


 そのあと、変にアニメ声な小さい子の露骨なポルノ表現を見せられ、ソシャゲによくあるガチャをひいた。

 レア。バグズ・ランチャー。よくわからない単語が並ぶ。

 笹川に言われたとおり、あたしは”学院会”と呼ばれるクラン(ゲーム内で組む徒党らしい)に入れられた。



 学院会が集まっているクエストカウンター周辺では、プレイヤーが規則正しく整列していた。その周りを”風紀隊”と呼ばれる武装したプレイヤーが見守っている。

 あたしはその列の一つにいた。

 後ろにいた五月蠅い子に話かけられたのはその時だ。



――『あっれー? 見ない顔の子がいるー? 誰々~?』



 話し方だけでその人物が誰なのかすぐにわかった。

 プレイヤー名・”アムりん”と付けられた目の前のプレイヤーは、少し髪の色が派手になってはいるものの現実世界の”水戸亜夢”と同じ顔をしていた。



――『水戸、亜夢……』



――『あれあれ? その声ってもしかして、北見先輩ですかー?』



――『貴方、三日後は演劇部の公演があるってわかってるよね? 市民ホール貸し切った講演よ? 独白のシーンのセリフすらまともに覚えてないのに、こんな時間までゲームしてる暇なんて……』



――『ああ、北見先輩ってこのゲーム初心者なんですねー。 まぁ説教はー、一度”強化”を受けてからでいいんじゃないでしょーか? ほらほら、呼ばれてますよ。

 初回はガチャででたアイテムを渡せばヤらせてくれるんですよー。』



――『な、なにを……』


――『いいからいいから。 先輩も、ステータス上がれば考え方が変わりますよ。

 天才の気持ちがよくわかりますから』



 彼女の発言の意図もわからないまま、あたしは学院会の”オフィサー”と呼ばれた学院会メンバーによくわからない場所へつれていかれる。


 一つの小部屋に案内されると、そこには一人の女の子がぽつりと立っていた。

 オフィサーと呼ばれた人物はこういった。



『彼女をこの武器で殺せ』



 引き金と持ち手があるおかげで、やっと銃だとわかる奇抜な形の武器を渡される。

 困惑したまま、あたしは引き金をひいた。目の前の女の子は特に抵抗せず、ただこちらを空虚な目で見つめてくるだけだった。


 撃った瞬間、オフィサーも、彼自身が持っていた”ミニガン”と呼ばれる銃で女の子を撃った。

 あたしの撃った銃弾とミニガンによる無数の銃弾がことごとく命中して、女の子は倒れることすら許されずに痙攣を繰り返した。

 やがて、銃撃が止むと彼女は倒れこんだ。

 亡骸はしばらくすると、獣じみた毛髪に包まれ、やがて巨大な狼へと姿を変えた。



《レベルがあがりました。強化施設でスキルポイントを割り振ることができます》



 一体何が起こったか理解できないまま、あたしは小部屋から追い出された。

 そして街にある病院のような施設・強化屋で、スキルポイントを割り振るようにいわれた。

 中には思った通り、ホラー映画に出そうな不気味な術室があった。

 幾人かのプレイヤーが券売機じみた装置をいじったあと、手術台に寝そべると、自動的に機械が下りてきて小さな黒いカプセルがプレイヤーの頭部を覆っていく。

 ぞっとするような光景に、後ずさると後ろに並んでいたプレイヤーにあたってしまった。



――『あーいう世界観の演出ですから、怖がらなくてだいじょぶですよー』



 丁度、借りをつくっておきたいらしい水戸亜夢もそこにいた。



――『北見先輩、何のスキルあげればいいか困っているかなーっておもって。 最初は効果実感しやすいように【記憶領域の拡大】って項目を選ぶといいかもしれないです。 亜夢も今日は”講演のために”そっち上げるつもりなんでー』



 【オートモビリティ】【エルジャガーノート】【モッドサイコパシー】【ワーキングメモリサイズ】等々聞いたこともない単語が並ぶ券売機じみた装置から、亜夢はワーキングメモリサイズのボタンを押してそそくさと手術台へ寝そべり、機械に飲まれていく。


 やむなく、あたしも同じようにした。

 視界に迫る機械群に目をつむり、しばらくするとクスクスと笑う亜夢があたしを覗き込んでいた。


 これで一連の流れは終わったらしい。

 強化屋から外に出ると、街中がわずかにあわただしかった。

 ここに来るまでに、ゲーム内のノンプレイヤーキャラクターが往来するのを見ていたので、ずっと騒がしいのはわかっていたが、今回はどうやら様子が違うらしい。



――『ネームレスっていうプレイヤーキラーが出たみたいですー。ほんっと、うざい。』



 最後だけ亜夢の声音が低くなる。どうやら彼女にとって本当に目障りらしい。



――『先輩も気をつけてくださいねー。死んだら、今強化したステータスも全部なくなっちゃいますからぁ』


――『……』


――『あぁ、まだリスクも効果も、よくわかりませんよねぇ。たしか、先輩も須崎先生の悪名高い数学Ⅲの講習うけてましたよね? 須崎の出したこれまでの課題やってみてください。 多分、一瞬で解けちゃいますから』



 須崎教諭の講義は鳴無学院では1、2位を争うほどに評価がもらいづらい。

 その講義の課題が一瞬で解ける?

 そんな馬鹿な……。

 訝った視線を向けたあたしを他所に亜夢は『あ』と声をあげた。



――『げぇ、笹川宗司。 なんでこっちに手振ってるんでしょーか』


――『た、多分、あたしかも。』


――『……あぁ、北見先輩を誘ったのって笹川宗次ですか。 物好きですね、先輩』


――『あたしも付き纏われてるだけ。 笹川さん、”りざるたーあーまー”だっけ? 装備してるけど、これから何かするの?』


――『笹川先輩も風紀隊ですから、ネームレスのような亜夢たちの敵をたおしてくれるんです。 ……手振ってあげたらどうです?』


――『貴方、あたしをはめようとしてる?』


――『バレました?』



 誤魔化すように笑い声をあげた亜夢と別れて、あたしはゲームからログアウトした。

 そしてその夜、あたしはVRから帰還するやいなや、須崎から出された課題に目を通し……その夜、【ワーキングメモリサイズ】の効果を実感した。



 人間は案外、平等だ。

 家庭環境の違いはあっても、人間の能力はそこまで大差がないのだ。

 あたしが天才だと思っていた水戸亜夢の演技力や身体の身のこなしは全て、あの【スターダストオンライン】で培われたものだとわかった瞬間、あたしの中の固定概念は崩れていた。


 鳴無学院が如何に有名大学入学者を輩出しようが、それはこのゲームで説明がつく。


 生まれつきの天才はいない。

 少なくとも、あたしが見る世界においては。


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