第9話 大翼の暴風
【エディチタリウム・フィスト】は初期兵装の中でも最も威力が高い。
理由は近接格闘しかできない故のゲームバランスのせいだろうか。
メニューを呼び出し兵装の説明を読むと、この拳はただの”拳”である。
エディチタリウムはリザルターアーマーの骨組みに使われている物質であり、わずかな剛性に優れているかもしれないが、所詮は自身の装甲を敵に勝ち合わせる程度の武器だ。
目の前の敵は悠然とした態度を崩すことなく、僕の突撃を手に持った【コーティングアッシュ】と呼ばれる大剣で受け止めんと構えている。
奴の落ち着きようと、次世代アーマーの輝き、そして今まさに攻勢に出ようとしている僕を襲う威圧感。
”リヴェンサー”という人物は明らかに学院会の連中とは一風変わった存在であることが直感でわかってしまう。
「委員長殿! ネームレスは空中を移動します! お気を付けてっ」
今まさにリヴェンサーに助けられた田中が裏返った声で叫んだ。
「もう遅いっ!」
食い気味に叫び声を被せたのは僕だった。
やたらに急かされる気持ちがそうさせていた。
【Result OS】のカスタムパーツを外して、自動制御から指先へと手動制御を譲渡する。
本来は姿勢を正すために使うバーニアの一つ一つが、敵へ突貫する僕に不規則なマニューバを可能にさせてくれる。
「背後の一撃を避けた時点で何かあるとは踏んでいたがね。――そうか、貴様も飛べるか」
リヴェンサーは【コーティングアッシュ】を容易く片腕で持ち上げると、僕のよく知るアルゴリズム開始の構えをとった。
――近接戦闘用ブレード系のアルゴリズム【アサルトエッジスラッシュ】。
もらった。
学院会の連中もよく使用する技だ。
一連の流れは高速の2連袈裟斬りから、バックステップ後に踏み込んで敵の胴を一閃する。
袈裟斬りが当たらなくとも、敵を自動的にロックオンして踏み込もうとするこのアルゴリズムは、比較的ターゲットに命中させやすく、学院会の連中も頻繁に使ってきた。
それは裏を返せば、僕にも対処法があるということ。
あのような図太い大剣で使われたことはないが、リーチにさえ計算に加えれば避けるなんて造作もない。
「はぁァアアアア!!」
獣のような雄叫びとともにリヴェンサーは【コーティングアッシュ】による2連斬撃を繰り出してくる。
キャリバータウンでも買えるブレード系兵装【クロムウェルソード】のような細身の剣なら妙技といった雰囲気がある。
しかし、圧倒的な質量と風圧がアーマーを通してヒシヒシと身体にも伝わってくる。
確かなアルゴリズムに則った行動であるはずなのに、巨人がこん棒でも振り回しているのではないかと錯覚するほど、この圧力は暴力的だ。
「けど、何回とみて研究を重ねた技だ。 カウンターの狙い方だってわかるんだよ!」
二連続の袈裟斬りをバーニアの噴射によって左右にかわす。
リヴェンサーがバックステップするためにフロントバーニアを稼働させたのを見計らって、こちらも背部のスラスターを開放する。
「引き際に合わせて踏み込むだと?」
わずかな驚愕の表情を浮かべるリヴェンサー。
一方で彼の懐に拳を叩きこまんとする僕。
入り組んだボイラールームでは、距離を稼ぐなんてできないはずだ。
このままスラスター限界まで加速し、【エディチタリウム・フィスト】をぶち込む!
「然し、【Ver.ヴァルキリー】が機動性で負けるわけにはいかないのでな!」
リヴェンサーのフロントバーニアが推進力を生み出す。
それに合わせたように背部、羽根型のスラスターバックパックがしなやかに広がりをみせて瞬く間に辺り一面に風の壁を生み出す。
スラスターを全開にしているのに……身体が前に進まない。
「初期アーマーでよくも飛ばされずに堪える。 だが、たった今貴様の攻撃は無力化された。」
奴の言う通りだった。一度足が止まってしまえば【エディチタリウム・フィスト】はスラスターの推進力すらない”正真正銘、ただの殴打”になってしまっていた。
だが、それでも今は前に進まねば、下がれば敵のフィニッシュが確実に入ってしまう。
その展開を知ってか知らずか、天上の主がごとく宙に飛翔したリヴェンサーが薄らと笑みを浮かべてこちらを見下ろしていた。
《ブースター、オーバーヒート。
使用を中止します。冷却のため一定時間使用できなくなります》
ついには背部の推進力も費える。
風の壁はふと消え去り、残された僕は床へ足をつけ、数歩いったところで膝をついてしまった。
「さぁ、これで最後だ。」
飛翔からの急降下、天が堕ちてきたかのような一気呵成の突撃。
かろうじてリヴェンサーへと接近していた僕の身体は、大剣に力が乗る前にその刀身に巻き込まれた。
完全に力がのった一撃ではなくとも、胴体に感じる大剣の圧迫はすさまじいものがある。
『スターダストオンライン』は痛覚を感じない。だが腹を抉られている感覚は確かにあった。
元より【コーティングアッシュ】に斬るのに適した兵装ではない。
切れ味の鈍い刀身は僕のリザルターアーマーを乱暴に削り取っていく。
大きく視界が揺さぶられ、平衡感覚が失われる。
もうどこが上でどこが下なのかわからない。
そう判断した瞬間、僕はいつのまにかボイラー室の石灰が浮き出た壁に叩きつけられていた。
《背部スラスターおよび、腹部ジェネレーターに異常を感知。 動力60%減。》
リザルターアーマーの警告メッセージが、叫び声じみたものに聞こえた。
《腹部装甲に異物の混入を感知。 即時に取り除くか、しかるべき施設への助力を求めてください》
「オーバーライド重鉱石によるバッドステータス……」
おそるおそる腹部に手をあて確認すると、やはり【コーティングアッシュ】に使われたオーバライド重鉱石の粉末が抉られた傷口に入り込んでいた。
「この剣のオーバライドの欠片はアーマーの動力を失わせる。
リザルターアーマーを装着する全てのプレイヤーに有利な剣だ」
霞む視界にいくつかの人影が浮かぶ。
うち一つは憎たらしくも大翼を広げている。
「そんな破格な戦闘力で、……チュートリアル明けのNOOB(初心者)狩るの、楽しいか?」
人影に背くように地面を這いつくばる。
「サブ垢で初心者サーバーを荒らす輩の類であろう、貴様は」
「……僕はお前らなんて認めない。」
人影との距離が狭まる。
無様であろうと何であろうと、僕は地面に転がったアレを手に取ろうと手を伸ばした。
「こいつ、まだ抵抗しようとしているのか」
「構わんさ。”【10mm徹甲マシンガン】”ごときじゃ俺のリザルターアーマーは貫けん」
手に取ったマシンガンはズシリと重たく感じた。
【result OS】を再び装着しても、射撃サポートの表示が現れない。視界にはノイズが走る一方だった。
おそらくオーバライドによる動力低下のせいだろう。
ふらつく左腕で照準器を覗く。
狙い撃つことはできないが、霞む視界、記憶だけを頼りに天井に張り巡らされたパイプへと乱射する。
「ヤケを起こしたか!?」
学院会の連中が騒ぎ立てるが、リヴェンサーは僕の行動を目ざとく観察しているようだった。
しかし、彼が察する前に僕の思惑は施行されたようだった。
《【ジェルラットの暗躍】クエストが進行しました。》
突如現れた表示は、この場にいる皆にも見えているようで動揺はすぐに学院会メンバーの全員に伝播する。
僕の放った弾丸は丁度、さきほど【ジェルラット】が湧いた傷アリのパイプに命中した。
よもやそれがクエスト進行の引き金だとは思わなかったが、これは嬉しい誤算だ。
「今は、逃げるしかない」
やがて現れた【ジェルラット】の巨大化したクリーチャーが咆哮をあげるのを背に、精一杯の速度で走り出す。
リヴェンサーは仲間に対する執着が強いらしい。
別段こちらが何をいわずとも、傷つき気が動転した味方を庇うように【ジェルラット】の前へと躍り出た。
巨大化した【ジェルラット】の実力はわからない。だが、【Ver.ヴァルキリー】と称するリザルターアーマーに身を包んだリヴェンサーを倒せるとは思えなかった。
僕は片時も油断することが許されない逃避行へ踏み出した。
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プレイヤーステータス
プレイヤー名 プシ猫
本名 釧路七重
メイン兵装 【電磁式長距離カスタムライフル】
サブ兵装 【エレキ・バヨネット】(銃剣 ライフルに着剣して使用)
アーマー性能
【キャノンサス】
初期アーマーの脚部、腰部にしようした反動制御部品を右腕に集約させ、リコイル制御に適したカスタマイズが施されている。
反面、下半部は全力スプリントにすら対応できないほど脆くなっているため、このアーマーはシューター専用……というよりもはや固定砲台。
薄い装甲は衣服のように風になびく。そのため、遠目から眺めるとドレスを着ているようにみえる。パーツの組み合わせで嵩張ってしまった右腕も、紙袋とともに持ち歩くとフランスパンに見えなくもない。
背部はスラスターの代わりに各部冷却システムを押し込んだバックパックを背負い、電磁式ライフルと接続してオーバーヒートを防ぐ。
カスタムパーツ (ライフルに)【拡大レンズ】×6、【マス・エフェクト・コア】※
補足
※彼女自身は装備されていることを知らない。
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