第8話 求めるもの
呻りをあげる内部機関は本来、プレイヤーが別段の操作を行わずともいい。
背部のスラスターも、本来姿勢制御に使われるはずのバーニア群も。
リザルターアーマーで走り、近接武器や銃火器を使用するだけで細かい操作が必要となっては、VRゲームという域を超え、熟達したパイロットのリアルスキルまで要求されることになってしまう。
まして、航空機かパワードスーツか定かではないこのリザルターアーマーは、VRだけの創造物だ。仮にそういった知識があっても、勝手の違いや開発者側との解釈が異なるせいで現実通りにいかないかもしれない。
もっとも、このような複雑機構を作った開発者本人は「あたしが楽しいんだから、皆も楽しいに決まってるわ!」そう豪語していたが……。
自動制御をわざと解除してプレイヤーの操作下におく方法は誰でも切り替え可能だ。
メニュー画面からカスタムパーツ【result OS】を装備解除するだけで、バーニア類は操作がない限り、ウンともスンともいわなくなる。
けれどパーツ解説文には《リザルターアーマーを操作するためのオペレーションシステム》そう書かれているため、事情を知らねば、おそらくは誰も解除しようとはしないはずだ。
現に、解除した時点でアーマーは脱力した感覚に襲われるのだから、誰もが”これはリザルターアーマーに必要不可欠なもの”という印象をうけるだろう。
試行錯誤の結果。そんな一言で片づけられるのが些か不本意だと思うくらいには、試行錯誤を重ねこの構造を見つけた。
そして制御を解除しての操作が使い物になるまで、死ぬ気(実際に死んだ)で練習に励んだ。
だから多少の無双はそれ相応のご褒美というやつで……。
「も、モンスターだ! モンスターがいます! でかいネズミだ!」
「急にクエストが始まったぞ!? ジェルラッドを倒せって……」
「聞いてないですよ! 狙っているのは低レベルプレイヤーっていったやないですか!」
「オレに言われたって……風紀隊からはモンスターと戦うことになるなんて聞いてない」
「あぁ!ネームレスが逃げる、追え!
クソ、空中で旋回してやがる!
一体何のカスタムパーツを使えばあんなことができるんだよ!?」
「動きが読まれてます! こっちのアルゴリズムが全て避けられた!」
「ま、不味い。奴にターゲットをなすりつけられたぞ!」
「こ、こいつら、ボクばかりを狙ってくる! あぁ、助けてくれ。アーマーが液体で解けてる!」
「た、田中を守れ! おい早く、モンスターに囲まれて姿まで見えなくなってる」
「あんたがいけばいいでしょうが! あんな中に入ったらこっちがやられる!」
「田中のレベルはまだ7だ! キャラクターロストしたってやり直せる」
「そんなぁ……。」
【ジェル・ラッド】の追撃から逃れ、襲撃者である学院会の連中に上手くなすりつけることができた。
連中は既に背後。このままいけば完全に逃げ遂せることができる、が……。
まがいなりにも同じ穴のムジナだろうに、奴らの団結にはほとほと呆れてくる。
田中と呼ばれたプレイヤーが入り組んだパイプに阻まれ、パイプを伝って攻撃してくる【ジェル・ラッド】に反応できずにいた。
一度態勢を崩された彼は【ジェル・ラッド】たちの追撃に飲まれた。
溶解液としても使えるらしい粘液が、田中のアーマーを白湯気をあげて溶かしていく。
それをただ見守って、自身に火の粉が飛んでこぬよう、フレンドリーファイヤになるのも構わずに【15mmマシンピストル】を撃つ面々。
視界が捉える田中と呼ばれたプレイヤーのライフゲージは見る見るうちに削られていく。
「こっちは足止め程度に考えてたのに、死ぬやつがあるかって……」
止む無くスラスター噴射をとどめて、彼らのほうへと振り向く。
兵装を切り替えて【脚部2連小型ミサイルポッド】を選択する。
射撃サポートの照準を、学院会の連中ではなく、田中を囲む【ジェル・ラッド】に合わせる。
あれだけの”クッション”があればミサイルの爆風が田中を吹き飛ばすことはないだろう。
少しでも敵の包囲を緩めれば、あのプレイヤーも脱出できるはず。
「小型ミサイル、発射!」
ミサイル発射の勢いに合わせて、身体が大きく仰け反る。
別に学院会の連中がどうなろうと知ったことではない。生存確認などせずに、この反動を活かして再び逃げ出そう。
そう僕が考えた矢先だ。
仰け反ったおかげか、ヘッドがあった場所に突如巨大な熱の塊が通過したのに気づく。
「――この一撃を避けた……」
何者かの感嘆に震えた声が聞こえ、それがようやく敵の増援による不意打ちであることに気づく。
頭をかすめた攻撃は、古来戦場に伝わる騎兵堕としの大剣――斬馬刀。
圧倒的な重量を誇るそれは、僕の記憶が正しければ、レア度はレジェンダリー。
レベルは20相当の高クラス兵装。
名前は【コーティングアッシュ】。
刀身が高強度のオーバライド重鉱石でつくられており、その重鉱石はアーマーに付着するとバッドステータスを付与させる。
そんな敵を斬るのではなく叩き潰して侵す大剣を、今僕はまぐれで交わした。
《10mm徹甲マシンガンに切り替え!》
何回キャラロストを繰り返そうが、一切を拭い去ることができない恐怖心。
気が動転して、咄嗟に切り替えた兵装で来襲者をけん制しようと試みる。
いつもなら【コーティングアッシュ】の兵装をみれば敵わぬレベル差だとすぐに見極めることができるのに、今はそれができていなかった。
ましてや初期メイン兵装のマシンガンごときでけん制もクソもない。
それでも僕は大剣の持主に狙いを合わせた。
しかし彼は僕に追撃をしかけることもせず、一心不乱に【ジェル・ラッド】の山へと駆け出していた。
【result OS】は解除していないとわかる単調な走行だが、スピードは僕の放ったミサイルにおいつくほどに素早い。
「あ、ありえない。」
思わず声をあげた僕に対し、彼はついにその大剣で小型ミサイルをはたき落とした。
同時に【ジェル・ラッド】へと連撃をはじめ、一振りで複数のクリーチャーを薙ぎ払っていく。
奴との接触はない。
だが、攻撃されたとシステム側が認識されれば、PVPモードとなり、プレイヤー名が表示される。
奴のプレイヤー名は……《リヴェンサー》?
わからない。知らない奴だ。クラスメイトにもそんな名前とかあだ名とか思い当たる単語がいる奴もいない。
誰だ?
いや、そんなことよりも……あいつのリザルターアーマーは、僕が【スターダストオンライン】を始めてからこれまでで、一度もみたことがない形をしている。
……。
「性能が高まればミサイルの速度に追いつくなんてな。
ジェットコースターには乗れないタイプなんだが、このVRならまったく怖さを感じない。本当面白いな、これ。」
「ありがとう、ございます……」
リヴェンサーは助け出した田中と暢気に話している。
僕のことは別段、脅威にも思っていないかのような素振りだった。
他者に手を差し伸べる姿は、中世騎士の見目をした真っ白なリザルターアーマーには似合いすぎる光景だ。
しかも、特筆すべきはリヴェンサーのアーマーは僕や他の面々のように初期アーマーに毛が生えたようなカスタムではない。
背に備わった翼のようなスラスターパック、幾重にも装甲を重ねた胸部。
ところどころ丸みを帯びて未来的デザインがほどこされた四肢。
接続された大剣【コーティングアッシュ】を軽々と持ち上げる左腕は、初期アーマーと異なったキャンディ塗装じみた輝きを放っている。
正統なる次世代リザルターアーマーがそこにあった。
……。
好奇心か、嫉妬か、恐怖か、羨望か、感情が混濁して今にも叫びだしそうだった。
――その姿は僕が求めたものだ。
――この【スターダストオンライン】を真っ当にプレイしつづける……僕のあるべき姿だ。
やがて感情の発露は、マシンガンの引き金を引くという行為に昇華される。
敵の障害だった【ジェル・ラッド】が排除された今、この場から退散すべき局面を迎えているというのに。
「そのアーマーを……お前が使う資格なんて、ない」
僕はマシンガンの引き金を引き絞り、リヴェンサーと呼ばれたプレイヤーへと迫った。
「資格? 貴様はの矜持はわからん。だが、ネームレスよ。
身動きが取れずに助けを乞う人間に攻撃を加えようとした貴様に、俺は倒せんよ」
誤解があることなんてどうでもいい。
僕はただ、【スターダスト・オンライン】を”プレイ”したいと願う。
真っ当に、自由に!
「それを、お前らはいつもいつも! 邪魔するなぁぁぁぁ!」
バーニアのマニュアル制御。スラスターのブーストも機能限界まで開放し、助走をつける。
そして【10mm徹甲マシンガン】を投げ捨て、拳をかざした。
《【エディチタリウム・フィスト】起動確認。拳をにぎりしめてください》
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プレイヤーステータス
プレイヤー名 イチモツしゃぶしゃぶ
メイン兵装 【10㎜徹甲マシンガン】
サブ兵装 【エディチタリウム・フィスト】(近接格闘)
【脚部2連小型ミサイルポッド】 いずれも初期兵装。
アーマー性能 無強化
カスタムパーツ なし。※
補足
※カスタムパーツ【result OS】を解除し、スラスターをオーバーヒート寸前まで使用可能だったり、姿勢制御バーニアを使って攻勢に転じることが可能。
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