第7話 ハンドメイドカスタム
彼女・釧路七重ことプレイヤー名『プシ猫』のリザルターアーマーは改修品である。
脚部や腰部のアーマーを制御装置の骨組みだけにし、あまったパーツ類を腕部、特に右腕に集約させ、反動制御のサスペンションやリコイル制御CPUのメモリも増設。もちろん、単純な剛性を追及するために、リザルターアーマーの要と呼べる装甲を溶かし重ねた。
命名するならば【キャノンサスアーマー】といったところか。
まんまだが。
この改修は全て、彼女のもつ電磁式ライフルを効率的に使用するためだ。
スーパーレア級メイン兵装【電磁式ライフル VCD-54】は、彼女自身がチュートリアル時にガチャでひいたものである。
使用するための要求レベルは5レベルと低いものの、その使用感は一応ゲーマーを自称する僕であっても最悪といえる。
発射までのチャージ時間や一発撃つごとにリロードが必要な点。
肉体疲労度を一気に高めるリコイル等で連射は難しい。
オマケに弾薬は補給屋で高額取引がされている2.5㎝エネルギーカートリッジ弾。
チャージ時間はそもそものカスタムパーツが不足しているため、改善することはできていないが、肉体疲労度は、【キャノンサスアーマー】のおかげでそれなりに抑えることができているようだった。
弾薬の補充も、目下、僕が死ぬたびにチュートリアルと細かいおつかいクエストをこなして入手したグリッドで購入している。
「とりあえず、リペアツールで直してみたけど、完全に治すには一度物資屋に調達しないといけないかも。」
「……ごめんなさい。計画の邪魔してます」
「いや、謝る必要はないよ。こっちも音沙汰なしで学院会の連中と争っちゃったわけだしね。
心配させてごめん。」
表に感情は出ない彼女だが、言葉だけははっきりというタイプだ。
謝る一言が出たということは、相当気に病んでるらしい。
「本当に大丈夫だから。脚部は破損する前提で【キャノンサスアーマー】をつくったわけだしね。それよりも、駆動はどう? 歩行くらいならいけそう?」
七重が四肢を動かし始める。
【キャノンサスアーマー】は脚部装甲が限りなく薄い。故に骨組み以外は七重が振り向くたびにスカートのように靡く。
右腕部が非対称で妙にメカメカしいのを除けば、ドレスに甲冑を張り付けたようなデザインになっている。
七重の古風な人形じみた童顔には少しだけ大人びすぎているが、何やら小さい子が背伸びしている感があって微笑ましい感じがしない気もしない気もしない……。
「ちんしゃぶさん、わたしの画面に《セクシャルハラスメント警告》が表示されてます。
相手の視界にペナルティをかけることができるそうです。……押しても?」
「ごめんなさい。……つか今僕の名前、凄い略し方しなかった?」
「言ってないと思います。ちんしゃぶさん。
なんかキャラロストを重ねるごとに酷い名前になっていきますね」
普通に言ってるんだよなぁ。
確か前回は”ぽんぽんぶりゅぶりゅ”だったか。
「学院会に”ネームレス”とか言われてなかった頃は、あいつらを混乱させることができたんだけどね」
「わたしは”スカル・トロール”が好きでした。」
《プレイヤー名”プシ猫”よりNGワードを検出しました。》
「おいやめなさい。その名前、口早にいうとこっちにハラスメント被害の警告表示が出るんだよ」
「その表示を逆手にとって、相手の視界を奪おうとした時期もありましたね」
「……」
そんなこともあった、みたいにしみじみする気は毛ほどもない。
というか、このクラスメイトさんのプレイヤー名も大概である。
「そんなことより、こっちの改修も終わった。
計6回の【拡大レンズ】パーツを重ねたお手製スナイプスコープ。」
ロージー・アイアンのクエストを新キャラで出るたびにこなして手に入れたカスタムパーツ【拡大レンズ】を無理やり重ねて、【電磁式ライフル VCD-54】の初期アタッチメントである1倍スコープを現在14倍ズームができるものに改造した。
「ありがとう。 これで狙いやすくなりました」
「狙いやすくなっても、やたらにヘッドショットは狙わないでくれよ。 それと、フルチャージで引き金もひかないこと。相手のアーマー性能によっては初弾で即死もありえる」
七重はわずかな無言のあと、小首をかしげた。
「いや、”ダメなの?”って言外に臭わせるのはやめてくれ。 君の目的も、僕の目的も、無暗なプレイヤーキルじゃない。」
「……」
一拍置いて、彼女は頷いた。
本当に大丈夫かな。
「それで、今回はどこを狙いますか? リペアツール使ったから、補充のために物資屋を開放して様子見?」
「いや、今日は嬉しい誤算があったんだ。 さっき僕といたプレイヤー・ヴィスカって子。 彼女、まだ善戦してるみたいなんだ。」
七重の眼差しが鋭くなる。
人見知り体質な彼女は、知らない名前にやたらと敏感だ。
「パーティプレイ中の僕の視界には、さっきまで彼女の名前の横に、戦闘中のアイコンが表示されていたんだけど、今は消えている。それが3度も続いてるんだ。」
「……あ。」
僕が言いたいことに気づいたらしい七重が声をあげた。
「つまり、ヴィスカさんは何度か学院会との戦闘を退けている。 あるいは、キルしているかもしれない」
「……なら、学院会は相応の人数をそこに割いている可能性も高い」
「憶測でしかないけど、彼女は陽動として完璧な仕事を果たしている。
それを利用して、”強化屋”を狙おうと思うんだ」
”強化屋”その一言が出た瞬間、本日初めて彼女の瞳が見開かれた。
『キャリバーNX09』の内部に存在する施設、”強化屋”は文字通り、プレイヤーの基礎ステータスを上昇させる場所だ。
プレイヤーはそこでスキルポイントを用いることで、身体能力や知能を向上できる。
射撃スキルや運動神経、および第六感的知覚まであげることができるので、ゲーム攻略にはかかせない施設だ。
けれど今は、学院会が重点的に閉鎖している。
初心者プレイヤー向け西ゲートと同じくらい、彼らにとって重要な地点といえる。
「能力開発……全部の発端」
七重が震えた低い声音で呟く。
緩い雰囲気が一瞬のうちに取り払われるほどの憎悪に満ちている。
「”強化屋”だけは狙われない。そんな奴らの思い込みを一掃する。」
今度は勢いよく頷く七重。
「あ、あと、七重様に少しお願いしたい作戦……というか演出というのがありまして……」
「?」
その後、強化屋襲撃の作戦を話す最中。
「それと、フルチャージをしちゃいけない理由を言い忘れてたんだけど、その【電磁式ライフル】には僕の持っていた【マス・エフェクト・コア】っていう……」
「ミニマップに反応! 学院会の連中が廃屋に続く路地裏に入ってきました」
状況把握なら、彼女のアーマーのアンテナ性能のほうが優れている。
少し遅れて僕のミニマップにも複数の反応が現れた。
この場にNPCはほとんど訪れない。ましてや大所帯で動くのなんて学院会の奴ら以外ありえない。
「わたしがつけられていたのかも。」
「いや、僕がつけられた可能性のほうが高いさ。 さっきまで追われてたんだし。」
「このアジトは……放棄ですか?」
「うん。だけど、一度検証しておきたいこともあったんだ。――七重は裏口からさきに逃げてくれ。キミはプレイヤーの顔が現実世界そっくりだから、絶対にローブを着ること。
先に強化屋を狙えるスナイプポイントに行っててくれ。連絡は個人通信で」
「わ、わかりました。 その、絶対に死なな……裏切らないでくださいね」
言葉尻だけ冷淡を装って七重は去っていく。
【キャノンサスアーマー】では全力スプリントは困難だ。早くNPCに紛れられることを願って、彼女の背を見送る。
やがてミニマップを見ずとも複数の足音が近づいてきているのがわかった。
検証したいのは一つだ。
クエスト【ジェル・ラットの暗躍】はこのボイラー室に入った人数分、同時に開始されるのか否か。
近づく足音。
それが一つ角を挟んだ地点まで迫ったとき、僕の周りに無数の液体が天井のパイプより這い出てきていた。
「パイプに……傷?」
コンクリの床に落ち込んだ液体はやがて内部に個体を生成し、やがてそれはクリーチャー【ジェル・ラッド】の姿に変わっていく。
その数は……24体。
ミニマップに移った人数は8人。ちょうど一人3体分ってところらしい。
《バーニア、スラスター、姿勢制御をオートパイロットからマニュアルに変更。》
雑魚クリーチャー全般は、チャーム(魅了)効果がない限り、初手は弱い相手を狙ってくる。
さっき七重が撃ち漏らした【ジェル・ラッド】一体が僕めがけて突進してきたのもそのせいだ。
故に、今ボイラー室に突入してきた学院会の連中が発生させたこの【ジェル・ラッド】は、チュートリアル明けの低レベルプレイヤーである僕を狙ってくるということだ。
僕は自身に迫りくる【ジェル・ラッド】とともに、学院会の連中へ向けて背部スラスターを開放した。
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