第6話 こうして彼の妹は助けられない

 右腕部・サウスゲートも学院会の眼が届かない場所である。

 ゲートというからには、ここからでもフリーフィールド――外の世界へと旅立つことができる。

 ただし、このゲーム自体をクリアできるレベルと高性能リザルターアーマーを持っていれば、の話だが。


サウスゲートを端的に述べるなら、この【スターダストオンライン】におけるエンドコンテンツ。ゲームクリア後にやりこむための要素といえる。


 他方面のゲートでは山積みのタイヤとフェンス、錆びれたトタン板で補強された程度のゲートに、『キャリバーNX09』から放出されるシールドの膜が張ってあるだけだった。

 けれどこのサウスゲートの雰囲気はそれとは違い、異質である。

 

 本来『キャリバーNX09』の全身を均等に包むシールドがこのサウスゲート付近だけ、巨大な傘を広げたような装置によってシールドのエネルギーが集約され、分厚くコーティングされている。

 そのうえ更に巨大なボルトで留められたの円形トビラが存在した。

 どれもこれも錆びたそれではなく、手入れの行き届いた鋼鉄によってつくられている。


 そんな建造物が渓谷にスッポリと収まり、人・クリーチャーいずれの侵入も拒んでいるようだった。


 にしても、この場所だけ妙にキャリバータウンの経済状況に見合ってないんだよなぁ。


 まるでここだけコピペして貼り付けたような……。

 サウスゲート付近のNPCに話を聞こうにも、誰もこの話題について話すよう作られていないようだし、予備知識がほとんどない有様だ。



「さて、と。 アジトアジト……っと」



 サウスゲート前はキャリバータウンの住宅地という設定だ。

 簡易人工知能を持つNPCたちはそれぞれの生活サイクルを営んでいる。

 僕たちプレイヤーと同じリザルターアーマーを装着した調達員NPCもいる。


 笹川をはじめとした学院会クラン所属のプレイヤーには見分けが着かないらしいが、根気よく眺めていれば、彼らの動きに法則性を見出すことができる。


 例えば、あの初老のローブで身体を隠したおじいさんはフリューゲル・アンス。

 このゲーム内時間の昼帯に話かけると、”駆け出し調達員”のプレイヤーに肉体疲労を回復するヒントをくれる。一方、夜帯に話しかければ、酔った彼がバッドステータスを回復してくれる【ヴォッカド濾過】というアイテムをくれる。

 

 例えば、地面を這いずり回るロージー・アイアンと呼ばれた淑女はこのキャリバータウン内で無くしてしまった蓋付き銀時計を探している。見つけて渡してやると「蓋を開いていないかどうか」問い詰められる。”NO”と答えれば駄賃として25グリッドがもらえ、”YES”と答えれば蓋の裏に貼られた写真の内容を口外しない約束で、カスタムパーツ用【拡大レンズ】を手に入れることができる。



 それと……。

 泣きそうな顔で辺りを見回している男の子は、クリーチャーに捕まった妹を心配して、”調達員”に助けを求めようとしている。

 名前はレン・ミストレイ。

 赤毛の短髪に黄金の眼をもつ彼は、他のNPCよりも派手な見た目をしているところを察するに、このゲームのメインストーリーにおける主要人物になるのだろう。

 瞳に涙をためた彼は、通りかかるNPC調達員に話しかけては断られている。

 それを昼夜問わず、生活サイクルを無視して繰り返している。


 調達員であるプレイヤーもまた、彼が助けを求めたい対象だ。

 もし僕が彼に近づけば、レンは悲壮感に満ちた言葉とともに妹救助のクエストを言い渡すだろう。


 でも僕はこの救助クエストをクリアできたことがない。

 なぜなら、妹が攫われた場所はキャリバータウンの外・フリーフィールドのダンジョンにあるからだ。


 クエストを引き受けて彼をひとまず安堵させることはできても、妹を救えないのではぬか喜びも良いところ。

 願わくば、学院会の連中がここに寄り付かないのは、レンに対する負い目であってほしいと思わなくもない。



 話を戻そう。


 つまり右腕部地区サウスゲートの周辺には、学院会クランが警戒すべき箇所が存在しないのだ。

 はじまりの町・キャバリータウンに巣食う低レベルなプレイヤーがサウスゲートから冒険に出かけるわけもなし。

 かといって学院会クランのメンバーはクエスト――というよりこのゲームの攻略に興味もない。

 なら、この地区に駐在する意味もない。

 だからこそ僕や七重が潜む拠点がつくれるというわけだ。


 住宅街の基本的な構造物は、町の人々が思い思いに建てた掘っ立て小屋である。

 西ゲートのバリケードと同じくトタンやタイヤを鉄線で固定した不細工なそれらがあちこちで乱立している。

 

 屋内か屋外か判断するためのトビラがない家屋も多いため、街路を歩いていたらいつの間にか民家に入っていることもしばしばある。

 それほどに住宅地区は入り組んでいる。


 この迷路のような街路地をひたすら左に進んでいくと、廃屋があり、そこが僕の隠れ家ということになる。


「その前に、っと。」


 今生を有意義に使わねばならない。

 僕はあらかじめ拾っておいた蓋付きの銀時計を取り出し、銀蓋を開いたあと、四つん這いに側溝っぽい所を見つめているロージー・アイアンに話しかけた。


 …………。


 路地裏をひたすら左に曲がる。

 NPCでも勝手に家に入られるのには抵抗があるらしく、冷ややかな視線がこちらへ向けてくる。

 これを十数回ほど繰り返すとようやく廃屋が現れる。


 ここまでサウスゲートから距離が開けば、追手につかれる心配はないだろう。

 

 廃屋は長年使われていないボイラー室のような形をしている。

 掘っ立て小屋は数多し、しかしこの廃屋の持主はもともとキャリバータウンに建っていた建造物を使いまわしたらしい。

 あちこちに伸びているパイプとそれら繋ぎとめるバルブがあった。



《【ジェル・ラットの暗躍】クエストを開始します》



 突然現れたフォントは、この廃屋に立ち入ることで表示される仕組みになっている。

 廃屋内の【ジェル・ラット】と呼ばれたクリーチャーを3体倒すことでクリアになるようだが、イマイチこのクエストの前後関係がわかっていない。


 本来クエストは調達員としてクエストカウンターから受注するか、さっきのように街の人から突発的に頼まれたりもする。

 けどこのクエストには依頼主もいなければ、達成報酬すらない。

 というか、仮に僕が【ジェル・ラット】を倒そうが、微々たる経験点が入るだけでクエストはクリアにならないのだ。オマケに進展もない。


 故に妖しい臭いがプンプンするわけで。

 散々、この廃屋の探索をしている間に隠れ家に早変わりしていましたとさ。


 BANG! BANG!


 突如聞こえた銃声とカートリッジが落ちる金属音。

 


「おー、やってるやってる」



 ジェルラットのレベルは6。

 【スターダストオンライン】における敵クリーチャーのレベルは、そのレベル相当のプレイヤーと戦闘力が拮抗するように設定されている。

 対プレイヤーであればアーマー性能やステータスの割り振りで、レベル差を埋めることも可能だが、クリーチャーはリザルターアーマーの性能も加味してレベリングされているため、極端なレベル差で挑むのは無謀といえた。


 現在の僕のレベルは3。


 ノーカスタム、バニラアーマー。

 初期兵装じゃあまりにも非効率的だし、下手すればまたキャラロスト=死ぬ。



 BANG! CLAP!!


 これで3発目だ。

 ――発砲したのは十中八九、七重だろう。

 プレイヤー名・プシ猫こと本名・釧路七重という女の子は、一応僕の協力者……というかクライアントと呼べる存在かもしれない。


 さきほどの銃声、3発目のあと何かが破裂するような音が聞こえたのが気になって先へ進む。

 【ジェル・ラット】は粘性の液状をまとったネズミのクリーチャーだ。

 背丈は僕らプレイヤーの膝丈ほどしかなく攻撃も比較的単調。


 操作に慣れていなくとも、レベルさえ伴っていれば倒せる可能性のほうが高い。


 となれば、僕よりも七重のほうが適任であるということだ。 


 やがて巨大なタービンひとつが収まった小部屋にやってくる。

 僕と七重がいつも落ち合うのはこの地点だが……。


「――あ」


 角を曲がった瞬間、大砲玉と見紛う塊が僕にめがけて襲い掛かってきた。

 ホルマリン漬けのネズミが瓶なしで動きまわっているような、そんな姿のクリーチャー【ジェル・ラット】が前歯を剥き出しにしていた。


 レベル差によってリザルターアーマーの思考時間延長サポートは受けられない。

 そうなってしまえば、前知識が豊富ってだけの僕は所詮凡人プレイヤーでしかないわけで、その、つまり、この一撃を喰らったらどうなるかわからな。


 BANG!


 ヘッドアーマーに少量のダメージが入る。

 と同時に視界が【ジェル・ラット】のまき散らした謎の液体で真っ青に染められた。

 足元には上半身が丸ごと消え去ったクリーチャーの無残な亡骸。 


 ジェル・ラットの攻撃が僕へと決まる前に、七重が遊撃してくれたらしい。


 ここで狼狽えたら彼女の笑いのネタを提供することになる。

 あえて平静を装い、タービン室にいる彼女の姿を探した。

  

 そして彼女の姿を見るや否や絶句する。



「……………何か質問が?」


「そりゃあ。アンダーウェア丸出しで宙づりになっている人を目の前にして、疑問くらい湧くよ」



 なだらかで限りなく平坦な身体のラインをくねらせ、タービンから伸びるパイプ一つに身体をひっかけた少女がそこにいた。

 両腕に抱えた真っ白な長銃は今しがた敵へと放った影響でマズル付近に白煙を揺蕩わせている。

 で、何よりも驚愕のなのはその不格好だ。

 彼女はリザルターアーマーを着ているはずが、もう半分は脱いでいる状態だった。



 両腕だけをアーマーに包んで、かろうじてライフルを使用した。――そんな状況が伝わってくる。

 女子高生がクラスメイトに半裸を診られたら、すぐに隠しそうなものだけど……。

 七重は澄ました顔つきのままでシリンダー式の【電磁式ライフル】のマガジンを交換している。

 身じろぎするせいで慎ましい微乳がパイプに沈んでは現れ、沈んでは現れを繰り返して……。



「見てもいいけど、そろそろ助けてほしい。

 アーマーの姿勢制御が壊れて歩行すらままならない。

 スラスターもオーバーヒートしてるから、このままだとパイプが重みに耐えられなくて堕ちます」



「ああ、なるほど。 【ジェル・ラット】から距離とりたいのに、姿勢制御が壊れたからそれが出来ず、最後の手段にスラスターを全開にして、上のパイプに張り付いた……ってことか。 あれ、そもそもどうして姿勢制御が壊れるんだ?」



「……半裸に気を取られてればいいものを」


「え、何かいった?」


「いえ、そんなことよりも早く降ろして」


「そういえば、僕とさっきのヴィスカを見ていたんだよね。 あの地点をスナイプできる場所って結構ここから離れてるし……もしかして」


 全力疾走で帰ってきたせいでリザルターアーマーが壊れたんじゃ……。


 そう確認を取ろうとした矢先、天井が落ちてきた。

 七重を見上げるように眺めていた僕の場所へと、彼女が無理やり落下してきたのだ。


 アーマーを装備しているからか、はたまた彼女が軽すぎるせいか、羽毛のクッションを手に取ったかのような感覚を感じつつ、なんとか受け止める。



「そうです。走りました。チュートリアルが終わっても現れない貴方を心配して、走りました。 忘れないでください。 貴方はわたしの復讐に付き合うって約束しました。

 私を忘れないでください」


 シルクのベールを思わせる彼女の黒髪が僕のアーマーの両腕を包んでいた。

 彼女もまた、現実世界の自分に似せてキャラクターを作った。

 そのせいで、七重といるときは現実とVRの区別がつきづらくなる。


 でも、僕がやっているのは【スターダスト・オンライン】という名称のVRMMOだ。

 彼女へ曖昧に頷き返したあと、僕はその小さな身体をおろした。


 

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