第5話 逃走と裏切り

「あの! 逃げるのでしたら、パブリックスペースからフリーフィールドに抜けたほうが楽なのでは?」



 繋いだ手のひらは無骨なアーマーの厚みで欠片も柔肌を感じない。

 ……いやいや、VRゲームでそんなこと考えるのもイタいのは分かる。

 だが一度意識した煩悩を拭い去るには時間を要するわけで……。


 そんなことより、現状を憂うべきだろう。

 僕は”バンディットプレイヤー”になったことで、他のプレイヤーから名前とレベルを確認されてしまう。

 NPCの調達員に紛れることができなくなるという意味だ。



「それが出来たら苦労しない。キミが言っているフリーフィールドへのゲートは、”学院会”の連中が封鎖している」



「でもマクスウェルさんはそこから冒険に出られると」



「それが出来ないから困ってるんだろ!」



「――……」



 さび付いた鉄の壁を横に伝いながら、雑踏の中へと身を投じるように走る。

 『キャリバーNX09』の仰向けに倒れた巨躯を中心に繁栄した集落・キャリバータウンの市場エリアをいく。

 今いる左脇部ではリザルターアーマー以外のアイテムが売り買いされている。

 アーマーの中身であるプレイヤーに影響する薬類は、ゲームを進めるうえで欠かせない。

 

 笹川たちとの戦闘で蓄積した身体疲労度も既にピークに達しているのが視界のゆがみでよくわかる。


 だからって、彼女にあたってもしょうがないだろうに。

 


「怒鳴ってごめん。

 君につっかかってきたさっきの輩、3人とも鳴無学院に通う学生だ。」



「あの、笹川さんという方もおっしゃってました。鳴無学院ってX県のY市にある?」



 わずかな困惑の表情を浮かべて彼女は聞き返した。

 片目に碧い水面纏った瞳を揺らして何やら思案しているようだった。

 


「君も、鳴無学院の生徒だろ?」



 彼女は身体をビクつかせて頭をあげた。

 思った通りの反応がかえってきて逆に気まずくなる。 



「応えなくていいよ。

 このVRMMOは、鳴無学院の生徒が入学したときに配られる情報端末にあるゲームなんだ。

 発売中止になったゲームがどうしてプレイできるのかって疑問なら、僕もわからない。」



「知らなかった……。じゃあ【スターダストオンライン】のプレイヤーって」



「ほぼ全員が鳴無学院の生徒。 もちろん、鳴無学院の生徒全員がこのゲームをプレイしているわけじゃない。

 唯一稼働しているこのαサーバーですら、人数制限にも満たないほどのプレイヤーしかいない。」


 ”しか”いなくても、僕にとっては十二分に脅威だけど。



「あるふぁ? さーばー?」



 彼女はキョトンと首をかしげた。

 たしかに、こんなことはチュートリアルで説明されない。



「その、MMO――大規模多人数同時参加型オンラインゲームは、このゲームの運営が用意した一つのサーバーにプレイヤーが接続して、初めてプレイできるんだ。

 現状、用意されているのは僕らがいるαサーバーだけ。

 あと、このサーバーも夜間午後10時~12時までしか開放されていないってことも知っておいたほうがいい。」



「今の時刻が午後11時。もし12時までにプレイを終えなかったらどうなってしまうんでしょう?」



「強制的にログアウトさせられる。それだけさ。」



 午後10時ちょうどからキャラクリエイトを初めて午後11時。

 笹川とのいざこざを差し引いても、チュートリアルをこなすスピードが格段にあがっている。

 まったく、チュートリアルだけのタイムアタックだけなら確実に一位になれるな。

 ルート選択、モルドレッドへの対処、如何にNPCとの会話を省いたり。


 ……あれ?

 今何か違和感が……。



「あの。今はどちらに向かわれているのですか?」



 ああ、そうだ。目下思案しなければならないことがあった。



「学院会の連中の眼が届かないところ。 ちょっといいか? はぐれないようにパーティに誘いたいんだ」


 メニュー画面から”ソーシャル”項目を選択し、パーティ勧誘を送る。



「あ、はい。わかりました。仲間になるんですね。」



 上品な笑みを浮かべて彼女は何の疑いもなく指示に従ってくれた。

 ……僕がパーティプレイヤーになることで、彼女もバンディット(犯罪者)プレイヤーになってくれることも知らずに。



「”貴方はバンディットとなりました。褒賞金は1000ぐろっと? 

 あのあの!これってどういう意味なんでしょうか」


「そのままの意味だよ。晴れて君も犯罪者ってこと。

 チュートリアル明けでレベルも一緒、着ているリザルターアーマーも同じ初期型。

 他プレイヤーのミニマップにうつるのはバンディットアイコンのみ。

 近距離まで近づかない限り、プレイヤー名は表示されない。

 つまり、遠目からみれば僕とキミ――えーと、プレイヤー名・ヴィスカさんは同一人物にみえるってわけだ」


 もっとも、ヘッドアーマーを解除していれば彼女の水色の長髪ですぐ見分けがついてしまうだろうけど。

 にしても髪の色は別として、この見た目は現実に似せているのだろうか。

 現実(あっち)ではブスでしたっていうんじゃ、この容姿はあまりにも美化しすぎていてイタいな。

 まぁ、この【スターダストオンライン】では他プレイヤーを信じるなってことだ。



「――悪いけど、君を陽動に使わせてもらう」



「…………」



 茫然自失、理解が追いついていなさそうな顔付きだ。

 そりゃあそうだ。迷惑プレイヤーから助けてもらったと思ったら、今まさに助けた人間から裏切られるわけだし。


 しかしながら、そういう反応を返されるだとこちらとしても心が痛むもので……。



「わかりました! わたしたち、仲間ですもんね。

 ……それに、元はといえば、イチモツしゃぶしゃぶさんが私を助けてくれたのが原因ですし。

 今度は不肖、ヴィスカがしんがりを務めます、ねっ。」



「え、あ、はぁ……?」



 予想外の返しに思わず緩い声が漏れてしまった。

 キラキラした笑顔と真っすぐな瞳で彼女は見つめてくる。



 あ、あれ、この子、自分が裏切られたって感覚は少しもない感じ?

 


「? 私変なこと言いましたか?」


「いや。別に!」


「では、合流はどちらでいたしましょう?」


「じゃあ、頭部地区の北にあるジャンク置き場で合流しよう。そこは学院会の連中が寄り付かないんだ」


「わかりました。では。」



 そういうと彼女――ヴィスカは踵を返した。

 こいつ、他人にネチケットとやらを説く前に疑いを持つことを覚えたほうがいいんじゃないだろうか。

 


「ああ、クソ。でも僕は間違っちゃいない。」



 このキャラがロストするリスクを下げたいなら彼女は必ずお荷物になる。

 人混みにヴィスカが消えていく。

 その直後に他プレイヤーと思しき張り上げる声が聞こえた。

 愚直にも彼女は本当に陽動を務めているらしい。 



 頭を振って今自分がすべきことを思い出す。



「僕はこのキャバリータウンの外に出る。」



 口に出したところでリザルターアーマーの音声通信機能が鳴り響いた。



『あの女、邪魔なら撃ち殺す?』



 内臓スピーカーから聞こえた舌足らずな声音は、その幼さに反して物騒なことを呟いていた。



「近くにいるなんて聞いてないぞ。

 ログインなんてせず、七重(ナナエ)は試験勉強しておくべきだ。

 ゲームしてる暇ないんだろ?」


『それはそっちも同じ。わたしのこと、忘れたかと思って不安になった』



「忘れたくても忘れないよ。 君の復讐には最後まで付き合うって約束したんだからね。」



『……ん。

 右腕、サウスゲートの隠れ場で待ってる。』



「いや、だから人の話を――……切れた」



 その一言だけ告げて通信は途絶える。

 通信相手である釧路七重とは4年間の付き合いだが、未だに感情が読めない。

 彼女のリザルターアーマーは実弾スナイパーライフルを用いる支援型になっている。

 当然、無理やりのカスタマイズで、だ。


 今も彼女はどこかで僕を見張っている。

 自身の復讐のために。


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