第4話 掠める閃光、切迫のマニューバー
「あ、がっぁ!?」
かっこ良いネーミングがされていようと、初期兵装。
一言で表現するなら文字通りの鉄拳制裁である。
振りぬいた風圧と破裂するような打撃音。
拳に感じる骨を砕いた確かな手ごたえ。
笹川の冴えない顔つきが瞬間ひしゃげて視界の奥へと吹き飛ぶ。
《貴方はバンディットプレイヤーとなりました。
プレイヤー名とレベルが公開され、周辺マップに位置が表示されます。
貴方の首にかかる褒賞金 1000グロット》
リザルターアーマーによるサイコブーストか、あるいは現実の僕が体感しているのか、スローモーションとなった光景に、笹川の取り巻き二人とオッドアイ少女が唖然とする表情がみえた。
彼らの視界にうつるHUDにはバンディットになった僕のプレイヤー名とレベルが見えているはずだ。
今生を全うしたいなら引くことが許されぬ状況となった。
つまり、目撃者は殺せ。
《【脚部2連ミサイルポッド】の適正距離ではありません。使用し――》
《非戦闘プレイヤーへのアタックは褒賞金の増加に繋がります。よろ――》《非戦闘プレイヤーへのアタックは褒賞金の増加に繋がり――》
警告メッセージをひたすら無視しつづけ、僕は間近となった取り巻き二人の前をスラスター噴射で横転する。
動きに合わせて脚部の小さな射出口からはミサイルが発射された。
1ミサイル1プレイヤー。
とりあえず吹っ飛ばせれば問題ない。
回避行動とけん制を併せ持つリザルターアーマーのプログラミングにない僕独自のムーブだ。
ミサイルの爆風を避けられるに加えて、ヒットアンドアウェイ戦法がつかえる。
だが。
《制御機能・バランサーのエラーを感知。適切な操作を心がけてください》
高確率でリザルターアーマーがバカになる。連続的に使えるものではなく、奇襲にしか使えない。
放たれた小型ミサイルは直撃こそしないものの、取り巻きの二人を爆風に巻き込んで後方のフェンスへ彼らを叩きつける。
オッドアイの子に当たらないか懸念していたが、意図せず取り巻きが爆風の盾になっていたらしい。
彼女は尻もちをついただけだった。
しかし他人の心配もしていられない。
エラーを警告した姿勢制御機能を補うように、足裏からスパイクが突出し、アーマーは地面を抉ってかろうじて制止する。
「っツツ……PK? ネームレスは殺したって言ってなかったか?!」
「違う! ネームレスはキャラリセしまくって名前が定着しないからって付けられた仮称だっ! ……ああもう、ノックバックで視界が揺れてる」
笹川たちがのそのそと立ち上がった。
戦闘開始を告げるフォントが画面上に表示され、同時に敵対プレイヤー3人分のライフゲージが出現する。
派手にぶっとばしたものの、ファーストアタックダメージは通常攻撃によるダメージより威力減衰する。先手側、後手側の有利不利を軽減するためだ。
しかしながら、小型ミサイルポッドによるダメージは仕方ないにしろ、僕が保有する兵装の中で一番のダメージ量を誇る鉄拳(エディチタリウム・フィスト)ですら、10分の一ほどしか削れていない。
それもそのはず……奴らのレベルは既に”レベル13”に達しているのだから。
「ネームレスの特徴は3つ。
一つ、低レベル。
二つ、俺たち学院会のクランに入っていない。
三つ…………名前がテキトー。
あてはまってるだろ?」
「……”イチモツしゃぶしゃぶ”、奴だ! 違いない!」
マジか、名前でアナライズされてんの? 僕。
こちらの地味なショックも知らず、笹川たちも各々のリザルターアーマーに身を包む。
僕と同じ、初期アーマー型だったが、持っている兵装がまるで異なっていた。
取り巻きが手にしているのはビーム系より威力は劣るが、僕の拳よりはるかにリーチがある【エディチタリウム・ランス】。
そして笹川が持っているのは、目下僕が装備したいランキング一位に輝くポピュラーウェポン。
スタンダードな兵装はレベル制限さえ満たせばプレイヤーのステータスの値関係なく装備できるものが多い。
モルドレッド戦で僕が使ったあの【Q10R】ビームライフルもその一つ。
そして。
「3レべ? チュートリアルが終わった辺りのレベルかなぁ?
いい、雑魚さ加減だ。コレの試し打ちがしたくてね……。」
笹川が持っているのは【Q04G】、ビームピストルだ。
所詮はピストルと思いがちだが、放たれるのは高威力のビーム弾であり、頭部に命中でもしようものはなら、真夏の鉄棒に氷をあてるがごとく装甲を溶かすだろう。
この”キャリバータウン内にて”手に入る最強の兵装と言っても過言ではない。
「……っ」
「どうした? 流石のネームレスも今更キャラロストが怖いのか?」
ビームピストルの銃口がこちらを捉えた。
発射の高熱に堪える超鋳造バレルが黒光りし、その延長にはエネルギーをビーム弾に切り替える小型コンデンサー。銃身には掠れたロゴマークが侘しく、そして確かな存在感をもって鈍く輝いて見えた。
きっと、引き金を引いた瞬間に程よいリコイルがアーマーに伝わり、冷却システムが音を鳴らして白息を吐き出すのだろう。
……涙が出そうだった。
「ちげぇよキョロ充が……」
どうして幾度もこの”キャリバータウンから次の拠点へ”移動しようとして四苦八苦する――つまり、このスターダストオンラインを真っ当にプレイしている僕ではなくて、目の前のクソキョロ充がビームピストルを撃とうとしているのだろう?
モルドレッド戦のビームライフルはまともに撃っていないから、僕にとってはノーカンだ。
こんなのってあんまりじゃないか。
「今何か聞き捨てならない単語が聞こえたような」
笹川はこちらに視線を外すことなく、取り巻きたちへと合図する。
取り巻き二人はあの女の子を囲むのと同じ要領で距離を詰めていた。
「そんなに聞きたきゃいってやるさ! 中学時代に浅い人間関係しかつくれず、卒アルで皆から定型コメントしかもらえなかったクソキョロ充が!」
「ッあ……あぁあぁ!? お、オマエぇ!!」
ビームピストルの銃口に光が集約される。
そしてコンマ秒単位の間にビーム弾が周囲に光を放ち、エネルギーの塊が僕へと襲来した。
「(――四方バーニア制御及び、スラスター制限をセルフコントロールモードに移行。
バランサーを一時解除。)」
リザルターアーマーが途端に質量を伴い、関節部の駆動が激しい金属音を鳴らした。
姿勢を保つためのブレーキが利かず、熱にうなされる身体のように、膝ごと地面へ崩れ落ちそうになった。
「なんだ、あの動き!?」
けれど指先のコントロールキーを用いてフロントバーニアをめいっぱい稼働させてなんとかとどまる。
一連の動きは笹川たちから見れば奇妙に見えただろう。
彼らが知るリザルターアーマーのアクションにこのような動きはないからだ。
……いやまぁ要は、滑らかにお辞儀しただけなんだけど。
後頭部に熱圧が通過するのを感じ、今度は攻勢にでる。
「オートターゲティング機能でこの距離を撃ったんだぞ……?」
アーマー越しで表情が見えなくとも、笹川の動揺はその仕草でよくわかった、
「この街から出ようとしないオマエらには一生わからない、って!」
左方バーニアを重点的に稼働させ、うつ伏せに倒れこもうとする身体を反転させる。
それに合わせて背部のスラスターを開放する。
戦闘機のマニューバと酷似した錐もみ状の機動を展開し、そのまま笹川へと迫る。
「ち、地上戦での空中機動!? 無茶苦茶だ
そんな操作ができるなんて!俺は聞いてないぞ!
おい、お前らの槍は飾りか? たかだかレベル3なんてロクな兵装もないんだ。とっとと囲んで倒せ!」
「わ、わかった。 《クローズコンバットアルゴリズム【ランサーエッジスライド】開始》」
至近距離戦闘用の……。
【アルゴリズム】とはは謂わばこのゲームでいうところのスキル技だ。
システム側があらかじめ用意した攻撃ムーブをリザルターアーマーに行わせることができる。
たとえどんなにアーマー操作が覚束ないプレイヤーであっても、アルゴリズムを用いれば的確で派手なアクションが可能。
「有効範囲の広いランスなら、どう回避行動しようが――」
「むしろアルゴリズムに頼らない攻撃のほうが脅威だったよ」
機動をやめ、【ランサーエッジスライド】を使用した取り巻きの正面へ出る。
この技の流れは、横薙ぎ、半転、振り上げ、上段振り下ろし、ラストは突き刺し。
一つ一つの動きは僕が操作しても真似られないほどに緻密だ。
けれど、規則的な動きはこのゲームにとって大きな欠点になる。
笹川が僕にビーム弾をあてられなかったように、不規則な動きは敵の不意をつくる糸口になるのだ。
それを自ら手放すのが、アルゴリズムだ。
横薙ぎを、仰向けに倒れこむ寸前で背部スラスターを作動し、低空飛行で避け、反転からの振り上げも一重にかわして次の動きにつなげる。
そして振り下ろしに合わせて、取り巻きの鳩尾部へ【エディチタリウム・フィスト】を叩きつけた。
「【ランサーエッジスライド】に攻撃をあわせ……た?」
他方の取り巻きがもう一人の有様を見て、こちらへの接近を躊躇した。
「う、う、動かない。 笹川さん、アーマーが動かないんです! どうすりゃいいですか!?」
右腕の拳に取り巻きのアーマーがめり込んでいる。
装甲がひび割れ、その隙間からジェネレーターの光がまばらに点滅するのが見えた。
僕個人の力は所詮レベル3で、おそらく今対峙する彼らの誰よりもアーマーのパーツは乏しい。
だが、カウンターであれば相応のダメージがアルゴリズム使用者に返ってくる。
「動力部を破壊した。お前はこのまま一方的にやられるんだ。
そしてライフゲージがなくなった瞬間、お前のキャラはロスト――消滅する。
”サイコブースト”による頭脳のウーンズ効果もなくなる。
この意味、わかるよな?」
取り巻きにだけ聞こえるように、耳元でささやく。
プレイヤーに痛覚が伝わることはない。だが、彼は呼吸を荒くして小刻みに首を振った。
「い、いやだ。オレはやっと13レベルまでこぎつけたんだ。
来週にはクラス分けの試験だってある。 傷跡がなくなったら、無理だ。いきて、いけない。」
クエストクリアも、クリーチャー狩りもせずに上がったレベルに何の意味がある。
敵に食い込んだ拳を無理やり広げる。
アーマー内の導線が引きちぎれていくのがわかる。それだけでも取り巻きのライフゲージが減少していく。
……当初の目的は彼らをキルすることだ。
けど、彼女がいる。それは得策じゃない。
「じゃあ、他の奴らの足を留めろ。やり方は問わない。なんでもいい。
もし出来なかったら、今度こそお前をPKする」
「ひぃ……わ、わかりました。やる。やりますよ!」
こちらの拳に刺さった取り巻きを他方の取り巻きへ投げつける。
密にスラスターを作動させた彼は、勢いよく飛び掛かり、嗚咽をあげながら他方の取り巻きをホールドする。
「お、おい。なにすんだよ」
「違う。身体が動かないんだ。ジェネレーターをやられちまった」
「二人とも何を遊んでるんだ。ヤツが離れていく」
「――さ、笹川さん。オレ、さっきあいつから笹川さんの秘密を聞いちゃいまして……」
「あぁ? 急に何を」
「さっきの卒アルの件の……」
「あぁん!?」
薄っすらとこちらから関心がそれるのを確認する。
まぁ、せいぜい頑張ってくれ。
僕は尻もちをついたままになっていた少女の手をとった。
「悪いけど、ちょっと一緒にきてもらう」
「え、あ、はいっ」
我に返った彼女は気前のいい返事をかえしてくれた。
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