第3話 必殺、普通のパンチ

 【マス・エフェクト・コア】。

 『キャリバーNX09』に搭載された予備炉心をリザルターアーマー用にリメイクしたジェネレーター部位のパーツ。起動することでほぼ無限に近いエネルギー量を得るが、同時に起動時点からリザルターアーマーがオーバーヒートを起こすため、冷却システム及び剛性に優れたアーマーが必要となる。

 

 ……通常装備時にこのマイナス効果なら、僕が付けたら起動した瞬間爆死か瞬間沸騰ってところだろう。

 いずれにしろ、ジェネレーター部位はアーマーを動かすための核だ。使用するたびに故障の恐れがあるのなら、迂闊には使えない。

 

 でも、魅力的なパーツではある。

 無類のエネルギー供給がされるならビーム兵器は撃ち放題、シールド・バリアも貼り放題だ。

 まぁ、使えたところでソロプレイヤーの僕にはリスクが高すぎるんだけどね。


「――これで大体の説明はし終えたな。今後はクエストカウンターから依頼を頼むといい。 それと、できれば離れてほしくはないが、君は何かの運命を背負っているんじゃないかと俺の勘が言っている。 このキャリバータウンから離れるときは声をかけてくれ。」


 RPGじゃお決まりの文句だ。

 プレイヤーはただの村人Aではなく、いつだって特別な主人公だ。

 西暦2035年を生きる現実世界の僕はどうしようもないほどの凡人だけど、この世界なら人類の命運をかけた戦いで活躍できるはず。


 それが一つのゲームの在り様といえる。

 けれど、それを許さない連中がこのVRゲームに存在する。


「それじゃあ、君にサテライトの導きがあることを、祈ってる」


 マクスウェル・リストがそう告げた瞬間、僕の視界には《クエストクリア》の文字が現れる。

 得られる経験点は300EXP、報酬は僅かなゲーム内通貨。


 そしてこれは僕にとっての”エンディング”を意味する。

 チュートリアルが完全に終わると、キャリバータウンは『パブリックスペース』になる。


 他プレイヤーとのコミュニケーションが可能なエリアになってしまうということだ。

 チュートリアルの間、パブリックスペースになっていないのはきっとゲーム開発者の配慮というやつかもしれない。



「ッ――」


 クエストクリアを合図に、いつの間にかキャリバータウンのゲートがある場所へ強制移動させられる。

 手作り感の否めない雑な溶接で組み上げられた鉄フェンスと無数のタイヤが重なった柱を敷き詰めてバリケードが作られていた。その上から被さるようにして、宙にピンクかかったガラス膜がみえる。

 おそらく、あれがこの巨大兵器キャリバーから発せられるシールドなのだろう。この町の全体を覆っているらしい。

 光景に見入ったりはしないすぐ踵を返してその場を離れようとした。


 

 だが次の瞬間、僕の背後から演劇じみた男の声が聞こえた。


「どうも、はじめまして。俺、鳴無学院2年C組の笹川宗司と申します」


 このSFチックな世界観にまるでそぐわない現実然としたネーム。

 そして鳴無学院2年C組という聞きなれた言葉の並び。

 振り向くと、少し後方。

 現実世界そのままの容姿をした笹川宗司こと僕のクラスメイトがそこにいた。 


 どうやら話かけられたのは僕ではないらしい。


「この立ち位置に突然現れたってことは生きたプレイヤーだよね?」


 地味な顔つきの彼がリザルターアーマーを着ているとコスプレにしかみえない。

 一方で話しかけられているのは、水色のビビットな配色がなされた長髪とオッドアイが特徴的な少女だった。


 このVRゲームは自由に容姿を変更することが可能だ。

 それでも彼が自分の素性を隠すつもりがない姿をしているのには、当然ながら理由がある。 

 ネットリテラシーを守る気など一切なさそうな聞き方なのに、少女は恭しく頷く。

 笹川は既に何かを察しているかのようにニヤニヤと笑みを浮かべていた。

 陰キャラとキョロ充の境目を行ったり来たりしている輩だ。

 どうせロクなことを考えていない。ソース元は僕。


「あ、あのはじめまして。わたし、ヴィスカと言いま――」


「あぁ、ゲームでの名前じゃないから。 俺は鳴無学院2年C組の笹川。 ――あなたは? 」


 言外に発せられる圧力は現実の彼からは想像できないほどに重苦しい。


「……あの……」


 笹川は少女の弱気な態度を見るや、すぐさま他の仲間へと合図する。

 少女を取り囲むようにして笹川の呼び出した仲間が二人寄ってきた。


 笹川だけじゃなかったのか。

 あいつらは笹川みたいに容姿を自分に似せてはいないようだ。現実離れした変顔にしている。


 でも、これは好都合。

 僕とほぼ同じタイミングでチュートリアルを終えたプレイヤーがいたとは。

 そのおかげか、僕のワープ位置がシステム側の配慮でずれたらしい。


 今ならタウンに徘徊するノンプレイヤーキャラの調達員に交じってこの場を容易く離れることができる。


「名前、本名。 言えないの? フレンド登録しないよ? クランに入れなきゃ、僕たちの仲間にはなれないよ?」

 

「な、何の話ですか?

 あ、あの! 無暗やたらに他人の本名を聞き出そうとしちゃいけないって、ネチケットで書いて、…………ありました、よ? じゃないと運営さんに……」


 言葉尻が弱くしながらも彼女は言葉を返した。

 ネチケットとか最早授業でしか聞かない単語だ。 


 笹川はまったく焦ることなく、終いには噴き出して笑い声をあげた。


「ネチケット? 聞いたかよ、俺たちをマナー違反で通報するらしい! 大変だ、このままじゃ運営の警備BOTがやってくる!」


 笹川の仲間もつられて笑い合う。


「通報したいならすればいい。確か、メニュー開いてオプション画面で選択するんだっけか。 通報内容はーえーっと、オレたちは悪質なナンパかな?」


「違いないな! 妖しい奴はPKしとけって言われてるし、ゲーム内なら悪質極まりないっ」


「やめろやめろ、俺たちは学院の名を下げたくない一心でやってるんだ。 いわば愛校心に満ちているんだ」


「はは、笹川さんそのネタ、マジウケるんですけど」


「いや、ネタじゃなくて……」


 彼らの姿に女の子は面を喰らったらしい。

 眉間にしわを寄せて指先を動かしている。メニュー画面から通報の操作しているのだろうが、その表情は徐々に失意に染まっていく。


「どうして……どうして通報ボタンが押せないんですか?」


「さぁどうしてでしょーか。」


 再び彼女を嘲る連中の笑声。


 彼女を気の毒に思えなくもない。けどこちらにも助けている余裕なんてない。

 

 笹川は一頻り笑い終えると今度は諭すように少女に告げた。


「あのね。このゲームはとっくの昔にサービス終了してるんだよ。だからゲーム内の治安を守るゲームマスターは存在しない。違法行為を咎める人間だっていないんだ。知らないのか?」


「そんな。アキは一言も……、ただ楽しいVRゲームだって」

 

 清流のような長髪を揺らして、彼女は助けを求めるために頭を振った。

 そして、不意に僕は彼女と目を合わせてしまった。


 僕はあからさまに視線を逸らすよう努めた。


 ――笹川が言ったことは事実だ。

 VRMMO【スターダストオンライン】は既にサービスを終了している。

 というより、正式なサービス開始となる前に発売中止となってしまったのだ。

 原因は公にされていないが、このゲームに期待していた者なら誰しもが一つの考えにたどり着く。

 今から三年前に起こったスターダストオンラインのクローズドベータテスト内での事故。

 プレイ中だった熱心なプレイヤー数名が意識不明の重体に、内一人は亡くなる自体となった。

 その一件が発端となってゲームは発売中止に至った、というのが有力な説らしい。


 ……。


 人の細かな心理描写すら表現してしまうこのVR空間で、彼女の非対称な色合いの瞳は揺れていた。

 彼女の口元は今にも僕への言葉を告げようとしている。

 それはまずい。

 時期尚早ではあるが、早めに行動するべきだ。


「楽しい? だったら、なおさら俺たちの仲間になるべきさ。

 ――こんな”イカレたクソゲー”を楽しむ方法は、学院会にしかないんだから。」


 踏み出した脚は路地裏へ向けられているはずだった。

 しかし、笹川の言葉を聞いた瞬間、僕は踵を返していた。


《アサルトユニット起動、フルアーマーセットを確認。サポートHUD展開完了》


 便利なもので、リザルターアーマーは僕の感情にリンクしていた。

 臨戦態勢の確認もせずに、全身をその重厚な甲冑で収めていく。

 

 街中、パブリックスペース用のスーツはあっと言う間に真っ白なリザルターアーマーへ変貌した。

 最初期のカスタムパーツ一つ装備していないバニラ(無強化)アーマーだ。

 それでも生身よりは十数倍の力が溢れてくる。


 甲冑が踏みしめる砂埃のトタン床はけたたましい音を鳴らす。

 近づいてようやく笹川のグループは僕の存在に気づいたらしかった。


 けれど時すでに遅し。


 《非戦闘プレイヤーへのアタックは”バンディット”(犯罪者)扱いになりますがよろしいですか?》


 視界のHUD(ヘッドアップディスプレイ)にシステム側の警告メッセージが表示される。イエス、ノーの選択が現れるもそんなことは些細な事柄だった。


《サブ兵装【エディチタリウム・フィスト】を選択中。拳を握ってください。》


 握りしめた拳骨はアーマーの鋼鉄と相まって凶器に豹変する。

 僕は少しの躊躇もなく笹川へと右腕を振りぬいた。

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