第2話 パンツ、求ム、声

「ここは俺たちが暮らす共同集落キャリバータウンだ。名前の由来は――」


「対巨大クリーチャー用機動兵器『キャリバーNX09』のジャンク品であるシールドコアを使用して外部――月面露出地区(フリーフィールド)のクリーチャーから身を守っているから。」


「…を守っているからなんだ。で、その機動兵器の乗組員が俺のひい爺さんだったから、とりあえず代理ってことでこの集落の長をやらせてもらっている。

 ――マクスウェル・リストだ。ぜひ君を調達員として我々の仲間招き入れたいと願っているよ。」


 筋骨隆々な快男児が握手を求めてくる。

 横やりで僕が彼とまったく同じ言葉をしゃべってみても、NPCの彼らは別段不審がることもなく、会話を進めていく。

 

 さて、この握手だが実は無視して《キャリバータウン》を探索しにいくこともできる。

 僕が帰ってくるまではこのマクスウェルは永久的にこの場で握手のポーズを取ることになるわけだが……。

 このVRゲームの基本であるリザルターアーマーは、この男前と握手しない限り、代わりを用意してもらえない。

 先ほど装備していたアーマーはモルドレッドに壊されたことになっているらしい。

 いやまぁ、本当にぶっ壊れたのだけども。


 よって、ここは握手をせねば何も始まらないというわけだ。

 アーマーなしじゃメニュー画面すら開けないのだから。


「歴戦の強者って感じの掌だ。ありがとう。我々キャリバータウンの住人は君を大いに歓迎するよ。」


 歓迎、ねぇ。

 あんたらNPCはそうかもしれないが、それ”以外”はどうだろうな。



 マクスウェルに案内され、キャリバータウンの街路を歩く。

 かつて人類とクリーチャーの間で起こったアイランド2での最終戦争。

 その際に『キャリバーNX09』と呼ばれる巨大ロボットが使用された。

 が、結局は敗北に近い相打ちとなってキャリバーはポンコツと成り果て、長い間アイランド2にて、その巨体を眠らせていた。

 しかし時が経つにつれ、安住の地を求めた人類の生き残りが機動不能となったキャリバーの周りに集落をつくり、住み着いた。

 それがキャリバータウンの成り立ちだ。

 キャリバータウンは仰向けに倒れた『キャリバーNX09』の部位に因んた区分けがなされている。

 キャリバーの燃料タンクや弾薬貯蔵庫が存在する腰部区には、ロボットのパーツを切り売りする物資屋が存在する。

 ここにくる目的は当然、新しいアーマーを調達するためだ。

 あくまで設定の都合でしかないが、プレイヤーの初期装備だったリザルターアーマーは時代錯誤な旧型であり、今から手に入るアーマーはキャリバーの装甲を用いて組まれた特別製だそうだ。

 だが、ステータス面で爆発的な機能上昇はない。

 そういう設定である。


 見慣れた演出、見慣れた機体、見慣れた会話。


 スキップ機能があれば確実に飛ばしたであろうチュートリアルを大人しく見守る。


 マクスウェルと補給屋のロリ店員が自慢げに話すのは、僕の新しいアーマーについてだ。

 ”リザルター”――結果、結末、成果を表す【result】を文字った名称は、先人らに対する蔑称も含まれているらしい、とマクスウェルが語る。

 怪物に敗北した巨大兵器の装甲で作ったこれは、いわば”成れの果て”アーマーという意味だ。


 しかしながら、そのような名前にも関わらず、リザルターアーマーは美しい。

 中世の騎士が装着していそうな甲冑に、近未来的なバーニアやアンテナが備わり、時代錯誤な印象が良い方向に転がっている気がする。

 歩行テストの度に軋む関節部のサスペンションや所々に取り付けられた姿勢抑制の噴射口も重厚感に満ちている。


 僕はこのリザルターアーマーに心底惚れてしまった。


「……いや、もうそれも昔のことだ。」


 このVRゲームを始めてプレイしたとき、随分と心が躍ったのを覚えている。

 駆動音を鳴らして地面を蹴り上げ、現実では到底体験できないであろうスピードで激走する。

 いつかはあの凶悪なモルドレッドにも対抗できるようなミサイルポッドやビームソード、パイルバンカーやロケットパンチをこのリザルターアーマーに装備させるのだ。


 新作ゲームに出会えたら誰もが皆、期待に胸を膨らませる。

 そんな当たり前の感慨は、この10ヵ月という期間で消え失せた。


「さぁて、これは正真正銘、君のリザルターアーマーになったわけだが、これだと他の調達員と変わり映えしなくて嫌だろ?

 というわけで、これは俺からの個人的な贈り物だ。

 今なら塗装アイテムパックとアーマー用パーツパックのどちらかをプレゼントしよう。

 中身は無作為に選ばれたものだから、返品は受け付けないぞっ」


 キタ!

 ようやくタウン内でのチュートリアルが終わる合図だ。

 ここまでの流れはソシャゲなんかでよくあるリセットマラソンの範疇にある。


 マクスウェルの贈り物と称して、通常時は莫大なゲーム内通貨を消費して購入する”パック”がなんと無料で手に入ってしまう。


「アーマー用パーツパックを選択する」


 躊躇なく後者を選択する。

 初めてプレイしたときはこのゲームとは違う別作品のロボットアニメの機体を真似るため、【ワインレッドの塗料】が出るまでリセットしたことがあったが……今となってはどうでもいい。


 僕が所望するのはただ一つ! 使える主兵装である!


 《【パーツパック交換チケット】を入手しました。補給屋にて使用できます。》


 このチケットを補給屋の店主であるロリ娘に渡すことで、俗にいうガチャが引けるのだ。

 

「おぉ♪ そのチケットはまさしくスペシャルエディション! 君には特別に燃料タンクルームのジャンク品を差し上げましょう。

 ……さぁ、精一杯ボクを応援してくれたまえッ」


 意気揚々とロボットの深部へと消えていくロリ店主。

 そういう仕様だ。

 ロボットの中から聞こえる店主の反応がガチャ演出になっている。


「おぉ、これなんか使えそうかも? クフフフ」


 彼女ももちろんNPCで、このゲームのメインキャラクターの一人である。

 このVRゲームが発表された当時は彼女と『キャリバーNX09』、そしてリザルターアーマーを着込んだプレイヤーらしきキャラが3人でコンセプトアートに登場していた。

 性格は破天荒。極度のアーマージャンキーで、両親がおらず孤児だ。

 ”おそらく”メインストーリーに関わる人物なのだろうと予測している。


 ところで、毎度思うのだがほぼ全てのソシャゲに存在するガチャ担当のキャラほどプレイヤーからヘイトを集めてしまうのではなかろうか。

 ……そんなこともないか。


 いや現在進行形でこのロリに有り得ないほどの殺気を抱いている僕が言うんだから間違いない。


 ちなみにこのレアアイテムが手に入る際の演出は、ロボット内部で爆発が起こり、このロリが下着姿で飛び出てくるサービスシーンが入る。

 だが現在レベル3の僕にレジェンダリーレベルのビームソード等の兵装が当選したところで、はたして使えるだろうか?

 否、使えるはずもない。

 

 よって僕が彼女に求めるアイテムはせいぜいアンコモン。

 そしてアンコモンは彼女がロボットから帰還した際に小爆破が起こり、スカートがめくれるという頭が悪い演出が入る。


「故に、パンツだ! キャリバーの刺繍がしてあるガキ臭いパンツを所望する!

 幼女! パンツだ。パンツをよこせ! スカートの下のパンツだ。

 スカートなしのパンチラはパンチラじゃないんだ。わかるか、スカートに隠れたパンツだ!」


 キチ〇イに見えるかもしれないが、これは紙屑が万馬券に変わるかもしれない首位争いを見守る心境に近いのだ。

 なにせ”今回”の僕は【モルドレッドのフォトントゥース】を手に入れている。

 この上、更に使える兵装が手に入るなら、僕の計画が実行に移せる可能性が生まれるという意味だ。


「ビームナイフ、レーザーワイヤー、20㎜機関銃でもいい。

 武器がほしい。 倒すまでとは言わない。敵をけん制できるだけの武器がほしい。

 だから――、君のパンツを、くれ」


 願った瞬間、店主が平々凡々にロボット内部から帰還した。

 

「お待たせ! いやはや、いいものだ手に入ったよーっ」


 そう告げる彼女の言葉に、勿体ぶるような雰囲気はない。

 ということは、この後に小爆破が起こってパンチラ……!!


「お子様ぱんつ確定だぁ――――ん?」


 思わず叫んだ僕の声を遮って、タウン内に警告音が響き渡った。


「は?」


『機密の漏洩を確認。機密の漏洩を確認。』


 無機質な電子音はキャリバーより発せられているようだった。

 ロリ店主は「あわわわわ……」と慌てふためき、再度ロボット内部へと突入し、数秒と立たずに爆風と一緒に飛び出してきた。


 全裸で。


「アハハ! まいったね。相当重要なパーツだったらしくて、キャリバーからお叱りを受けちゃったよ。でも安心して、このパーツは君にあ・げ・る」


「……」


《イチモツしゃぶしゃぶさんがエピックレアパーツ【マス・エフェクト・コア】を手に入れました》


 レジェンダリーよりも高ランクがあるなんて知らねえよ。

 

 

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