流音side

163

 ―美術室―


『流音、やっと来たな』


「唐沢先輩! ハカセが生きてるの!」


『ハカセが? まさか?』


「嘘じゃないわ! 新種のヴァンパイアは保健室の平沼先生だったのよ! 今、ハカセが戦ってる!」


 あたしは叫びながら、窓から校庭を見下ろす。唐沢先輩はあたしが指差した方角を見下ろす。


 校庭には無表情の生徒達が周囲を取り巻いていた。その中央で平沼先生とハカセが戦っていた。


 ヴァンパイアは太陽の光に弱い。新種のヴァンパイアならば光にも耐えることが出来るが、ハカセには太陽の光に耐えることはまだ不十分だ。


 黒いマントで全身を覆ってはいるが、ハカセの指先はすでにボロボロと崩れかけていた。


 このままではハカセが、本当に灰になってしまう。


 唐沢先輩は空に両手を突きだし、雨雲を呼び寄せる。太陽は黒い雲に覆われ光を失い、校庭に激しい雨を降らせた。


「唐沢先輩……」


『悪のヴァンパイアの始末は、同族であるハカセに任せよう。流音、人物画は完成したよ。本当にいいのか? 覚悟は出来ているんだよね』


 壁に掛かっている絵画の美少女達が固唾をのむ。


 あたしの位置から、完成した人物画は見えない。


「あたしもみんなみたいに綺麗に描いてくれたの?」


『俺はありのままを描いたまで。偽りは描かない』


 それ……

 どういう意味?


 あまり綺麗じゃないのかな。

 絵画の中でしか生きられないのなら、美少女に描いて欲しかった。


「覚悟は出来てる。もう時間がないわ。唐沢先輩……早く儀式を……」


 唐沢先輩が両手を高く上げた。


 ――その時、ドアをドンドンと激しく叩く音がした。


「流音! 流音!」


 澄斗の悲痛な声がした。


「……澄斗」


 あたしの決心が揺らいでいる。『まだ死にたくない』と揺らいでいる。


「流音! 流音! 中に入れてくれ! 『さようなら』って、どういう意味なんだよ!」


「澄斗! 話し掛けないで! 今から大切な儀式なのよ! 邪魔をしないで!」


「……儀式? 一体何のことだよ? まさか……お前……」


「学園を守るためには、唐沢先輩の力が必要なの!」


「唐沢! お前流音をどうする気だ! まさか流音を……! そんなことは、この俺がさせねぇ!」


 唐沢先輩はドアに視線を向けた。


『流音、動揺しているようだね。動揺している女子の魂を抜き取ることは出来ないんだよ』


「唐沢先輩、あたし動揺なんてしてない。澄斗のことは気にしないで! 早く儀式を……」


『流音、それは出来ない』


「唐沢……先輩……」


『俺は流音をあやめたくないんだ。もうすぐ新しいモデルが現れる』


 唐沢先輩がドアに視線を向け、不敵な笑みを浮かべた。

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