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 ――あの日の放課後と同じ匂い……。


 化学準備室で誰かに襲われた時、プーンと鼻をつくような薬品の臭いがした。


 平沼先生のゴツゴツとした左手が口を押さえ、右手でガッチリと体を拘束された。


 恐怖から足はすくみ、声も出せない。


 全身からスーッと血の気が引く。ガクガクと足が震えている。


 この手の感触……

 この匂い……間違いない。


 あれは本橋さんだと思っていた。


 でも、本橋さんじゃない。

 平沼先生が新種のヴァンパイア……!!


 平沼先生の顔が首に近付く。怖くて逃げることも叫ぶことも出来ない。


 平沼先生の目が赤く光り、カーッと口が開いた。


 ――あたし……

 吸血されるんだ……。


 ヴァンパイアとして甦り、生きたくはない。


「……た……すけて」


『そいつは俺達のモノだ。新参者が手を出すんじゃねぇ』


「何者だ!」


 聞き覚えのある声……。

 あたしを拘束していた平沼先生の手が緩む。


『お前が本橋や地縛霊を操っていたとは気付かなかったぜ。だが、彼女に指一本触れさせるわけにはいかねぇ! 彼女から離れろ!』


「お前は……死んだはずでは……」


 平沼先生の体が瞬時に吹っ飛び、壁に激しく激突した。


 あたしの目の前に、黒いマントで全身を隠した人物が現れた。


「ハカセなの……? ハカセ、生きていたの!?」


『流音、久しぶりだな。死んだ振りをして秘かに調べていた』


「生きていたなら……早く知らせてよ」


 泣きながら訴えるあたしに、ハカセは優しい眼差しを向ける。


『敵を欺くには、まず味方からってな。こいつは俺が殺る、流音は早くジュナのところに行け!』


「そうはさせない! ソイツは俺の獲物だ」


 カーッと鋭い牙を剥き、宙を飛んだ平沼先生がハカセに掴み掛かった。


 『キーッキーッ』と獣が争うような叫び声を聞きながら、あたしは命からがら保健室を飛び出した。

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