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「やだ、流音どうしたの? 明日は嵐かしらね」


 母は冗談を言いながら嬉しそうに笑ってる。


 食事のあと、母がキッチンの食器棚の引き出しから、あたしが幼稚園の時に作った肩叩き券を取り出した。


「まだ持ってたんだ」


 紙が少し変色し、色褪せたクレヨン。チューリップの花に、あたしのたどたどしい文字。


「当たり前でしょう。これはパパとママの宝物なんだから。流音が反抗期を迎えたら、嫌みっぽく差し出す予定だったんだけど、流音は素直に育ってくれたから、ずっと引き出しの中に収めたまま、取り出す機会もなかったわ」


 あたしが素直?

 あたし、素直なんかじゃない。両親をウザいと思ったことは何度もある。


「制限時間は一人十分だからね」


 父と母の肩を交互に叩きながら、これでお別れだと思うと泣きそうになった。


 ◇


 ――翌朝、5時半。

 両親はまだ寝ている。


 澄斗と連絡を取り合い、そっと玄関の鍵を開け、室内に入れる。九枚の絵画の入った段ボール箱は、重くてあたし一人では抱えることが出来ないから。


「澄斗、両親を起こしたくないからそっと運んで」


「わかった」


 机の上に【部活があるから、学校に行くね。】とメモを残し、あたしは家を出た。両親に別れの言葉は、書けなかった。


「昨日おじさんとおばさんに話をしなかったのか?」


「話って、何の話? 地縛霊とかヴァンパイアとか、学校が支配されてるなんて話せるわけないよ。どうせ信じないし」


「そうだよな」

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