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「……あれは私には外せないよ。もう壁に張り付いている」


『自分の意思で流音の部屋に張り付いたなら、自分達の意思で外れるだろう。あの絵画は、それぞれが意思を持っているからな。どうしても出来なければ、俺が流音のマンションに行くよ』


 あたしは唐沢先輩の声に振り返る。唐沢先輩は美術室の窓際に立っていた。


「……唐沢先輩」


「風見さん、幽霊がそこにいるの?」


 伊住君と黒谷君の眼差しが、同時にこちらに向く。


「いないわ。風の音が人の声に聞こえただけ。絵画を持ち去ったのはあたし。月曜日に美術室に返す。だけどひとつだけ約束して、その絵画を決して処分しないと」


「そんなことはしない。僕も黒谷も約束する。あの絵画さえもどれば、本橋さんや新生徒会を操るヴァンパイアの王を、封じることが出来るかもしれない」


 伊住君と黒谷君を完全に信じたわけではない。だから、唐沢先輩がここにいることは言わなかった。


 四人で話し合ったところで、これといった名案や彼らを退治する方法が浮かぶわけじゃない。


 でも一人になるのは怖い。


『流音、あの転校生の正体は地縛霊だ。あの桜の木の根元に空いた穴が、霊魂を封じ込めた地底へと通じる入口に違いない』


 唐沢先輩の声はちゃんと聞こえている。でもみんながいるから返事が出来ない。


『唐沢先輩、どうすればいいの』


 心の中で問い掛けると、驚いたことに唐沢先輩の声が聞こえた。


『地縛霊を地底に再び封じ込めるためには……』


『唐沢先輩、どうすればいいかあたしに教えて……』


「流音、帰ろう。伊住、黒谷、月曜日の朝、絵画を必ず美術室に持ってくる」


「わかった。月曜日、絵画を壁に戻してくれ。俺達は放課後、またここに集まろう。それまでは洗脳された振りをして、様子をみよう」


 唐沢先輩の声は……

 みんなの声に掻き消され聞こえなかった。


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