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『もう諦めろ』


「……でも」


「風見さん、お願いだから、面倒なことはしないで。それでなくても校長や教頭はピリピリしているんだから」


「わかりました。朝は美術室に入りません。そのかわり施錠はしないで下さい」


 柿園先生に促され、あたしは美術室を出る。隣室の化学室は未だに【入室禁止】だ。


 化学準備室のドアに嵌め込まれた擦りガラス。


 そこに黒い影が見えた。


 誰かが……


 まだ、あそこにいる。


 あたしを……


 襲った誰かが……。


 正体がわからない者への恐怖から、背筋がゾッとした。


 教室に行くと、澄斗も本橋さんも席に座っていた。周囲に千秋や小春、伊住君もいる。


「風見さん、また美術室?」


「……うん」


「コンクールとなると、朝早くから大変だね」


「明日から、もう朝は行かない。柿園先生に禁止されたから」


「禁止? どうして?」


 伊住君が不思議そうにあたしを見つめた。


「柿園先生が、一人でいるのは危険だって」


「危険? 神川さんのこともあるから、先生たちもピリピリしてるんだね。神川さんは化学室のヴァンパイアに生き血を吸われ、美術室の幽霊に魂を抜かれたって噂だよ」


 馬鹿馬鹿しい噂だ。

 二人はそんなことしないよ。


 それに神川さんをモデルにした絵画は、美術室にはないし。魂の抜きようがない。

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