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『気になるなら、行け』
「唐沢先輩。ちょっと待ってて。すぐに戻るから」
『この俺に、上半身裸のまま待っていろと?』
「だって幽霊は風邪引かないでしょう。それに裸でも誰にも見えないし」
流音の言葉に、ハカセが『ククッ』と笑った。
『流石のお前も、彼女にはお手上げだな』
『うるさい』
ハカセは俺が脱ぎ捨てたブレザーを手に取り差し出す。
『ジュナ、風見流音に心を奪われているのか? だとしたら十人目のターゲットには出来ないな。恋してる女子を絵画に封じ込めることは出来ないだろう』
『そんなことはない』
『風見流音の命を奪うことになるんだぞ。お前は彼女を殺せるのか』
流音の命……。
今まで俺は他人の命を思いやるなんてことは、一度もなかった。九人の女子を殺してしまった自覚はない。むしろ余命短い彼女たちを助けたつもりでいたからだ。
自分の呪いを解くために、俺が見える少女に近付き死期を伝え、永遠の命と引き換えに絵画に魂を封じ込めた。
同意の上で永遠の美を与えたことに、罪悪感など感じたことはない。
『ヴァンパイアも同じだろう。人間の生き血を吸い、同族にすることで、永遠の命を与えることに罪悪感はないだろう』
『俺達は永遠にヴァンパイアだからな。ジュナは違う。呪いが解ければこの世界に甦ることが出来る。だが、絵画の彼女達は甦ることは出来ない。すなわちジュナは誰かの死で再び生を手に入れることになるのだ』
『ハカセ、悪霊の呪いが本当に解けるのかどうか、それは俺にもわからないよ』
『それでもお前は、自分のために彼女達の魂を絵画に封じ込めた。極悪非道な殺人鬼だ』
壁に掛かる絵画から、声が漏れた。
『ジュナ様にそんな酷いこと言わないで。私達はジュナ様に命を救われたのよ。私達はジュナ様の呪いを解きたいと思ったから、納得の上で人物画のモデルになったのよ』
『そうよ。こうしてジュナ様の傍にいられるだけで、幸せだわ』
口々に俺を庇う彼女達に、ハカセは半ば呆れたように俺を見つめた。
『女とは、愚かな生き者だな。最後の一人も、そうだといいが。流音は手強いぞ』
ハカセはマントを翻し、蝙蝠に姿を変える。空は一瞬翳り、太陽は雲に隠れる。
その隙に蝙蝠は飛び立ち、校舎の陰に身を潜めた。
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