72

 俺はブレザーを脱ぎ捨て、ネクタイを緩める。


 流音はキャンバスを立て、画材の準備をしているが気もそぞろだ。


『本橋つみれと、さっき話をした』


「えっ? 本橋さんと!? 本橋さんも唐沢先輩が見えるの!?」


『そのようだな。やはり彼女はただ者ではなさそうだ』


「……あたしが目撃した変死体はやっぱり本橋さん?」


『それも否定出来ないが、証拠はない。彼女の首筋は見えなかった』


 彼女の首筋……?


『ジュナのやつ、キスをしようとして失敗したんだよ。本橋に拒否られてやんの』


 突然目の前に現れたハカセか顔を突きだした。あたしの唇に触れそうな至近距離だ。


「うわ、わ、わ、」


『ハカセ、調子に乗るな。女子高生にセクハラするなんてどうかしてる。それに俺は本橋にキスなんてしていない』


『ふん。どーだか。壁の人物画にキスしてるお前に言われたくないな』


『あれはスキンシップに過ぎない。挨拶だよ』


 唐沢先輩に叱咤され、ハカセはあたしから離れる。


 あたしはきっと林檎みたいに真っ赤だ。


 ハカセはあたしの髪に触れ謝罪した。


『悪かったな。ジュナの真似をしたまでだ。ジュナがこんな風に迫ったのに、本橋に拒否られたんだぜ』


「……っ、セクハラだよ! 幽霊のくせに最低」


『勘違いするな。俺は本橋の首筋を確かめたかったまで』


「どーなんだか」


『もしも俺達の推測が的中しているとすれば、本橋は新たな獲物を狙っているはずだ』


「……獲物? まさか……澄斗を?」


『空野が新たな獲物なのか、本橋を吸血したヴァンパイアなのか、それはまだわからない』


 流音は絵筆を放り出し、再び窓枠にへばりついた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る