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「風見さん何描いてるの?」


 いつの間にか、本橋さんがあたしの背後に立っていた。


 本橋さんはまだ顔の輪郭しか描いていないキャンバスを覗き込む。


「人物画ですか? 風見さん鉛筆で下絵を書かないんだね」


「まぁね」


「この絵、モデルによく似てますね」


「……ぇっ?」


 モデルって……

 まさか、唐沢先輩が見えてるの!?


「それ空野君でしょう。顎のあたりがよく似ている」


 なんだ……

 そういうことか。


「全然違うよ、これは風の妖精だから。澄斗は妖精ってイメージじゃない。強いていうなら黒いカラスだから」


「カラス? 空野君が可哀想。空野君を鳥に例えるなら美しい白鳥だよ。あたしも美術部に入部することにしたの。空野君をモデルにして人物画を描こうかな」


 あいつが白鳥?

 黒いカラスが頭から白いペンキを被った代物だな。


「ねぇ、空野君。あたしの人物画のモデルになってくれない?」


「俺が? 俺はモデルは苦手。じっとなんてしていられない性格だから」


 そーそー

 落ち着きがないから、じっとなんてしてないよ。


「風景画を描いている空野君を描くならいい? それなら意識しないでしょう? キャンバスに向かっている空野君は素敵だから」


「ポーズ作らなくていいなら、勝手にすれば」


「本当? 良かった。明日キャンバス用意するね」


 あの澄斗がすんなりOKするなんて驚いたな。


 なんかムカつく。

 小学生の時、澄斗を描いて逆切れされたんだ。


『こら、よそ見してないで手を動かせ』


「あっ……すみません」


 唐沢先輩まで何故かイライラしてるし。

 怒りたいのは私の方だ。


 ◇


 絵の具を薄くとき、色が感じられるくらいの下絵を書く。


 背景はもちろん、窓から見える青空。


 風の妖精は窓際に座り長い脚を組み、その脚に肘をつき、その美しい手に顎を乗せ、真っ直ぐこちらに視線を向けている。


 その背中には、今にも羽ばたきそうな白い翼。


 なんて美しいのだろう。


 か、ら、さ、わ、先輩。

 とても幽霊だとは思えない。


『下絵は出来たのか』


「はい。明日から本格的に色を塗ります」


『見せてみろ』


「ダメですよ。完成するまでダメです」


『まさか、またゾンビや妖怪もどきを描いてないだろうな』


 ゾンビって……。

 確かに唐沢先輩は幽霊だけど、随分自虐的だな。

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