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 ボタンを止める仕草も、ネクタイを絞める仕草も、妙に色っぽい。


 トクンと鼓動が跳ねた。


 唐沢先輩は幽霊でこの世には存在しない。いや、この世には存在しているけど、この学校の教師や生徒には見えないだけ。


 唐沢先輩は本当に女子生徒を絵画に封じ込めたのかな。


 魔術が使える幽霊なんて、すご過ぎる。


 もしもあたしが絵画を完成したら、次はあたしが唐沢先輩のモデルになる約束。


 あたしの絵画を描き、あたしの魂も人物画に封じ込めるつもりなのかな?


 絵画の女子生徒が目や口を動かすさまを横目で見ながら、絵画に封じ込められた自分を想像して首を竦める。


 やだ、やだ、

 絵画になりたくないよ。


 御飯も食べれないし、トイレだっていけない。友達とも遊べなくなるなんて、幽霊になるよりヤだ。


 唐沢先輩の人物画は出来るだけゆっくりゆっくり描こう。そして、唐沢先輩の絵画のモデルにはならない。だって私は美少女じゃないから。


 ◇


 美術室を出ると、すでに陽は落ち空は茜色。


 階段を降り校庭に出ると校庭の隅のベンチに座り、キャンパスにデッサンしている男子を見つけた。


「澄斗、何やってんの?」


「流音こそ、こんな時間まで何やってんだよ」


 澄斗はキャンバスをケースに納め、帰り支度を始める。


「風景画描いてるの?」


「うん。風景というか、学校の校庭。春の絵画コンクールに出品するんだ」


 わっ、まさか。

 澄斗も出品するなんて、こんな身近にライバルがいたなんて知らなかった。


「ふーん」


「流音は何描いてんだよ? どうせ絵画コンクール用だろう」


「唐……。じゃなくて、人物画っていうか、空想画?」


「空想画?」


「風の妖精だよ」


「ちっちゃいオッサンか。ちょび髭生えてんの? とんがり帽子?」


「完全にバカにしてる。違うってば」

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