16

 あたしは椅子からスクッと立ち上がり、ツカツカと教室の後ろに行く。


 壁に掛けられた人物画。

 一枚ずつ順番に眺めていく。


 どの人物画も目を見張るほど美しい。でもどの人物画もツンとすましているように見える。


 誰もいないのに人の気配を感じるのは何故だろう。誰かの視線を感じているのはあたしの錯覚ではない。


 人物画の下にはアルファベットで名前が書かれていた。


「AKIKO、MASAKO、NORIKA、YOSHIMI、SATSUKI、MIDUKI、SEIKO、EIKO、NAMI……。ていうか、この画の中に美少女の魂が入ってるなんて、絶対嘘だよね。生気は感じない」


『嘘じゃないわ』


「えっ!?」


『あなた、あたし達の声が聞こえてるんでしょう。もしかしてあなたも幽霊? それとも生き霊?』


 このあたしが幽霊? 生き霊?


 あたしはキョロキョロと周囲を見渡す。

 他の生徒はまだフルーツのデッサンを続けている。


 みんなこの声が聞こえないの?


『君は彼女達の声も聞こえるんだね』


「彼女達? 人物画のこと? 嘘でしょう。わかった、唐沢先輩が腹話術してるんでしょう。あたしをからかってるの?」


『人物画で腹話術? 君、発想が面白いね』


「流音、何ぶつくさ言ってるの? ねぇ見て。空野君デッサン凄く上手いよ。まるでモノクロ写真みたい」


 澄斗のデッサン?


 本当だ。鉛筆画なのに、立体感もある。いつの間にこんなに上手くなったの?


「それよりさ、千秋。人物画なんだけど。喋ったんだよ」


「は? 喋る? 何言ってるの? 流音、アタマ大丈夫?」


「だよね。唐沢先輩の悪戯だよね」


「唐沢先輩? 幽霊部員でしょう。ここに居ないのに悪戯出来ないよ」


 唐沢先輩は幽霊部員。

 幽霊部員とは、部に籍だけおいて活動に参加しない生徒のこと。


 でも唐沢先輩は美術室にいる。上級生にシカトされているだけ。それって幽霊部員ではなく、イジメだよね。


 もしかして……?みんな……?

 唐沢先輩が見えてないの!?


 それって、どういう意味?


 まさか唐沢先輩が……?

 学校の怪談、美術室の美男子幽霊だなんて言わないよね?


 あはは、まさか。


 振り向くと、唐沢先輩と目が合った。あたしはゴクンと息をのむ。


 何度も何度も瞬きし、目を凝らしてガン見した。


 唐沢先輩にはちゃんと脚がある。八頭身でスラリと長い脚だ。


 幽霊の……わけない。

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